叔父の虐待で少年は心を拗らせていく
【カイ・グランデ視点】
あの日、あの男に散弾銃を撃ち込んだ日。
俺は、心の底から思った。
(マジで謎の生物で良かった……!)
さすがにどうしようもないクズ人間の俺でも、最後の良心で人殺しだけはしてこなかった。
それを、あっさり超えてしまったあの日。
人に言っても言い訳に聞こえるかもしれないが、本当は引き金を引くつもりは毛頭無かった。
闇金から大金を借りてまで最新式の散弾銃を買ったから、これを見せればビビらせられるのではないかと考えていただけだ。
そして、今度こそ語尾に『ぴょん』を付けた謝罪をさせようと思っていた。
だけだったはずなのに、なぜか気づいたら背中から思いっきり撃ち込んでいた。
ーーーまるで誰かの意思が働いたかのように。
撃ち込む前、『助けて』という幻聴が聞こえたような気もする。
でも、今だから言えるが、なぜだか絶対にあいつは殺せない気がしていたのだ。
それに、撃ち込んだというのに、なぜか俺の心はひどく穏やかだった。
8歳の頃に唯一の家族である母を事故で亡くして以来、ゴミのような生活が始まった。
母の妹であるミランダ叔母さんの家に引き取られたが、叔母は子供には無関心な女性でほぼ家にいなかったし、いとこに当たる男女の兄弟も俺に話しかけてくることはなかった。
そして、父親代わりになった叔父からは思い出したくないほど散々な暴力を受けた。
日頃から「能無し」「役立たず」「生ける貧乏神」「うんこ」など、自分達の無能さを棚に上げて、不幸の責任を俺に押し付けた。
そしてひどいのは、ギャンブルで負けた時だ。
帰るやいなや、不条理な怒りで絶叫される。
「おーい能無し!お前にかかる飯代が無ければそれ突っ込んで勝ってたんじゃボケェ!!オラァ!!●ねやコラ!」
「や、やめて……!」
ーーードガッ!ドガン!グニュ!グチャッ!
とにかく、殴る、蹴る。
うずくまって必死に顔をガードする8歳の俺の腕を無理やりこじ開けて、顔面を殴りつける。
「ぶげっ!」
そして俺が座った状態のまま、両手を持たれ、バンザイの状態にさせられて膝蹴りを鼻に打ち込まれる。
「ごへっ!ぶえっ!」
意識が飛んでぐったりすると、叔父は満足したのか、「ったく。反省せいや」と言い残し部屋を出て行こうとした。
ーーーやっと行った。
なんとか意識を保って終わったと思ったその瞬間、
「オラァァア!!!」
叔父渾身の回し蹴りがダメ押しで顔面に直撃した。
「あ……」
足裏と壁の間に顔が挟まる。
鼻が折れ、小さな体が、壁に沿って、トテッと横たわった。
その蹴りを食らった日を境に、俺の右耳は聞こえなくなった。
顔面がぐちゃぐちゃになったが、病院にも連れて行ってもらえなかったため、傷は治ったものの鼻は少し曲がってしまった気がした。(気のせいかもしれないが)
そんな暴力が週1回は行われたが、俺はなんとか生き延びて16歳になった。
その頃からは、荒れに荒れた。
幸せそうな奴を見るたびに吐き気がする。
だからといって、貴族や金持ちには怒りは抱かない。
社会とはそういうもんだし、俺が手を出した瞬間、人生が終わるほどの報復が約束される。
だが、俺と同じような貧乏な境遇にも関わらず、幸せそうに生きる奴らもいる。
そういう奴が何より一番許せず、そんな怒りを誰彼構わずぶつけるのが俺の日課となっていた。
するとその時、路地裏から小さな声が聞こえた。
「や、やめてよ!」
「へへへ!オラァ!金出せよ!」
こっそり覗いてみると、「やめてよ!」と言っているのは、うちの近くに住んでいる、いじめられっ子の貧乏人。
金を要求してる奴はこの辺のエリアに住むいじめっ子の貧乏人。
どちらも貧民街出身のクズだ。
だが、今回ムカついたのは、金を要求してるクズの方だった。
理由は、「へへへ!」とか笑って、"楽しそうに生きてる"から。
貧乏人には笑う権利などありはしない。
だから、路地裏で2人の間に割って入った。
「もっと『生きててごめん…』みたいな顔しろや」
そう言いながらいじめっ子の胸ぐらを掴む。
「え?な、なんだよお前?」
「お前ん家、貧乏だよな?」
「は……?そ、それが何だよ?」
「なんでそんな楽しそうに笑いながらカツアゲしてんだよ?」
「う、うるせーな!わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ」
いじめっ子は突然謎のウザ絡みをされて苛立ち始める。
俺も別にこいつに恨みがあるわけでもないし、いじめを止めたいとか思ってた訳でもない。
ただ苛立ったというだけ。
「お前、笑ってるってことはよぉ~。人生楽しんでます、ってことだろ?」
「……は?別にどうでもいいだろ……」
「よくねーよボケカスこらぁ!生まれながらに楽しんで生きて良い人間かどうかは決まってんだよ!」
「こ、拗らせすぎだろ……」
「お前、家帰ったら親とか兄弟と楽しく団欒するのかよ?」
「は?……そりゃ……普通にするだろ」
「そこはガードしてる腕引き剥がされて顔面にグーパンだろ!」
「いや、どんな親なんだよ!」
「その後はバンザイで膝蹴りだろ!」
「死ぬだろ!」
その瞬間、俺の中の怒りが沸点に到達した。
「貧乏人はなぁ!常に家の中ではイライラして、殺伐としてなきゃいけねーんだよ!!」
俺はいじめっ子の胸ぐらを掴んだまま、壁に押し付けて吊り上げる。
「……ぐえっ!」
自分は助かったものの、また目の前で暴力が行われる兆候を察し、いじめられっ子の少年は耳を塞いでしゃがみ込んだ。
「お前みたい『今の境遇でもしょうがない♪』とか諦めて、楽しそうに生きてる奴は俺が許さねー」
「ぐっ…!や、やめろ……!」
そして、相手の胸ぐらをスッと離す。
ーーーそして。
「かしげて生きろ!!………首を!!」
手を話して相手の足が地面に着地する前に、俺は渾身のパンチをいじめっ子の顔面に叩き込んだ。
「ぶっげぇえええ!!」
いじめっ子は、足を地面につくことなく、プラプラと俺の拳の圧に支えられて壁に張り付いていた。
「ふん……」
俺は拳を戻すと、いじめっ子は顔面から地面に倒れ伏した。
「ひっ……」
いじめられっ子はその場でその様子をビビりながら見ていたが、そいつに向かって俺は言った。
「お前もそう思うよな?貧乏だったら笑顔で生きちゃいけないって」
「え、あ、はい……」
「良かったな。それに気づけて。じゃあ授業料、払ってもらおうか」
そう言って、俺はいじめっ子に渡すはずだった金を奪い取った。
それから俺は半分裏社会に足を突っ込んで、日銭を稼ぎながら生きてきた。
結局、学校なんて金のかかる所には行かせてもらえるはずもなく、31歳になった今でも読み書きすらできない。
そんな状態なので頭を使う仕事はできず、力仕事などの日雇い仕事を請負ながら、合間にはヤクザの用心棒などもやっていた。
ーーー人生なんてクソつまらんし、楽しく笑顔で生きるなんてこともできない。
こんな貧乏人はどこかで野垂れ死ぬのが関の山だが、ただ死ぬのも癪だ。
だから、何も考えず、何も感じず、楽しまず、卑屈になりながら生きる。
そんなクソみたいな人生だが、それでも死ぬまで生きてやろうと決めていた。
でも、そんな俺にも、唯一抑えられない興味と誘惑があった。
ーーーそれが、本。
子供の頃から、憧れがあった。
ある時、叔父の暴力に耐えかねてスラムを抜けて貴族街に出た。
そこは、同じ人間が住んでいるとは思えないような煉瓦造りの豪華な家が建造され、良い身なりで歩く人々がたくさんいた。
そして、彼らにはなんと花を見るような時間的な余裕もあった。
(スラムの忙しく生きる奴らとは大違いだ)
そんな異世界に迷い込んだかのような錯覚に陥っていると、目の前に書店があった。
(こんなに……本が……!)
柄にも無く、テンションが上がる。
ーーーその瞬間、最悪であり美しい、母親との思い出がよみがえった。




