表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

102/144

カイ・グランデ編/エピローグ

オリヴィアとルシアンと俺。


3人で暮らすには俺の稼ぎだけじゃ贅沢はできなかったが、それでも幸せだった。


昔、養父に殴られていたスラムの頃からすると、今の状況はまるで夢を見ているようだ。



ーーーだが、そんな日々も長くは続かなかった。



ルシアンが生まれて3年後。



ーーーオリヴィアはその短い命を終えた。



巷で流行っている死の病を患ったと思ったら、容態はどんどん悪化していった。


俺は絶対に助けると色々な薬を探してかけずり回ったが、特効薬のようなものはついに見つからなかった。


そして、何もできない自分を呪い、せめて献身的な看病を、と思っていたが、それもオリヴィアは断った。


後から死の病の原因は、細菌による感染症とわかったが、恐らくオリヴィアはその時から薄々感じていたのかもしれない。


「ルシアンだけは何があっても守る」


それがオリヴィアが常日頃言っていた言葉だ。


その言葉通り、誰一人、決して自分に近づかせなかった。


「守りたいのはあなたも同じ」


そう俺に言うとニコリと笑い、家の側に建てた物置き小屋に敷き物をして、ひとり病気と闘っていた。


そして、その日もいつも通り食事を持って小屋へ向かい、外から話しかけた。


「オリヴィア。体調どうだ?」


いつもなら「今日はとても良いですわ」とか「少し痛みます」とか返事が返ってくるが、それが無い。


しかし、疲れてしまって、まだ寝ているのかもしれない。


俺は片手でルシアンを抱っこしていたが、一度家へ帰ると、ルシアンをベッドに置いて再び小屋の前へ向かった。


「オリヴィア。オリヴィア!」


何度か呼びかけるも反応は無い。


俺は嫌な予感がして、マスクを付けると、扉を開いた。



ーーー開いた瞬間、わかった。



そこに、『人の気』を感じなかったのだ。


「オ、オリヴィア……?」


俺はオリヴィアの前に座ると、そっと毛布を外した。


そこには、美しい顔で眠ったように亡くなっている、オリヴィアがいた。



「う、うっ……。うっ…ぐっ……」



予想はしていた。


だが、こんなに早く、その時が訪れるなんて。


穏やかに息を引き取ったその美しい顔を見て、思わず嗚咽が漏れる。



こんなクソみたいな俺の夢に付き合って、文字の読み書きを教えてくれた、優しい女性。


そして、ルシアンという何よりの宝物を遺してくれた。


殴られたって、血を流したって、気高く、気丈で、時には暴言も吐く。


しかし、怒った後は引きずらず、またニコッと笑って、「行きますよ!」と俺の手を引いてくれた。


そんなコロコロと変わる性格も含めて、俺は彼女を愛していた。



ーーー愛していたんだ。



ーーー世界中の誰よりも。



彼女もまた、こんな俺を愛してくれていた。



いつだったか、言ったことがある。


「俺みたいな小汚いチンピラと一緒にいたら、お前まで変な目で見られちまうぜ」


すると、彼女は言った。



「どんなに汚れていようとも、あなたの心がどれほどキレイかは、私が一番知っています。それは生まれや育ちによるものではありません。『本を読みたい』と夢を話すあなたの心を、私は好きになったのです」



それを聞いて、あの時書店で、俺に文字の読み書きの本をくれた老婆が言っていた言葉がよみがえった。




「本が好きな子に悪人はいないよ。それがどんな生まれの子でもね。その"好き"って気持ちには確かな好奇心と、夢が隠れているもんさ」


「好き……」


「そう。それに、本には人と人を繋いでくれるとても強い力があるんだ。あんたもいつかきっと、本が誰かを繋いでくれる」


そう言うとニコリと笑って俺の頭に手を置いた。


「俺、汚いよ……」



「汚いもんか」






ーーー本当に、あの本が繋いでくれた。



愛すべき、最愛の人を。


最期まで、自分よりも俺と、ルシアンの身を案じた、心優しき女性を。


気づくと俺は、声を殺してひたすら泣いていた。


次から次へとオリヴィアとの思い出がよみがえり、涙が溢れて止まらない。



ーーーだから、俺は改めて決意した。



ーーー彼女が守りたいと願ったルシアンを何としても守り抜き、そして未来へ繋げていくと。


オリヴィアの血を、『人を想う優しい心の一族』を、後世にきっと残すと。


ーーーだから、見ていてくれ。


俺にまともな父親が務まるのかはわからない。


だが、彼女の意志は俺が引き継いでいく。


「オリヴィア……。俺、もう泣かねぇから……!だから、ルシアンは……任せろ」


そう言うと涙を拭い、オリヴィアの手をギュッと握る。


心なしか、彼女の表情が笑ったような気がした。



それともうひとつ、オリヴィアから言われていたことを思い出した。



「あ……。そういや、そうだったな……」



少し憂鬱になってつぶやく。




「あのなぁ!恩人にはちゃんと恩返しせなあかんやろ!!いい歳こいてなに恥ずかしがっどんねん!!ちゃんとお礼のひとつでも一筆書けや!!いくら便器に吐かれたタンカスでもそれくらいできるやろ!!」


「いや、口悪すぎだろ!」





ーーー恩人。



俺の人生をまともなものにしてくれた、あの吸血鬼のことだ。


俺があいつを散弾銃で撃ったあの日。


あいつが俺をぶっ飛ばし、ジョージのネジ工場に入れてくれていなければ、今の俺は無い。


オリヴィアと出会うこともなければ、ルシアンが生まれることもなく、まともな職につくこともできず、今も本なんて読めなかっただろう。


(ちっ……)


だが、これまでお礼をするなんて考えたこともなかったし、改めてそんなことを伝えるなんて、とてもじゃないが恥ずかしくてできない。



(だから、オリヴィア。"このやり方"で勘弁してくれ)






ーーーそれから数年後。




レスター卿の力も借りて、なんとか子育ても一段落した。


ルシアンも大きくなり、無事に家を出ていった。


誰に似たのかケンカっ早いのが玉に瑕だが、まぁ、根は優しいからうまくやっていくだろう。


そしてそんな頃、俺にも病魔が襲っていた。


恐らく長くはもたない。


それは肌感で感じていたし、ようやくオリヴィアに会えると思うと、それは嬉しくもあった。


そこで俺はオリヴィアとの約束を守るべく、『バンパネラとの戦争』という手記を遺すことにした。


あの吸血鬼についての手記である。


そこにはもちろんお礼の言葉などは一言も書いておらず、とにかく勝手なあの男に対する今までの怒りをまとめた一冊になった。



デコピンで赤子をあやすかのようにぶっ飛ばされたこと。



『ジョウチン』とかクソみたいなあだ名を定着させられたこと。



額にあいつの"眷属印"を付けられてしまったことで、銃を撃つこともできなくなったこと。



別に生活に支障は無いが、ペイジの時はヒヤリとしたもんだ。


(なんなんだあの"眷属印"って……。人の行動を縛りやがって……。クソ食らえ……)



そんな恨み節満載の手記ではあるが、それでもこの内容をルシアンが読んでくれれば、きっといつか、あいつに恩返しができる日が来るはずだ。



(ルシアンは頭の良い子だ。わかりにくい俺の手記でも、きっとその意図を汲んでくれるだろう)



俺ができる唯一の恩返し。



ーーーそれは、あの男を"殺してあげる"こと。



いつもヘラヘラしているあいつだが、常に"誰かを想っている"ことを俺は知っていた。


そして、何度か自殺を試みている姿を見たこともある。


究極生物であるあいつがそんなことで死ねるわけないと思っていたため、時計台の上に立って飛び降りる男を、俺は冷めた目で見つめていた。


だが、そこまでして逢いたい相手がいるのであろう。


今、病床に臥している俺がオリヴィアに逢いたいと願うように、あいつも愛する人が故人であれば、ずっと想っていたに違いない。


想い人がいる者にとっては、死は救いにもなる。



ーーーだから、あいつにもいつか、安息が訪れますように。



ーーー別の世界で、想い人に逢えますように。



ルシアン、それが難しければ、その子、そのまた子供。



我が子供、子孫に告ぐ。




「吸血鬼『ルシフェル』を殺してくれ」




俺も、今世ではオリヴィアを病気から守りきれなかったが、もし生まれ変われるなら。



次は必ず、お前を守るから。




だから。






また、逢おう。





カイ・グランデ編 fin

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ