情緒不安定なチンピラ、略して『ジョウチン』
突然超威力の衝撃が頬を襲ったかと思うと、来たはずの工場の外へ思いっきり吹っ飛ばされる。
(な、何が……!)
背中から思いっきり地面に着地し、数メートル滑ったところでようやく止まった。
「ぐっ……。てめえ……」
「これは、あの人にお前の胸糞悪いプロフィールを聞かされた分だ。俺は、ここの所長、ジョージ。よろしく」
俺をぶん殴ったであろう大男を睨みつけながらすぐに立ちあがろうとするも、膝が笑ってしまって力が入らない。
ーーーその瞬間、嫌でも悟った。
この大男には生物として勝てない、と。
挨拶がわりの軽い一振りでこのダメージ。
本気で撃たれたら顔面の骨は粉々になってしまうだろう。
だが、それでも、俺はーーー。
決して舐められる訳にはいかない。
そうやってスラムで生きてきたのだから。
だから、俺は、立ち上がる。
「ほぉ?」
大男は少し感心したような顔をした。
「おぉーー!あいつジョージ所長の殺人パンチ食らって立ち上がったぞ!」
いつの間にか中から他の従業員が顔を出して、野次馬化していた。
俺はふらつく足を引きずって、一歩、二歩と所長に近づく。
「やられたら……やり返す……」
「……………」
「倍返しだ!!」
「ひねり無しかい」
「うるせぇ!●ねやデカブツ!」
その駆け出す一瞬で、俺は足元に転がるネジを土と一緒に拾い上げ、所長の顔面に向けて投げつけた。
「っ……」
少し視界が悪くなったのか、腕でガードしながら細目で俺を確認する。
が、俺はその瞬間、すでに背後にいた。
そして、所長の首にスリーパーホールドを極めた。
「あ、あいつ所長の首に手をかけやがった!」
「マジかよ!今までそんな新人見たことねぇ!」
「すげぇ!」
「すげぇけど!」
「多分!」
「ああ!多分!」
「「「終わったな!」」」
野次馬の声がシンクロした瞬間、所長の広背筋が爆発的に盛り上がり、体全体に熱を帯び始めた。
「ぐぐぐ……首が太すぎて全然……締まらねぇ!!!」
「小僧ォ……。なかなかやるじゃねーか。だが、ちょっぴり腕が細いなァ」
「ぐ……!俺は……舐められる訳には……」
「ふん。何が舐められたくねーだ。何も"夢"を持ってねー奴はどんな態度だろうが舐められるんだよ」
「う、うるせぇ!持ちたくても持てない奴だっているんだよ!!」
「違ェな。それは逃げてるだけだ。何かに一生懸命になってる奴を舐める奴なんていねェ」
「違う!俺はまだ本気を出してないだけで……!」
「なら、ここで本気出してみろや」
「は?」
「この工場で本気で稼いで、お前の夢を叶えてみろ」
「夢……だと」
「そうだ。お前の夢が何かは知らん。だが、何か目標を胸に生きてきた顔はしてる。……本当は何かあんだろ」
ーーー本。老婆との約束。
読みたい。色々な本を。
図鑑、事典、様々な研究。
膨大な知識に触れてみたい。
ーーー本当は、俺、ケンカなんてしたくない。
俺は、母親に植物図鑑を読んでもらったあの頃のように。
色々な本を読んで、新しい発見にワクワクしたり、穏やかに過ごしたいだけなんだーーー。
「な、なんだあいつ?」
「あ、あいつ、所長にチョークしながら泣いてるぞ……!」
「情緒不安定なチンピラだ!」
「よし、今日からあいつのあだ名は"ジョウチン"だ!」
「ジョウチン、そろそろ離れないとヤベーぞ!」
その野次馬の声を遮るように、所長が語りかけてきた。
「腹ァ、決まったみてーだな。じゃあまずは、ここのしきたりを教えてやらァ」
「ぐっ……!ヤベェ……!」
明らかにやばそうな雰囲気を感じ、俺は首から咄嗟に手を離す。
そして、距離を置こうとバックステップした瞬間、所長は地面を蹴って、俺の目前まで詰め寄った。
「しきたりその①。ネジは大切なもの。人に投げちゃいけません。破ったら、死あるのみ、です」
「死、あるのみかよ……!」
研ぎ澄まされた感覚の中で、所長のアッパーがスローモーションのように迫る。
俺は両手でガードしながら拳の軌道を少しずらし、直撃を避けることに成功。
「ぐあああぁぁっ!!」
その30%くらいの威力でも、腕がもげそうなほどの痛み。
(100%で食らってたらもう仕事できてねーわ)
「ネジは大切にしろ。わかったな」
「………………」
「ふん、生意気なチンピラだ。さっきの直撃じゃないから本当ならもう一撃入れとく所だが、初日だから勘弁してやるぜ……」
ーーーやっと行った。
なんとか意識を保って終わったと思ったその瞬間、
「なんてなァ!!!最初が肝心!!ナマこくのは許さねェぜ!!」
と所長の後ろ回し蹴りが飛んでくる。
が、俺は既に床に落ちたネジを拾い集め、机に置いているところだった。
「不意打ちのダメ押しには慣れてんだよ、俺」
叔父仕込みの"安堵しない"という戦法。
「ちっ……」
軽く笑いながら舌打ちすると、ジョージは所長室へ戻って行った。
「おい!兄ちゃん!なかなかやるなあ!」
「あのパンチで病院行かなかった奴、多分初めてだぜ!」
「なあ、ジョウチン!こっち来て茶でも飲めよ!」
「どこ出身だい?」
「待て待て!順番に聞いてこうぜ!」
「おい、俺が最初にジョウチンに質問したんだぜ!」
思わぬ歓迎ムードに面食らってしまったが、その日、人生で初めて、俺は信頼できる仕事仲間ができた。
だから一言だけ言わせてもらった。
「ジョウチンやめろや」
バタバタした入社初日だったが、俺は晴れてこの工場の一員となった。




