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母が遺してくれた心の遺産

「うむ。まず、君の姓だが……。『グランデ』で間違いないかね?」


「は、はい」


「母方の姓かな?」


「え、ええ」


「ブリジット・グランデさんかね?」


「なぜ、母の名を……」


「だとしたら、私は君のお母さんに以前世話になったことがある」


「……え?」


「あれは40年以上前。私がまだ幼い頃、領地にクーデターが起きたことがあった」


「おじい様が暗殺された事件ですわね……」


「うむ。クーデターを起こした領民は私と父、さらに母を殺そうと暗殺を企てていた。そこで幼かった私だけが、一般市民を装って"ある家庭"に潜伏していた」


「ま、まさか……」


「そう。それがグランデ家だ」


「な、なんだって……」


「事件の後、私の父は暗殺されてしまったが、私が生き残ることができたのは、君のお母さんのおかげだ」


「え?」



「まず間者がクーデターに深く加担していない家庭を調べていった結果、たまたまブルジョワのグランデ家が候補に挙がった」


「は、はぁ……」


「我が一族と関係の深い家はすぐに洗われるし、かくまってもらうにしても、全く関わりの無い家庭でなければならなかった」


レスター卿は昔を思い出しながら目を細める。


「だが、依頼されたとはいえ、幼い領主の息子なんぞ使いようによって、いくらでも金が手に入る。それに、当時の私の父に対する不満も少なからずあったろう」


「…………」


「だからこれは、なりふり構っていられない我が一族の一世一代の賭けでもあった。この時ばかりは良い人間関係を築いてこられなかった父も後悔していたよ」


「…………」


「君のお母さんの両親、君のお爺さんとお婆さんもかなり悩んだみたいだし、後から聞いたらお祖父さんは実際に行動に移しつつあったようだ」


「そ、それで……」


「その時、本気で止めてくれたのが、当時10代だった、君のお母さんだ」


「は、母が……」


「うむ。『幼い子供をお金儲けの道具にするなんて、何を考えているのか』と泣いていたよ。それであれば家族とはいえ縁を切ると」


「母さん……」


「妹さんは彼氏に夢中で一切無関心だったが。確か私が家にいる頃にも、ほとんど家にいなかったような……」


ミランダおばさんは当時からミランダおばさんだったようだ。


「そうして全ては終わった。父亡き後は母と親族で諸々取りまとめ、クーデターも落ち着いた頃、私は家へ戻った」


「そんなことが……」


「私は家へ帰る前に、何度もブリジットさんにお礼をさせてくれと言ったが、聞き入れてはもらえなかった」


そう言って苦笑いすると、長めの髭を触った。


「彼女は言っていたよ。『誰かに助けてもらった時は、自分も誰かを助けられる人になれば良い』と」


「え……」


「君は子供の頃、ブリジットさんに命を助けられたようだね。残念ながら彼女はそこで……」


「え、ええ」


「でも、彼女の慈愛に満ちた"誇り高き精神"は、君にも受け継がれていたようだ。現に自分の命を危険に晒してまで娘を助けてくれた」


「い、いや。俺は……」


「だから、ブリジットさんとの約束を今果たそう」


「………え?」


「……私も、誰かを助けられる人間になれただろうか」


「お、お父様……!」


「これから、色々あると思う。嫌味なことを言う者もいるだろう。だが、私ができる限り、守ろう」


「え、えっ……」


「恩人の息子が私の娘の恩人とはね。親子二代に渡って助けられるとは」


「うっ……うっ……」


オリヴィアは歓喜の涙を流した。


「……娘をよろしく頼む。新しい命も、心よりおめでとう!」


「レ、レスター卿……」


「堅苦しい呼び方はやめてくれ。『お義父さん』と呼んでくれて構わない。その代わり、今日はコレに付き合ってもらうよ」


そう言ってニカっと笑うと、お義父さんはワインボトルを掲げた。


「お義父さま!それって……」


「ああ。オリヴィアが生まれた年のワインだ」


「そんな大切なものを……」


俺は申し訳なく呟いた。


「いや、この日のために取っておいたんだ。きっと美味しいぞ」


そして早速グラスに注ぎ始めた。


「カイくんは、いける口かね?」


「ま、まぁそれなりに……」


「それは嬉しいね!私は男の子に恵まれなかったから、いつか息子と飲みたいと思っていたんだよ」


「お、俺でよければもちろん!」


嬉しくなってグラスを受け取った。


「お父さま!あまり飲みすぎないでくださいね。グラス2杯までにして下さい」


オリヴィアはやれやれといった表情で呟く。


「まあまあ。今日くらい良いではないか!オリヴィアも心配性でうるさ過ぎると、カイくんがストレスでお腹痛くなってしまうぞ」


「……それはどういう意味ですか?」


「え?」


「なぜ、心配してはいけないのです?」


「い、いや、別に。私は、ただカイくんを思って……。特に意味とかは……」





「なんやそれ」




そこからは般若のようなオリヴィアに逐一注意されながらの飲み会となったのだった。

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