暴走する感情
今回は2話分の長さになっています。
ーーー心身統合ーーー
心と体の間には大きな壁がある。乗り越えることは人ではできないといわれているほどの大きな壁だ。
その壁のおかげで、感情が体に与える影響はとても小さくなっているし、表面にまで感情はでてこない。
といっても、これは当然のことらしい。
この壁がなかったら、あまりにも強すぎる感情の力に体が付いていけなくなってしまい、壊れてしまう。
身体強化と同じ感じかな。
他人の感情を直に感じたら、それはもう大変なことになる。
少しの怒りが刃となって肌を突き刺し、一方で喜びは陽の光のような優しさをもたらす。
そう、感情の力は良くも悪くも強すぎるんだ。
怒りや憎しみなどの強い感情の時は、魔力そのものよりも強くなってしまう。
村で受け継がれてきたこの奥義は、文字通り心と体を直接つなげるもの。
壁を乗り越えることなく、強すぎる感情の力を振るうことができる裏技。
平和な村で村人たちが穏やかな気性だったからこそ、感情が強くなりすぎずに体得できたんだろうな。
実際僕達は感情に振り回されて体得するのには、他者の手助けが不可欠だった。
―――これが、僕達の切り札だ。
「「心身統合。」」
そう呟いて奥義を発動した瞬間、目の前のクズどもに対する怒りやら殺意やらがあふれ出てきた。
視界が薄く赤く染まる。
感情が表面に出てきて、他人からもそれを認知できるようになる。
それと同時にすべてのステータスが跳ね上がっていく。
……およそ2倍といったところかな。
Eランクの冒険者たちは突然のことに震え始めてしまった。中には気絶してしまっているのもいた。
当然といえば当然だけどね。
あの時ブラッディ・ベアから感じた威圧感よりは弱いけど、これまで感じたことはないほど強いだろうからね。
でもね、こっちに武器を向けるのはダメでしょ。
「あ。構えたね?無防備な私たちに向かって武器を向けたね?」
「じゃあ、何されてもしょうがないよね?先に仕掛けてきたのはお前たちだもんね?」
……そろそろ、やばいな。抑えないと、感情に持っていかれる。
際限なくあふれてくる怒りに流されそうになる。
落ち着け、落ち着け……。
なんか言ってるけど、それに対して意識を割く余裕はあんまりない。
なんだ?こいつら子供達の心配してるのか?
「あと、Eランクの子供達くらいなら僕一人でも街まで傷一つなく送れるから。」
「そうじゃねぇよ!…………!…………!」
なんだ、そうじゃないんだ。なら、もういんじゃない?
シズクはもう抑えられてるのか。なんか普通にしゃべってるし。
「もう、いいよ。さっさと終わらせないと。アントン達もこっちに来ちゃう。」
「そうだね。
火属性魔法 ファイヤーポンド。」
シズクの後ろに大きな火の池が出来上がる。
それと同時に、剣を抜いて身体強化を全開で発動する。
……ん?この感じ、強化倍率も倍近くになってるのか。
つまり、今は普段の4倍のステータスになっているって感じか。
「う、うわぁぁぁぁっ!」
「おいっ!?バカヤロウっ!?」
錯乱したのか、一人の男がシズクに攻撃を仕掛けていく。
どう考えても悪手なんだけどね。なんで、近接武器を持って魔法使いに切りかかっていくんだろ。
間合いを詰められれば確かに剣のほうが強いけど、まず詰められないでしょ。
中長距離は魔法使いが圧倒的に強い領域なんだけどね。
「火属性魔法 ファイヤーバインド。」
池から糸が飛び出て、男に向かって殺到する。
お、あの糸やばいね。
なんか斬ろうとしてるけど、斬れるかな?
「なっ、なんでだよっ!?なんで糸が剣で斬れないんだよっ!?」
まあ、そうなるよね。
あの糸鑑定してみたら耐久値が300超えてるし。
魔力糸って言うのか。
あっという間に男は簀巻きにされた。
もう一人の剣士がその間にシズクの後ろに回り込んでいくのが見えた。
まあ、動くとしたらこのタイミングしかないよね。
「後ろだよ!このクソガキが!」
でも、
「いや、遅いから。」
ガキンっ!
武器強化もうまく発動できたな。これまで入れたことがないほどに魔力を入れたせいか、白く輝いてるな。
そういえば、音が変だったななんか結構硬かったのかな?どうでもいいけど。
「なんだと!?この剣にはミスリルも少し入ってるんだぞ!?
なんで、ただの鉄の剣に切られるんだよ!?」
は?ミスリルが入ってたのか?確かあれはダンジョンからしか取れないやつだったはずだ。
なんでそんなものをこいつみたいな雑魚が持ってるんだ?
なんか普通にうざい。
「修行不足の自分が悪い。
死ぬまで反省してろ。」
もう剣を振れないようにしてやる。
四肢を剣で浅く切りつける、つもりだったんだけど勢い余って結構深く斬ってしまった。
普段だったらやばいとか思いそうだけど、……あれ?今笑ってる?
やばい。体が思ったように動かなくなってきた。
「「ファイヤーランス!」」
マジか!?今撃ってくるか!
「水属性魔法 ウォーターランス。」
片方はシズクが撃ち落とした。
じゃあ、もう片方は僕が落とさないと。
ヒュッ。
よし、まだ腕は動く。でも、表情は変わらず笑ってる。
次の瞬間には二人の魔法使いも炎の魔力糸につかまっていた。
「ふう、終わったね。こいつらどうしよっか。殺しちゃう?」
「………。」
「レオ?どうしたの?」
「……やばい。感情が、止まらない。」
「え?」
「……心身統合が解けない。」
「……え?それやばくない?」
「うん。どうしよう。
まだ、体は自由に動く、けど。顔はもう、自由に動かない。
多分このままだと、体も。」
「ちょっ!?うそでしょ!?」
「こういう時どうするんだっけ?」
「確か、感情を消化しきるかかなり強い回復魔法とかだったと思うよ。」
つまりこいつらを殺せば、収まるって感じか。でも、
「だから、こいつらを殺せばいいんじゃない?」
「いや、多分今殺したらもっとまずいことになりそう。
なんか、帰ってこれなさそう。」
そう自然と感じられた。根拠は全くないが。
「それって理由はなんかある?」
「……いや、なんか直観ってやつ?」
「はあ、まあいいか。私もなんか解けなくなっちゃったから、どうしようもないんだけどね。」
「マジか……。まあ、アントン達もあと少しで来るから、聞いてみよっか。」
現実から目を背けるように空を見上げる。
はぁー、うんざりするほどの青空だな。
そういえば、確か、Eランクのやつらもいたっけ?
「シズク、一応アレ一つの所に固めて置いておこうよ。
まだEランクのは見ちゃいけなさそう。」
「え?まあそうだね。じゃあ、あの川の側に置いておくよ。」
「うん。よろしく。」
それからの時間はとても長く感じられた。
少しずつ体から自由がなくなっていくのを感じながら、すこしでもそれから気をそらせようと4人に向けて意味のない殺意を向けたり剣を振ったりしていた。
シズクは水や風の魔力糸を使って、4人の男を操り人形みたいにしてた。
……なんか、怖いな。
「おい。これはどういうことだ?」
そうしていたら、アントン達が川の向かい側から、大量のグレイ・ラビットを手で持ちながらジャンプでこちら側に飛んできていた。
「いやーね。こいつらが絡んできた挙句、パーティ―メンバーのことをバカにしてきたから、カッとなってやっちゃった。」
「はあ、それで心身統合まで使ったと。」
「そうなんだよ。切り札もちゃんと使いこなせないといけないからね。」
「これを使う必要がないほど強くなろうとしていたんだがな。
で?今はそれが解けなくなったとみていいか?」
「その通り。僕もシズクも解けなくなっちゃった。」
「ヒカリ、これ直せる?」
「…治せますよ。仕方ないですね。ちょっと待っていてくださいね。
ーーー心身統合。」
その瞬間ヒカリから、母親が幼子に向けるような深い愛情の念が発せられた。
ヒカリはそこにいるだけなのに、彼女の周囲に花が咲き始める。
「おお、すごいな。」
アントンの関心したような声が聞こえた気がする。
というのも、僕とシズクの目はもうヒカリにくぎ付けになっていたのだ。
「じゃあ、いきますよ。
光属性魔法 エリアヒール。」
その呟きとともにヒカリから回復魔法が放たれた。
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