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失声のスティープル  作者: 青山風音
失声のスティープル
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プロローグ 物語の主人公より

「パンケーキに何を乗せるか」


 大賢者シナバル・スィーリンが対面に座る女性にそう言ったのは、彼らのテーブルに三人分のパンケーキが運ばれた時だった。


「いただきまーす!」


 シナバルの横に座る孫娘が両手を合わせて発声する。その様子を優しく見守りながらシナバルはもう一度、言った。


「パンケーキに何を乗せるか……それが彼らの悩み事だ」


 シナバルは齢八十を超えている身ではあるが、その声はしわがれることなくハッキリと伸び切っていた。豊満に蓄えられた髪や顎髭は雪原のように白く、彼の顔に刻まれた皺を覆い隠している。


「彼ら、というのは王国の……?」


 女性の返答に大賢者はゆっくりと頷く。


「王国の兵士たちは様々な手段で戦いに身を投じる。重厚な鎧で肉体を守ろうとする者もいれば……」


 シナバルがチラリと隣のパンケーキを見やる。そこでは最愛の孫娘の手によって建てられた生クリームの塔が天を見上げていた。麓にはキャラメルでコーティングされたバナナが城壁のように横たわっている。


「剣を振るう者も、あるいは炎の魔法を研ぎ澄ませる者もいる」


 キラキラと光るラズベリーソースの雫がきつね色の表面に屋根を作る。そうして完成した作品に、孫娘はようやくナイフを投入した。


「えっと……つまり? そのパンケーキは人で、トッピングやソースは武器だと仰るのですか?」

「“強み”だよ。武器、防具、魔法……兵士たちにとっての強みだ。戦うための手段であると同時に、己を誇示するための手段でもある」

「なるほど、何を乗せるかによって、どのような兵士になるか決まる……と。それは確かに悩み事ですね」

「同時に、兵士を雇う側にとってもだ。何百ものパンケーキが、ごちゃごちゃとした飾り付けを誇示して目の前に並ぶ。しかし一つとして同じ作品は存在しない。その取捨選択は酷く苦痛な工程だよ」

「ふむふむ、なるほどなるほど。十人十色の兵士たちから優れた人材を……」

「なぁ、ところでだ、きみ」


 手元の紙にペンを走らせる女性に、シナバルは怪訝な顔を向ける。


「先程からきみがやっているのは……まさか“意訳”じゃあないだろうね? こうやって私が話してやってるものを無礼にも自分色に上書きしちゃあいないか?」

「と、とんでもないっ! これはシナバル様の物語ですよ、主人公の発言を歪曲なんてするはずがありませんっ!」

「それならいいがね……大事なのはここからだ」


 シナバルはナイフを手に取り、別皿に分けられたトッピング用のフルーツを突きながら言う。


「この飾り付けという行為は大した優劣は生まないのだよ。これらのフルーツ……彩りや大きさ、品質に多少の差はあるだろうがね、あらかじめ用意された飾りという点では同じだ。兵士たちの積み上げた強みは結局の所、量産品の寄せ集めに過ぎない。最も差が生じるのは生地、すなわちパンケーキそのものなのだ」


 シナバルのナイフが何も乗っていないパンケーキへと移る。


「優れたパンケーキというものは武器や魔法で自分を飾る必要が無い。無地(プレーン)な状態ながら、飾り付けられた周囲の同業他者(ライバル)たちと渡り合うことができる。それだけの強みを持っているのだ」

「……えっと? 武器や魔法でなければ何を強みにするんです? 人間性ですか?」

「人間性か、そういう場合もあるかもな。だがその一括(ひとくくり)で語るべきではない。より適切な言葉を選ぶのであれば能力と言っておこう」

「能……力?」

「ざっくりとしすぎて分からないかね? まぁ、こればかりは自分の目で確かめるしかないだろう。これが終わったら会いに行くとしようか、プレーンにな」


 そう言ってシナバルはゆっくりとナイフをパンケーキへと差し込んだ。




>>>>>>>>>>




 パタリと本を閉じる。あたしが読んでいたのは、大賢者シナバル・スィーリンの人生を綴ったノンフィクションの物語だ。

 自分の人生を題材にした、自分が主人公の物語。それが存在するだけで、いかに彼が偉大な人物だったかが分かる。


 だが、これは大賢者の物語ではない。

 あたしの人生(ものがたり)だ。


 もしも、あたしの人生を文字に遺したいと願う物好きな人間が現れたのであれば、以下の二点について注意してほしい。


 まず、一点目。必ず明記しなければならない文章がある。

 ①この物語に登場する人物・団体・事件などの名称は全て架空のものです。万が一、それらの名称が実際のものと一致するか、あるいは彷彿とさせる場合であっても、それらは全て偶然であり、一切の関係はありません。

 ②この物語は法律・法令に反する行為、および差別行為を容認・推奨するものではありません。


 そして二点目。大賢者の物語を書いたときのように、あたしに対して取材を行うことはできない。

 なぜならその物語の主人公は、生まれてから今日に至るまでの十二年間、一つとして言葉を発したことがないのだから。

 そう、スティープルという自分の名前すらも、ただの一度も……!


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