死ねたと思ったら異世界だった件
その後、俺はボロボロの貧しい村を案内され、一番大きい屋敷で村人に囲まれながら接待を受けていた。
「汚い所で申し訳ございませぬ……。最近では水すら枯渇してしまい、満足なおもてなしもできませぬが……」
そう言いながら、村長らしき老婆は滅多に食べられないであろう、温かいスープとパンを渡してくれた。
それを見て、5~6歳の子供がよだれを飲み込み、お腹を「ぐぅ~」と鳴らす。
周りを囲む村人を見ると、皆一様に痩せこけている。
恐らく満足に食べていないのだろう。
先ほどあの男に渡す予定だった食糧にも手をつけない所を見ると、本当にギリギリらしい。
ここがどこかは知らないが、貧しさはレベチの村のようだった。
ぐるるるる………。
パンとスープの香りに、子供のお腹の音が屋敷に響く。
「お母さん……おなか空いた……」
「しっ……。ダメよ。サタン様のお耳に聞こえてしまうわ……。あれはサタン様へのお貢ぎ物なのだから……」
そんな母子のやり取りが聞こえる。
俺は渡されたパンとスープを持ちながら言った。
「食えるか!!!」
俺は子供にスープとパンを渡すと、娘は一心不乱に食べ始めた。
母親は泣きながら「ありがとうございます」と言って顔を伏せた。
そして、俺は老婆にこの場所のことを聞いてみた。
「おばあさん、ここって何て村なの?」
「ここは、マルタという村でございます……」
聞いた事のない村だが、何となく北欧っぽい感じがした。
「国は?」
「ピリピリムーン帝国です」
「そんな国ねーだろ!!!」
思わずツッコんでしまったが、老婆は至って真面目な顔で表情に「???」を浮かべてこちらを見ている。
「マジ?ピリピリ……なんだって?」
「ピリピリムーン帝国です」
そしてその国名を出した瞬間、周りの村人は苦々しい顔で俯いた。
「うっ……うっ……」
"ピリピリムーン帝国"という名前を口にしただけで泣き出す者までいる。
村人の表情から、恐らく強権が振るわれているか、独裁的な政治が行われているであろう雰囲気を感じた。
少し可哀想になったが、そんなことよりも、俺にはひとつの確信があった。
「ここ確実に異世界やん」
俺がいた現実世界のアニメやライトノベルで流行っていた『異世界』。
まさか自分がその世界に飛ばされるとは思わなかったが、今の状況を鑑みるに、可能性はそれしか無かった。
食糧税とかいう謎のシステムもそのひとつだろう。
本来ならミーハーな俺は異世界を色々冒険してやりたい所だが、それにしても、国名を聞くだけで不安感がドッと押し寄せる。
(なんか…… ちゃんとした異世界じゃなさそう……!)
とりあえず、死んだは良いものの"異世界ガチャ"に失敗してしまったような気がして泣き出したくなった。
(ってか結局死ねなかったし……しかもここが異世界だったらニコルくんいなくね!?)
死にたいと思っていた俺としては、現実世界とさほど変わらない異世界に来ても、また新しく人生が始まるだけで、憂鬱な気持ちは変わらなかった。
それにニコルくんもいない可能性が高い。
「あ、あの……サタン様……どうされましたか?」
そんな俺の表情を察してか、老婆が尋ねてくる。
「あ、あぁ……。すまん。じゃあ俺はそろそろ死にに行くから……」
明らかに何かお願いしたくてサタンを呼び出したっぽかったが、面倒事に関わりたくない俺はそう告げて立ち上がった。
「えっ!!?サタン様!お待ちを!」
「サ、サタン様!」
「サタン様!!うわぁぁぁーん!」
皆一様に驚いた様子でこちらを見つめてきて、子供に至っては泣く始末。
「お願いです、サタン様……!どうか我々の話を聞いて下さいませ……!」
「い、いや、俺、サタンじゃないし……」
「何をおっしゃいます!あなたのその出立ちはまさに我々が信仰するサタン様そのもの……!我々の窮地を知り、降臨されたのでしょうが!!!おいコラ!!!」
「っ……わ、わかったよ……」
段々とキレ始めたおばあさんの圧に押され、俺は話だけ聞くことにした。