悪意
「…まだ、……まだできます。…父さん。」
はあ、よく寝てんなあ。まったくこっちの気も知らないで。
「…んあっ?!…ここは?」
「医務室だよ。冒険者ギルドの、だけど。」
「お前はっ、、てことは僕は負けたってことか?」
「うん、負けも負け、大負けだね。あそこまでうまくいくとは思わなかったけど。」
「何をしたんだ?」
「強化魔法を使っていただけだよ。」
「そうか、…昨日、もう振れなくなるまで剣を振ってきたんだけどな。」
「たった1日じゃあね?僕は何年も剣を振ってきてるわけだし。」
「何年も、か。勝てないわけだな。」
「じゃ、もう大丈夫そうだから一人で帰りなよ。どっかの商会の息子なんでしょ?」
「…無理だよ。もう家に居場所はないからね。」
は?
「昨日の夜、父さんに呼び出されて、お前たちよそ者をどうにかして排除しろって言われたんだ。最初は孤児院を潰そうと圧力をかけようとしたらしいんだけど、後ろにBランク冒険者とか、引退したAランクの冒険者とかがついているとなると手出しができなかったみたいだ。」
「それは、本当のことなのか?」
「ああ、次にお前たちを攫ってほかの町の商会に売ろうとしたらしいが、お前たちがこの街で割と有名になっていてそれができなくなったらしい。」
「…へえ?」
「そして、最後の手段として今回の剣と魔法の実習で事故に見せかけて殺すように言われたんだ。」
「あんなお粗末な剣筋でか?」
「本当だよね。今になってそう思う。誰一人お前たちに怪我させることはできなかったみたいだし。怪我をさせて医務室に運んでそこで殺すつもりだったらしいがこの様子だと無理だったみたいだね。よそ者を排除しなきゃいけない理由もよく考えれば思い当たらないし。
でもこれで最後だと思わないほうがいいよ。明日まだ予定では剣の実習訓練だったはずだから。父さんはまだあきらめていないよ。」
「…話しすぎです。」
「っ!!」
突然後ろに気配を感じた。振り返ると同時に剣を振りぬく。
「…速いですね。」
躱されたか。そこには全身黒ずくめの暗殺者のような風貌をした男が立っていた。
まずいな。気配を全く感じなかっただけでなく、身体強化込みで全力で振った剣を普通に躱された。こいつかなり強いな。
「え?どうして兄さんが?」
後ろから驚いた声が聞こえた。
はあ?こいつが兄かよ。だとしたらここで殺すのはまずいか?商会長の息子ってわけだし。…いや、ここで殺すべきか?こいつの発言力を考えるとちょっとまずいかもしれない。後ろのやつが怪我したら僕のせいになるかもしれないからこいつも怪我させるわけにはいかない。
う~ん、詰んでるな。とりあえず、殺されるのは論外だからあいつの意識落とすのがベスト、次点であいつを殺す。逃げるのは最終手段かな。
「…じゃあ、さよならです、よそ者に妹よ。」
男は細い剣を抜き、切りかかってくる。その剣を受け流して、全力で武器の根本を狙って振る。だが、やはり当たらない。相手はすでに間合いの外にいた。すぐに間合いを詰めて切りかかるが、受け流されて首筋にカウンターを入れられそうになる。それを柄で受けて、また間合いを取る。
似たような打ち合いが10分程続いた。互いに無傷ではなく体のあらゆるところから血が流れていたが、大きな傷は負っていなかった。だがこの均衡は、レオが無意識に身を削って行っていた視覚強化によって何とか保たれていた。つまり、崩れ去るのは時間の問題だった。そしてその瞬間は突然訪れた。
何度剣を切り結んだかわからなくなってきた。こいつただの商人の息子じゃないな?これまで何度もやばい場面があったが、それも何とかしのいできた。でもそろそろ、体力的にもつらくなってきた。次で決めなきゃまずいな。多少の怪我は覚悟していくか。
一度男が間合いを取ろうとしたとき無理やり間合いを詰めた。男の顔が一瞬強張るが、すぐに剣で斬りかかってくる。とはいえ無茶な姿勢から振っていたため、大した威力はなかった。
ザシュッ!
左腕に攻撃を食らった。ものすごい痛みと同時に血が流れていくのを感じる。だが、これでようやく攻撃を入れれる!
バチッ!
いきなり右目の奥あたりで激痛が走った。なんだ?…、?!?!右目が見えない!?
予想もしない異常事態を目の当たりにし、体が固まってしまう。それを見逃す程相手は甘くなく、すぐにみぞおちあたりに蹴りを入れてくる。対して抵抗もできずに蹴り飛ばされてしまった。
「ゲホッ、ゲホッ!」
少年、改め少女が横になっているベッドにぶつかり体がようやく止まった。
「…お前は、強い、ですね。ここまで強い、とは、思いません、でした。」
男は肩で息をしながら話しかけてくる。
「…お前は、これから、とても強く、なれるでしょうに。…、ハァ、ハァ、ここで、殺されなければ。」
こちらに近づいてくる。
参ったなぁ、右目は全く見えないけど、左目もほとんど見えないや。それに身体強化を使いすぎたせいなのか、全身が痛い。…あぁ、これは、死んだかな。
「…では、さよなら、です。そして、……、残念、です。」
僕に向かって剣が振り下ろされた。
同時に僕の意識も落ちていった。