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失声のスティープル  作者: 青山風音
第2章 矛先~Two-side Target~
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第45話 忘れ去られた結末

 雲一つない快晴の空、波一つない静かな海。そこは青一色の世界。

 その世界を無遠慮にかき乱す白線の先には一つの物体があった。その物体もまた白波に負けず劣らずの白さを誇り、降り注ぐ太陽の光に輝いていた。

 物体の名はニコル号。所有者であり船長(キャプテン)でもあるテック・ニコルの名を取ってそう呼ばれてはいるものの、正式名称はおろか船かどうかすらも疑わしい代物であった。

 というのも、この物体は帆やスクリューといった部品を有しておらず、なぜ動くのかという仕組みが公表されていないのである。それを形成する金属も当然のごとく原産地不明であり、謎でできていると言った方が正しいとすら言われている。

 それ故にこの船──便宜上そう呼ぶ──を利用したがるのは決まって訳ありの者ばかり。乗船に必要な代金は、一般人が関わり合いたくもなくなるほどに気が利いた額となっている。


「本当にスピードが出ているのか!?」


 ロンタール国兵士団・第一部隊の隊長ボラッサスは船長室の扉へ向かって荒々しく叫んだ。

 国の財産を注ぎ込んで海外に足を延ばし、国王の謀殺を目論んだ彼とその部下たちは、ニコル号の乗客としてはまさに相応しい存在だと言えるだろう。


「おいニコル! このスピードで鳩を越せるのかと聞いているんだ!!」

「騒がしいなァ」


 なおも叫ぶボラッサスに対して扉の向こうからしわがれた声が応える。


「先客がいるって話ァ聞かねぇで乗ってきおってからに、俺の運転にも口を出すたァなァ」

「聞き間違いか? 順番を抜かす代わりに我々は多くの金を払った! 貴様はそれに納得して我々を乗せた! 偉そうな口振りで説教する資格は無いぞ!」

「確かに金ァもう貰ってらァなァ。分かってらァ、仕事ァしっかりやるから、あんたァ大人しく待つこったァ」

「チッ……!」


 ニコルの声色は穏やかな海の様子を体現したかのように落ち着いていた。

 対照的にボラッサスの心は大時化のように荒れており、ニコルとの温度差に苛立たずにはいられなかった。


「隊長、落ち着いてください。たとえ我々の企みが国に知られようとも、我々を非難するような者などいないのではありませんか? 相手はあのユキリです」

「そうですとも。今は国家反逆罪ですが、国王が退けば単なる未遂の傷害に落ち着きます。これまでの我々の実績を踏まえれば恩赦も十分に──」

「馬鹿共が!!」


 ボラッサスが拳で壁を叩く。


「お前たちはこれまで何を見てきたのだ!? 相手はあのユキリだぞ! 奴が自分の考えを翻すまでどれほどの時間を要するか知らんのか!?」

「そ、それは……!」

「一日か半日か、あるいはもう既に……! 断言するぞ、奴は引退などしないし我々が国に尽くしてきたことなどとうの昔に忘れている! 国に帰ればその場で死刑を命じてくるぞ! いいか、その場でだ!!」


 隊長の言葉に兵士たちの顔が途端に青ざめていく。

 自分たちの考えがいかに甘かったか、事の重大さを疑う者はもう誰もいなかった。


「で、では我々に残された道は……鳩よりも先に戻れるよう祈るだけだと……!」

「……いや、もう一つの道もある。万が一の場合に進む道がな」


 それは何か、と部下が問うよりも先にボラッサスは腰に下げた剣に手をかける。その鋭い目つきが向けられたのは船長室の扉だ。


「ま、まさか船を──」

「黙れ!!」

「は、ハッ! 失礼しました!」


 船を武力で乗っ取り、そのまま国外へ逃亡する。

 当然ながら、それをするにあたってニコルに悟られてはならない。


「ユキリは我々を“殺せ”と命じるだろうが、命じて終わりだ。本当に殺したかどうかを気にはしない。追う側もそれを分かっているからこそ我々は逃げ切れる。乗っ取り(でだし)さえ上手くやれればな」


 そう言ってボラッサスはほくそ笑んだ。

 ……と、すぐにまた不機嫌な表情へと戻る。


「チッ! なんだこのゴミは……!」


 彼の剣を納める鞘に何かが付いている。

 潮風に吹かれて舞い上がったのか、山吹色の花びらが所々に模様を作っていた。

 既に陸からは大きく離れている。花びらの出どころは船内と考えるのが妥当だ。


「ええい、不快な! この船はまともな掃除もしていないのか!!」


 声を振り絞って文句を言う。

 船長室の扉は今度は何も応えない。

 反論しないということは自分に非があると認めているのではないか? ボラッサスは形勢逆転といったように、さらに声を上げようと目論んだ。

 ところが──!




「ギャッ!!」


 声が上がったのは船室の中からだった。

 一人で荷物の番をしていた兵士の只ならぬ悲鳴。他の兵士たちが驚きに顔を見合わせる中、ボラッサスはすぐに行動を移す。


「何事だ!?」


 船室の扉を力強く開け放つ。


「あががァァァァァッ!!」

「っ!?」


 その兵士はボラッサスを突き飛ばしながら走り出してきた。

 目の前に隊長がいることも、隊長が目上の者であることも、今の彼にとってはどうでもいいことのようだった。

 その態度に苛立ちを感じながらも、ボラッサスは部屋の中を覗き込む。

 すぐに原因は見つかった。


「こ、こいつは……!」

「た、隊長? 一体、何が……」

「蛇だ! 我々の部屋に赤い蛇がいるぞ!」


 胴の太さは大人の腕よりも一回り小さく、太いとは言えないものの全長一メートルはあろうかという大蛇。

 シュウシュウと息を吐きながら外を睨みつける胴体は、わずかに黄みがかった赤色の鱗に覆われている。鮮やかではあるが美しいというよりも禍々しい、あるいは毒々しい色合いだった。


「どういうことだ、こんな劣悪な……この船はどういうことだ!!」


 一目で分かる危険な生物。そんな生物がなぜ船内にいるのか。


「紛れ込んだの一言で納得すると思っているのか……!? 陸が遠くなってから図ったようなタイミングで……どういうことだニコル!?」

「シャアァッ!」

「隊長!」

「おのれ蛇めがァァァーッ!」


 牙を向いて襲いかかる蛇に、ボラッサスは剣を抜く。


「……え?」


 ──否、剣は……抜けなかった。

 鞘と剣身を何かが繋ぎ止めている。


 ガッ!!


 ボラッサスの手のひらに牙が食い込んだ。

 呆然とする彼の手から転げ落ちた剣の鞘は山吹色の花で覆われていた。


「蛇……だけではない……変だ……何かが」


 頭がぼうっとする。体が熱い。吐き気もする。

 朦朧とする意識の中でボラッサスは自分を見つめる兵士たちの姿を見た。

 自分を心配する様子は微塵もなく、ただただ恐怖と混乱が支配する表情だった。


「うわあああああああっ!! なんだこの花は!? どこから咲いているんだ!?」

「へ、蛇……蛇っ! 来るな! 来るなァァァーッ!!」


 逃げようとする兵士たちの足元は花畑に変わっていた。

 船の床に根を張り、靴に絡みつき、さらに増え続ける山吹色の花畑。

 その異常な光景をボラッサスは心の中で笑った。植物がこんな短時間で増殖するなどあり得ない、これは蛇の毒で幻覚を見ているだけだ。


「騙されないぞ……私は騙されない。残念だったな蛇め……あぐ」


 足の力が抜けて床に崩れ落ちる。

 咲き誇った花々が柔らかい? 違う、毒のせいで感覚が鈍くなっているだけだ。


「トドメは刺しません。もっとも、苦しんではいただきますけれどね……あなたがたの人質への仕打ちに対する報復も含まれていますので」


 女性の声がした。つい最近、どこかで聞いたことのある声だった。

 それを思い出す間も無く花畑が迫り上がる。そして倒れ込んだ兵士たちの体を持ち上げ、大海原の中心へと放り投げる。


「きっと生き残れますよ。この結末を命じたご主人は生まれてこの方、生物の命を奪ったことが無いと、そう仰っていましたから」




「もういいのかァ?」


 水しぶきの音が続けざまに鳴る様を聞きながら、ニコルは変わらない口調で船長室から言った。


「えぇ、これで依頼は完了です。お手数をおかけしました」

「いいってこったァ、部屋ァ出ねぇで船動かすくれぇ大したこったァねぇ。割の良い仕事ァ嫌いじゃァねぇ。またよろしくなァ」

「…………いえ、そう何度も用意できませんよ……あのような大金」

「なんだァ、一度切りのお客様たァなァ」


 そう言ってニコルは露骨に落ち込んだ。


「もう依頼完了だったなァ? ならもういい、引っ込みなァ」

「承知しました。失礼いたします」


 ニコルを知る者はこう言う。

 『お客様には心を配り、お客様でなければわざわざ関心を持ったりしない。だからこそ仕事を頼みやすいのだ』と。


 先客を差し置いてお客様を気取っていた人間が海に浮かんでいる。

 ニコル号はパーチメント王国へと進路を変えた。




>>>>>>>>>>




「お疲れ様」


 廊下を歩くマルルとレサルタの様子に、ふとあたしの声が漏れた。


「ス、スティープル様!? なんです急に!?」

「なんだか“一仕事終えた”って感じがしたからつい……」

「そ、それはその……き、気を抜いていたからそう見えただけです! ああ、ご主人の前ではしたないことに! 申し訳ございません!」

「い、いやそんな謝らなくても……」


 マルルが頭を下げるたびに緋色の長髪がブンブンと揺れ動く。


「疲れもするさ、我々の仕事は山積みなのだ。もう一人のご主人のせいでな」

「ははは……それはご愁傷様」


 なんて言いながら、レサルタの表情はどこか満足気だ。

 窓の向こうに広がる山吹色の花畑も今日は一際と輝いて見える。


「あたしも頑張らないとな……」


 チーム・ツーサイドの最初の依頼、あたしにとっては見守るだけのものとなってしまった。

 次の依頼こそは力になってみせる。

 穏やかな日の午後、あたしは強く拳を握った。


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