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失声のスティープル  作者: 青山風音
第2章 矛先~Two-side Target~
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第40話 人質への関心

(スティープル様、起きてください。今日は良い天気です、お布団を干しましょう)


 誰かがあたしの声を呼んでいる。


(お茶をお入れしますね。今日はステンドグラスクッキーに挑戦してみたんですよ。綺麗ですよね。……え? あはは、スティープル様ったら、ガラスなんて入れるわけないじゃないですか)


 笑わないでよ。ステンドグラスなんて、そんな名前してたら勘違いもするよ。


「……んん」


 体を起こす。やっぱり夢だったか。

 ここはボラッサスたちのアジトであたしは人質。お布団もお茶もクッキーも、そしてマルルも……あたしの夢見た幻想はここには存在し得ない。


「はぁ……お腹すいたな」


 昨日から何も口にしていない。あたしの夢はどうやら現実と直結しているらしい。

 人質となってからずっと不安で食欲も沸かなかったはずなのだが、人間の体というのは正直なものだ。

 今は何時だろう? 兵士に聞こうにも部屋にはあたし一人だ。

 彼らはあたしが逃げないと察したのか、四六時中見張るようなことはせずに、たまに様子を見に来るだけになった。

 ……もっとも、聞いたところで答えは返ってこないだろうけど。


 カタン……!


「……?」


 あたしの手に何か硬いものが触れた。

 何だろう? 随分と小綺麗で小さな箱だ。それに……何かいい匂いがする。


「えっ!?」


 箱を開けると……中に入っていたのはクッキーだった。

 しかもさっきまであたしが思い描いていた……!


「ステンドグラスクッキー!?」


 クッキーの中央に穴を開け、色のついた水飴やグミを入れて焼き上げるお菓子のことだ。ガラスでも入っているのかと聞いてマルルに笑われてしまったことがある。

 でも……それってつまり? マルルがここに来た!?


「…………」


 なんて、訳が分からないことに思考を費やすのはやめた。

 あたしはお腹がすいている。それ以上に重要なことはない!


「うーん、美味しい」


 あたしの思い出の中にある、あの味だ。

 体中に力がみなぎってくるのを感じる……あたしって単純かな。




「おい、お前っ!!」

「んぐっ!?」


 やばっ! 兵士が覗きに来た!


「外に出ろ! そろそろ解放だぞ!」

「ぐ……?」


 解放? 人質の役目は終わりってこと?


「……え!? じゃ、じゃあユキリは!?」

「それはこれから報告しに来るとのことだ。どんな死に方したのやら楽しみだな!」


 兵士はそう言って上機嫌に笑う。あたしがお菓子を食べていたことなど、もはやどうでもいいようだ。

 ……ユキリが死んだ。

 チョキが、いやシザースが殺したのか。嬉々として人を傷つけるくせに殺しはできない、そんなあいつがユキリを……!

 そして、あたしたちは護衛対象を殺害した最低最悪の裏切り者に……!


「ボラッサス隊長、人質をお連れしました」

「うむ。そこに座れ」


 あたしたちが依頼を受けた部屋に連れてこられ、言われるままにボラッサスの隣に座る。

 これから一緒にユキリの遺体と向き合い、確認が取れたら解放……か。

 再び頭の中が不安で覆われ始める。さっき口にしたクッキーの味がもう思い出せなくなった。マルル、ごめん……!


「いやはや、ようやく終わりますね……」

「いや、始まるのだ。ロンタール国の新たな歴史がな。あの出来損ないの命一つのためにどれほどのものを失ったことか。先代の遺物も民の血税も、あの腹の中に飲み込まれていった……嘆かわしいことだ」

「まったくです。生きているだけで周囲を不幸にしていくなんて……あれは人間ではない、まるでカビですよ」

「えぇえぇ。せっかく極秘依頼まで出したのに、よりによってあんな頭のおかしい子供が来るだなんて。これもあのカビのもたらす不幸ですよね。おかげでさらに依頼料が増えてしまって……」

「……?」


 ボラッサスと兵士三名の、おそらく和やかな部類に入るであろう雑談が自然と耳に入ってくる。

 最初は『ファングド・ファスナー』を解除して無言で聞き流すつもりだったのだが、兵士の一人が発した言葉がひっかかった。


「ちょっと待って、依頼料が増えたってどういうこと? シザースが追加で何か請求してきたの?」

「あ? 黙ってろ! お前はただ座って──」

「待て、この女もシザースと同じチームだ。無関係な話ではない」


 ボラッサスが兵士を制する。

 そして……にわかには信じられない言葉を放った。


「スティープルだったな。お前たちへの依頼は忘れろ。もうお前の手を離れた」

「……忘れろって、え? 何それ!? 手を離れたって……」

「私とお前たちとの関係はこうだ。あの少年、シザースが依頼を達成すれば、私は相応の報酬を支払う。一方、依頼を拒否したり失敗したりした場合はお前が相応の代償を支払う」


 あたかも双方同意のような雰囲気で話すボラッサスの態度に多少の苛立ちを覚えるが、あたしたちの置かれている状況については……まぁそうだ。


「だが、代償とはいわば失敗の報復だ。依頼主である私が不満足な結果で終わった場合のみ報復が求められる。裏を返せば、私が満足する結果であれば、シザースが失敗したとして何もする気が起きないということだ。例えば、シザースが何か行動を起こすよりも先に、ユキリが不幸な目に遭うといった事態がな」

「っ……!!」


 ボラッサスの言いたいことが分かってきた。


「それで別の誰かに依頼したの!? そのために依頼料が増えたって……」

「そんなことは一言も言った覚えは無いな。おい、他に金を払ったのか?」

「い、いいえ! そのようなことはありません! 私の勘違いでした!」


 その兵士は慌てふためきながらも即座に話を合わせる。

 残りの兵士たちが失言しまいと固く口を結ぶのが見て取れた。


「今から会うのは先程、私の所へ連絡を入れた男だ。ユキリに復讐したと言っている。この国まで連れてこられた挙げ句、身勝手に解雇されたとな。よってお前がここにいる理由も無くなった」

「そんなの信じられるわけ──」

「何か不都合でもあるのか?」

「ない」

「ははっ! 正直だな!」


 不都合なんてない。本音が漏れる。それを見て満足気にボラッサスが笑う。

 そう、彼らの筋書き通りに事が進んだところで、あたしには何の不都合もないのだ。

 ユキリを守ろうと画策してあたしが殺されるような事態は避けることができる。

 ボラッサスからの報酬は貰えないだろうけど、ユキリを暗殺した責任をあたしたちが取ることもない。

 強いて言うなら護衛を失敗したことによる悪評か。だが、それもユキリ側に付く兵士たちの過失ということで収束するだろう。彼らの無警戒な暮らしぶりは、この国の知る所なのだから。


「…………」


 今度こそあたしは無言に戻る。

 何も不都合はない……ないんだ。

 ならそれでいいじゃないか。あたしは何をそんなに苛ついているんだ?

 ユキリを犠牲にして生き延びたことか?

 あいつを見て受けた印象は、いつか誰かに殺されたとしてもさして驚きはしないという、つまり最悪なものだった。心が痛むわけでもなければ、むしろあいつの血でチョキが汚れなかったことに安堵すらしている。

 ならどうして……!


「あの男が即位してから死ぬまで、ロンタールの文明は衰退し続けた。いいか、停滞ではなく衰退だ。進化に費やされるはずの時間を全て葬り去るなど、あまりにも残酷な仕打ちだ」

「……!」


 あぁ、そうか。あたしの時間も同じなんだ。

 先の見えない不安に迷い、悩み続けたあたしの時間は実は最初から何の意味も無かった。


 ……あぁ、だからだよ。


 ボラッサスの眼中にあたしたちはいなかった。

 友人の旅行中に預かったペットのように、そこに置いておくだけだった。

 不都合がなかった? 違う、なかったのは関心だ。

 憎しみも憐れみも協調性も疑いも、彼らはあたしたちに何も感じなかった。


 だから腹立たしいんだ……!

 あたしたちはコケにされたんだから!!




「ボラッサス様。ローエンビッツと名乗る男が」

「通せ」


 酒場の主人が扉の向こうから来客を告げる。

 シザースの代役を担った殺し屋か。見た目からしてそれと分かる殺し屋なのだろう。傍らにはユキリの首を包んだ風呂敷でも抱えているに違いない。

 やがてしばらくした後、扉が大きく開け放たれた。


「っ……!?」


 そこにいたのは……あたしの予想とはかけ離れた人物像だった。


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