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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第48話 探偵と助手

 なぜあたしは言葉を発せないのか?

 その疑問に対する噂は数多くあった。呪いと呼ぶ声も少なくはなかった。

 だが、この男の発言はそんな陰口の妄想とは程遠い、確たる根拠があるかのような物言いだった。


「あたしが呪われている……どうして!?」


 どうしてそう思える?

 あたしが失声の少女を見せているのは屋敷の中だけ。

 チョキたちがどう思っているかは知らないが、あたしがそれを呪いと称したことは一度もない。

 ……悪寒が走った。先日、ヴェル・ミリーと再会したときと同じ気分だ。

 この男は……まさかあたしを知っている!?


「ふっ、そんな難しい話ではありません。観察して推理する。たったそれだけのことですよスティープル嬢。全ての鍵はそこにある」


 ペッグがあたしの胸元を指さした。

 そこは不思議な形の痣がある所だ。

 鍵……やっぱりそれはヴェラム王国滅亡の封印を解除する鍵……!?


「そう、スティープル嬢が着ているピンク色のコートです」

「へ?」


 こ、コート……あたしじゃなくて?


「大人用のサイズに高級な生地、所々に傷はあれど染みや汚れが無いことから定期的に洗われ、長年愛用されていることが分かる。およそ子供には似つかわしくない代物ですな。なぜスティープル嬢がそんなものを着ているのか? 店で買った可能性はなし、捨てられていたものを拾った可能性もなし。では他にどういった可能性が残っているか?」


 ペッグの早口に誰も口を挟まない。


「前提が間違っていたのですよ、スティープル嬢が子供という前提がね。スティープル嬢が元々そのコートに見合う背丈であったのなら全てが紐解ける。そう、スティープル嬢は何らかの理由で若返った! その原因こそが呪いなのです!」


 あたしは、スティープルは……呪いによって若返っていた!

 ……………………。

 は?


「いかがです?」

「いや全然違うけど。これお母さんの形見」

「ああー確かに! その可能性が残されていましたな! いや失敬失敬! どうしました? 早く本題に入りましょう、ほら。ん?」


 呆然とするあたしたちは完全に置いてけぼりだった。

 ただ一人、冷静だったのは助手のラキュアだ。さっさと座ったペッグを横目にあたしたちをジロジロと見回しながら言う。


「は、早く話を進めてよ。こんな三流弁護士の妄言に時間を割いて……いつまでも帰れなかったら死んじゃうから……死んじゃうから……」


 いや、これっぽっちも冷静じゃなかった。

 あたしたちを見回していたラキュアの目線は停止し、代わりに首の方が左右に動き出す。その動きが徐々に細かく、やがて震えに変わり……!


「死んじゃうからああああああああ!!」

「落ち着きなさいな、ラキュア。あなたの飼い犬なら、ちゃんとお昼ごはんを食べさせたでしょう。そんなすぐには餓死しませんよ」

「ああああああ……ああ……スゥー……ハァ」


 よく分からないが深呼吸して落ち着いたようだ。

 ラキュアは身を引き締めるかのような立ち振舞でペッグの後方に移動する。

 ……隣に座る気は無いらしい。


「さ、ウェバリー殿。本題に入りましょう」

「……ハァ、まったく。あなた方には疲れさせられます」


 ウェバリーの溜息と共に話が戻る。

 明後日の正午までグルー長老の屋敷に務めるエフィを護衛するという話。それでこの珍妙な探偵と助手が呼ばれたところだった。

 ……で、彼らは関係者という話だったな。


「実はですね、スティープル嬢。先程、少し話に出ましたが私は名探偵であると同時に弁護士でもあるのです。今は長老・グルーの弁護士として遺言状を管理しているのですよ。遺言とはすなわち遺産相続の取り決めです。火種と言っていい」


 遺産相続……祖父の財産が一族にどう割り振られるか。

 その配分による不公平が人々の亀裂を生み、多くのトラブルを生み出すと言う。


「本来、遺言状は死後に公開されるものですが、長老の意向により生前に公開するように言われています。明日、私とグルーの親族が本家お屋敷に招待された場で公開するようにと」


 明日……エフィの護衛期間内か。


「長老は糊製品で成功を築き上げ、今では世界屈指の大富豪。その信条は、既存のやり方にとらわれずに財を築き上げること。悪く言えば、金のために手段を選ばないということです。そんな一族の遺産相続ともなれば、これはもう何が起きてもおかしくはありませんな」

「何かっていうのはつまり……えっと……」

「殺し合いが起きるってことー?」


 あたしの代わりにチョキが聞く。

 殺し合い。自分の取り分を増やすために相続者同士で起こる“間引き”。


「でも、まさかそんな……お金のために家族を……!?」

「スティープル様のお年頃で理解するようなことではありませんが、そういう人間もいるという話です。そこにお金があるだけで選択肢はいくらでも増えていく……本当に“いくらでも”です」


 ウェバリーがあたしを羨むように言う。彼女も色々と見てきたのだろうか。

 あたしには想像もつかない世界だが、親族たちの骨肉の争いがあるというのであれば、確かにそこにエフィが巻き込まれる可能性はゼロではないな。

 ……と、あたしが納得しかけたその時だった。

 ウェバリーは一つ息をつくと、別の話を切り出したのだ。


「ですが、実はスティープル様、私が真に危惧しているのはエフィからの報告で上げられた脅迫状の方です」

「脅迫状?」


 不穏な言葉と共にウェバリーがファイルから一枚の紙を取り出した。

 そこに書かれた禍々しい文字をチョキが読み上げていく。


「『屍食鬼(グール)の血を引く者共へ人の痛みを知らしめん ストライク・バック』……だってー」

「何とまぁ物騒な。屍食鬼(グール)というのは?」

「先程ペッグ様が申し上げたように、グルーの家に生まれた者たちは金のために手段を選ばないことで知られており、弱者を食い物にすることも珍しくありません。ゆえに死体を貪る魔物、屍食鬼(グール)と揶揄されているのです」

「それはそれは……敵の多そうな一族だこと」

「差出人の名前が書いてあるけど心当たりはないのー?」


 チョキが紙を指差して言う。

 ウェバリーは少し考え込むような表情で答えた。


「ストライク・バック……心当たりとしては悪しきを焼く義賊ストライクのことでしょうか。悪どい富豪から金品を盗み、貧しい子供たちに分け与えていたという人物です。長老を敵視するのも納得できます。ですが、ストライクはつい先日に事故で死亡したと……」

「えぇ、この名探偵ペッグも裏付けを取りました。確かな情報です」

「……ふん」


 その名探偵は、助手から疑うような鋭い目つきで睨まれているわけだが……本当に確かなんだろうな?

 まぁ、あたしが疑ったところで話がこじれるだけだし、抑えておこう。


「じゃあ、単にイタズラってことじゃないの? その……ストライクだっけ? 有名人なら名を騙りやすいでしょうし」

「ストライクが死んじゃったのを知らずに手紙を出しちゃったんだねー」

「えぇ、私も最初はそう思いました。このような挑発的な手紙はエフィが務めるずっと前からあったようですから。ですが今回は事情が特殊なのです。なにせ遺言状の発表に親族の集まり……事を起こすにはこれ以上ないタイミングなのですから」


 いつもよりイタズラに信憑性があるわけか。

 なるほど、状況は把握した。

 親族同士のいざこざにしろ脅迫状の真偽にしろ、いずれにせよ無関係なエフィが巻き込まれないように、あたしたちが護衛するというわけだ。


「あぁ、そうだ。スティープル嬢にチョキ殿。お二人は職業見学の子供として私に付き合う形になっています。弁護士でも名探偵でも、お好きな方でお願いしますよ」

「職業見学ねぇ……」


 護衛の合間に、弁護士としてのあれやこれやを聞けとでも言うのか。

 それはそれで面倒な話だ。




>>>>>>>>>>




 その日の夜。あたしたちがひとまずやるべきことは使用人への報告だった。

 『明日から留守にする』と、使用人側からしてみれば急な話ではあったのだが、彼らは至って平静に頷いてくれた。


「グルーの本家邸宅となれば船旅だな」


 レサルタが地図を見ながら言う。


「そうみたいね、船着き場に集合するよう言われたし。どこの国まで行くのかしら?」

「いや、外国というわけではないぞ。法律上はパーチメント王国に含まれる。船が必要なのは、その館が孤島にあるためだな」

「孤島?」


 話を聞くと、なんと島一つを買い取ってそこに自分の屋敷を建てたのだという。


「わざわざ船が必要な場所に家を!? 不便すぎない!?」

「不便でもいいからそうしたいだけの理由があったのだろう。金持ちの考えなど量れるものでもないが」

「島ってことはさ、何か問題が起きた時に兵士さんをすぐ呼びにいけないよねー」

「その通りだな。海が荒れでもしていたら完全に断絶だ」

「……ウェバリーが不安がって当然じゃないのよ」


 なんだか事件の起きやすい環境がどんどん整っていない?


「ところでだ、マルカ? そんな隅で何をしている?」

「は、はいっ!?」


 上ずった声でマルルが飛び跳ねる。

 あたしたちに何かの用だろうか? 手に持っているのは二冊の本……?


「あ、あの、あの! 主人に対する不躾なお願いで申し訳ないのですが……!」

「これは……?」

「『ペガメントの紐解き』です!」


 一冊はミステリー小説のようだ。

 主人公の名は名探偵ペガメント? 何やら響きが……。


「って、作者の名前……ペッグ! あいつ、弁護士と探偵だけじゃなかったの!?」

「お二人の依頼が終わってからで良いので……サインを頂戴してきていただけないでしょうか!?」

「おい、マルカ! 主人の仕事を妨げるような真似をするんじゃない!」

「あ、あうう……!」

「べ、別にいいよ、それくらい」


 マルルには毎日、助けてもらってるんだもの。

 使用人という立場を考えたら数少ないワガママ。これくらいはあたしも聞いてあげたい。


「で、そっちの本は?」

「『世界の犯罪者たち 巻5~ストライク~』です! こちらもサインを……!」

「ストライクも!?」


 その人はもう死んでるから!

 予告状はイタズラだから!

 そもそもあたしたちと敵対する側だから!

 ……サインをもらう以前にツッコミを入れるのも無理だ。


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