第47話 お願い
周囲を海に囲まれた孤島。島には一軒の洋館。
「……スティープル、これって……」
時間帯は夜。天候は雷雨。波は大荒れ。
「えぇ……最悪の状況ね……!」
洋館に集められた資産家一族に遺産の相続問題。
「この名探偵ペッグの名のもとに一つの謎が紐解かれましたな」
そして一人の探偵。
「この事件の犯人は……!」
この事件の犯人は……!
「あなたしかいない!」
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事の発端は三十時間前に遡る。
その日の依頼は、孤児院で暮らす子供たちの遊び相手という簡単なものだった。
夕方を待たずして解放され、ギルドに完了の報告。後は屋敷に帰るだけというところで、あたしたちはウェバリーに呼び止められ、そのままギルドの奥へと案内された。
普段、見ている入り口とは違って日当たりの悪い薄暗い部屋。傷や汚れの目立つテーブルと椅子。
すぐにこの部屋が来客向けのものではないと分かる。
「ギルド職員のみが内々で使用する部屋です。汚れていて申し訳ありませんが、人前で話す内容ではありませんのでご容赦ください」
「なんだか極秘依頼でもするような雰囲気だねー」
「だ、大丈夫なんでしょうね? 何の話か知らないけど、あたしに秘密を守れってわりかしリスキーよ?」
「ご心配なく。スティープル様の“癖”につきましては認識済みです。当ギルドとしては、依頼を受託する皆様の力量は把握しておかねばなりませんので」
ウェバリーは眼鏡をキラリと光らせ、数枚の書類をテーブルに並べ始める。
「ローエンビッツという人物の経歴を調査したものです。ロンタール王国でこなした仕事の数々……その内容は倫理道徳という点において褒めるわけにはいきませんが、彼の力量は優秀であると結論づけました」
「あぁ、惨劇の立役者だっけ」
シザースに倒され、現在はあたしと同じ屋根の下で治療中の殺し屋。
彼がうちに来てから時間も経ち、あたしが以前にギルドで合った道化師であることはもう分かっている。
「標的の暗殺ショーを依頼主に提供するやり方で成功を掴んだ……と、当初私は猟奇的な快楽殺人者を想像しましたが、実際はそれほどの印象は受けませんでした。一緒に生活しているお二人から見て、いかがでしょう?」
「うーん、あたしはそんなに親しいわけじゃないけど、少なくとも話は通じるかな」
「そうだね。価値観のズレみたいなものも無いし、あくまで自分の得意分野を仕事にしているだけで、仕事してなけりゃ普通の人って感じがするよー」
「なるほど。やはり彼の性格に問題が無い以上、彼を当ギルドで抱える利点は多かったと、そう結論付けられますね。となれば、すなわち──」
ウェバリーの眼光が鋭く研ぎ澄まされる。
「彼を再起不能に追いやったお二人は、当ギルドに損害を与えたことになります」
「ええっ!?」
素っ頓狂な声が上がった。
か、完全に油断していた……!
「ちょっと待ってよー。先に手を出してきたのはローエンの方だよ? なのにどうして僕たちが悪者にされるのさー?」
「調査の過程でご本人に話を伺ったところ次のような返答がありました。『互いに傷つけあうことのない策を提案したが相手は自分の利益を優先して攻撃してきた』と」
「ぐうの音も出ないやー」
「な、納得しちゃ駄目よ! えっと……そうよ、ギルド・カートリッジの由来! あたしたちは“いくらでも替えがきく”んでしょ!? ローエンだってそういう存在の一つでしかないじゃない! そこに損害を与えたところで──」
「スティープル様、論点のすり替えはおやめください。単なる名前の由来ではありませんか。現在の当ギルドの方針には何の関係もありません」
「うぐっ……!」
二人そろって撃沈。
……と、ウェバリーはそこでイタズラっぽく笑って見せた。
「ご安心ください。今のは私の本音です」
「え……」
「当ギルドの建前上は、お二人が何か身を切らなければならないなど、そのような事態に発展することはありません」
「な、何よそれ!? 単なる愚痴ってこと……!?」
「大体、お二人が身を切ったところで“替えがきく”相手ではありませんから。参考までに、こちらはローエンビッツ様が本来の力量を取り戻すために必要となる義手・義足の代金です。世界有数の大富豪でもなければ到底、お目にかかれないでしょう」
「う、うわぁ……」
思わず目を丸くする。
ウェバリーが提示したカタログにあったのはただの義手ではなかった。
魔力を帯びた特殊な素材によって作られており、本人の魔力を検知して指先数センチ単位に至るまで思い通りに動かすことができる。魔力で動くため筋力は不要であり、怪我人や子供でも支障なく動かせるほどに軽量。さらには、見た目や感触も本人の素肌に合わせて作る一点物の特注品。
大道芸という、大勢の目に触れられながら繊細な動きをするやり方を選んだローエンビッツにとっては、これほどまでに質の高い物が必要なのだと言う。
「僕たちの財産も決して少ないわけじゃないけど、これは確かに手が出せないねー。義手だけに」
「は? ……はぁ、そうね」
「コホン、ではそろそろ本題に入りましょうか」
ウェバリーは立ち上がると棚から大きなファイルから取り出し、席に戻った。
「初めに申し上げておきますが、これは依頼ではありません。当ギルドからお二人に向けての“お願い”となります」
「お願い……?」
「だから、ローエンのことを掘り返したんだねー」
「あぁ、あたしたちが断りにくいように。気が滅入るな……」
ただ働き。それも人前で話せないことをだなんて……。
「何です、その顔は? 別に競合他社の稼ぎ頭を消してこいだとか、そんな犯罪行為を頼むつもりはありませんよ。確かに報酬こそ出ませんが、お二人にとっても悪い話ではないと保証します」
そう言うと、ウェバリーは真剣な顔つきでファイルをめくり始める。
「今から約二年前、当ギルドから一人の職員が依頼を受け、派遣されました」
「職員? 冒険者じゃなくて?」
「はい。本来、ギルドというものは依頼者と受託者を仲介する立ち位置なのですが、依頼内容によってはギルドの判断で職員を派遣する場合もあります。その分、依頼料は跳ね上がりましたが」
さらりと言ってはいるが、ウェバリーの言葉には重要な情報が秘められていた。
ギルド側がわざわざ気を使うということは、依頼主はそれだけの大物ということになる。
「職員の名はエフィ・ルレッド。正確な年は存じあげませんが、見た目はお二人と同じくらいかと」
「……!」
ウェバリーの見せてくれた顔写真には幼い顔つきの少女が写っていた。
片目を覆った青い短髪はボサボサで傷んでおり、服は飾り気のない黒い布切れ。
本当に職員なのか? どこかの行き倒れた子供と間違えていないか? そう思わずにはいられないほどの映りの悪い写真だった。
「あたしが言うのもなんだけど、こんな子供がギルドで働いているなんて……!」
「その横の写真は? うってかわって裕福なお爺さんに見えるけど」
「依頼主のアウスハルト・ベイツメン・グルー。長老と呼ばれています。詳細は省きますが、彼の屋敷に住み込みで二年務めることがエフィへ課せられた依頼でした」
長老か……確かにな。
口元や顔を覆う白い毛並みに、威厳と言えばいいのか……恐ろしいほどに強く見開かれた目つき。
老いてなお若者に道を譲ることなく、逆に屈服させてみせようといった雰囲気に包みこまれている。
「契約期間は明後日の午前まで。お二人にはそれまでの間、エフィに危険が及ばないよう護衛をお願いしたいのです」
「……護衛って、あたしたちに? 本気?」
「えぇ、くれぐれもエフィを傷つけることのないように! ……です」
釘を刺されてしまった。ユキリの一件はギルドには正確に伝わっているからな。
「あはは、大丈夫だよ。今回はスティープルが目を光らせてくれるからさー」
「まったく他人事みたいに……! いい? このエフィって子をあたしだと思って守りなさいよ?」
「うん、分かった。でも守るって誰から守るんだろうねー?」
「そりゃ道中の魔物とか……って、エフィがそもそもどこにいるかって、まだ聞いてなかったよね? パーチメント王国の外?」
「違うよ、スティープル。今のお姉さんの言い方……僕たちが護衛するのはエフィの契約期間中の話だよ」
「えっ? あ……!」
言われてみれば確かにそうだ。
あたしはてっきり長老の住んでいる屋敷からギルドに戻ってくるまでの道中のことかと思っていたが、それはエフィが契約を終えた“期間外”の話だ。
でも……期間中だとすると……!
「二年も住んでる屋敷で残り二日って、護衛を頼むタイミングにしてはあまりに不自然よ。一体どんな事情があるっていうの?」
「……残念ながら現時点で言えるのは、エフィが何らかの事件に巻き込まれる可能性がある、ということだけです。秘密にしているわけではありません。確証が無いのです。もしかしたら取り越し苦労で終わる可能性も……」
「なにそれ!? ウェバリーにも分かってないの!?」
「詳しい話は──」
ウェバリーがそう言いかけたとき、扉をノックする音がした。
「……ちょうどいい。話の続きは彼らを交えた方が良いでしょう」
「彼ら……?」
「本件の関係者です」
扉が開く。その向こうには二人の男女がいた。
先陣を切って入室した男は三十から四十代ほどの紳士に見えた。青と黒の縞模様で構成されたスーツを着こなし、きびきびとした姿勢で歩いている。髪型は頭のてっぺんだけに残った金髪をオールバックに整えている。
その後ろにいる女性は、あたしより少し上くらいの若い女性だった。サラサラとした綺麗な白い長髪に、染み一つない肌。薄い緑色のドレスから漂う高級感は同伴の紳士と同様だが、こちらは随分と不審な挙動だった。右手は胸の前でしっきりなしに動いているのに、左手は体の横でぴったりと静止している。
「初めまして、スティープル嬢にチョキ殿ですな。私はペッグ。こちらは助手です。ほら挨拶なさい」
「…………ラキュア」
「大丈夫? なんだか緊張しているみたいだけど」
「あぁ、スティープル嬢。お気になさらずに。彼女はまだ人見知りする方でして。それよりもこちらをどうぞ」
ペッグと名乗った男は軽く笑うと、流れるように名刺を差し出してきた。
「……私立探偵?」
名刺に記された肩書きを声に出して読む。
途端にウェバリーが怪訝な顔をした。
「ペッグ様は弁護士では?」
「そういう言い方もできますな。ですが子供にはこちらの方がウケが良いでしょう」
なるほど、二足の草鞋を履いているわけか。
うちのレサルタもそうだけど……もしかして弁護士の仕事だけで生きるのって大変なのかな。
「ねぇねぇ、探偵さんなんでしょ? 何か推理してみてよー!」
「ちょ、ちょっとチョキ! 何を言ってんの!?」
「構いませんよ。それくらいお安い御用です」
失礼な無茶振りを咎めようとしたが、ペッグはさして困ったわけでもないようだった。
「この名探偵ペッグが全てを紐解いてみせましょう。えぇ、ではそちらのスティープル嬢、ズバリあなたは──!」
あたしを見つめてペッグが言った。
「その身体に強力な呪いをかけられていますな!」
とんでもない一言を……言った!




