2層 ボス戦 その5
「剣聖技 夢幻一閃・二束!」
そう叫びながら、右手のエクスカリバーと左手に持った鞘を振り下ろした。
そう鞘だ。
剣どころか刃すらないけど、斬れる気がした。
ちらっと脳裏に浮かんだのは、マサムネとの試合。
あの時、マサムネは僕が放った斬撃を普通に木剣で斬り落としてたし、何なら僕も木剣で斬撃を放ててたんだよね。
ザシュッ!!
僕が放った斬撃が、クイーンウルフの前足を両方とも切り裂いた。
いや、片方だけ傷が浅いな。
やっぱり鞘じゃ少し荷が重かったか。
でも、十分動きは止めた。
あとはシズクが魔法でやってくれる。
「行くわよ!
神聖付与 蒼炎魔法 ファイアメテオ・ネオ!」
シズクがそう叫びながら、杖を振り下ろした。
すると、シズクの頭上に浮かんでいた青い炎の塊が光の結晶の尾を引きながら、クイーンウルフに向かって飛んで行った。
それは流星群のように途中でいくつかに枝分かれしながら、かつその速度を上げながら迫る。
その飛んでくる魔法を前に、クイーンウルフは目に怯えの感情を浮かべながらも、
「グルルルアッ!!」
と猛々しく吼えた。
次の瞬間、シズクの魔法が着弾した。
ぶつかった所からたちどころに火の手が上がり、クイーンウルフの立派な毛並を燃やしていく。
クイーンウルフが体を床にこすりつけて、何とか火を消そうとしているがなかなか消えない。
そうこうしている間にもHPが減っていっているのだろう、次第に動きが悪くなってきた。
その様子を少し離れたところで見ながら、アントンに話しかける。
「何とか倒しきったかな?」
「ああ、多分な。だがまだ消えてないから警戒を解くなよ。」
「そうだね。」
警戒は解けないけど、でも確実に動きが小さくなってきている。
そして動きが完全に止まった。
次の瞬間、
「グルルルアッ!!」
という叫び声と共に、先ほどとは比べ物にならないほど体が重くなった。
やばい!
思わず膝をついてしまった。
重いものを持つときもそうだけど、一回体勢崩しちゃうともとに戻れなくなっちゃうんだよ。
今は体全体が重くなっているから余計にやばい。
この魔法が続く限り、僕はもう足で立つことはできないと思っていいだろう。
なんでだ?
なんでもう倒しきったはずなのに、こんなに魔法が続くんだ?
クイーンウルフの方に顔を向けると、
――クイーンウルフの死体の上に魔法陣が浮かび上がっていた。
あの時天井にできていたものよりもかなり複雑な魔法陣が。
……いや、あれは天井にできてたものがいくつも重なっているのか?
見覚えのある形がいくつもある。
アントン達はもう動けないだろう。
さっきのよりもはるかに強いってだけじゃなく、戦闘の疲労も積み重なっているからね。
だから、また僕がやるしかない。
幸いなことにあの魔法陣は僕の剣が動けば斬ることができる。
でも、頼みのエクスカリバーは重すぎて振る以前に地面から持ち上げることもできない。
だったら、威力は下がるけど鞘でやるしかない。
「はあああああ!剣聖技 夢閃十文字!」
思いっきり振り上げた鞘を振り下ろした。
そして、――当たった。
魔法陣に当たり、その上に斬撃でできた綺麗な十字が浮かび上がった。
でも、一部が欠けただけで、体にかかる重さは少しも減らなかった。
だったら、もう一度!
「剣聖技 夢閃十文字!……はあっ、……はあっ。」
もう一度放ってもダメだった。
まだまだ、ならもっとだ!
「剣聖技 夢閃十文字!……夢閃十文字!……夢閃十文字っ!」
何度も斬撃を放つ。
少しづつ、でも確実に魔法陣が崩れていく。
「夢閃十文字!…………夢閃十文字!………むせんっ、ゴホッゴホッ!」
あと少しで、壊せそうなのに!
そのあと少しが足りない。
さっきせき込んだ時に、血も混じっていた。
もう体も限界なんだろう。
視界も少し暗くなってきた。
「これでどうだっ!剣聖技 夢撃一文字っ!」
そんな時、後ろからそんな野太い声が聞こえてきた。
アントンだ。
アントンが重い装備をつけながら、魔法陣を壊そうとしてるんだ。
「おらっ!夢撃一文字っ!」
だったら、僕も頑張らないと。
「剣聖技 夢閃十文字!」
体中が訴えてくる痛みを歯を食いしばって無視しながら、鞘を振る。
そうして、どれくらい放っただろうか。
もう思い出せなくなってきた時、
パリーン!
という音と共に魔法陣とクイーンウルフが消え、体にかかっていた異常な重さも消えた。
それと同時にあふれてくる達成感やら、安心感やらをかみしめながら後ろを振り返ると、
―――そこには倒れたまま起き上がらない3人がいた。
「え……?」
どうしたんだよ。
やっと、クイーンウルフを倒したっていうのに。
「……おう、……壊しきった、か?」
「アントン!」
アントンの声が聞こえてきた。
疲労と絶望感とで、すぐにでも倒れこんしまいそうな体に鞭を打ちながら必死にアントンの方に向かって行く。
「ああ、よく、頑張ったな。……俺たちは、ここまで、みたいだ。
すまんな、約束を、破っちまって。」
「いいんだよ、そんなこと。
何があったんだよ!?」
「……ああ、そうか。まだ、気づいて、いないんだな?
HP見てみろ。」
「え?」
言われてすぐに自分を鑑定してみると、HPの欄が1になっていた。
「ど、どういうことだよ!?
なんでHPがこんなに減ってるんだ!?」
「……さっきまでの、異常な、重力はな、攻撃魔法だっ、たんだよ。
シズクも、ヒカリも、途中から、まったく、動かなくなっ、ちまった。
せめて、お前だけでも、って最後に俺に、支援と回復をかけて、な。」
「そ、そんな……。」
まったく気づけなかった。
確かに途中まったく声が聞こえていなかったって言うことで判断しなきゃいけなかった。
「ああ、俺もそろそろ、だな。
せめて、装備だけでも、持っていって、くれ。
頼んだ、ぞ。」
「おいっ!嘘だろっ!
起きてくれよっ!なあ、おい!」
いくら声をかけても、アントンの目が再び開くことはなかった。
まだ、ヒカリやシズクは生きてるんじゃないか?
そう、ただ意識を失ってるだけなんだよ。
一縷の望みをかけて二人の方に向かう。
二人は、仲良く手をつなぎながら向かい合って眠っていた。
本当に、ただ昼寝しているだけですぐに起き上がってくれるんじゃないかと思えるほど、安らかに眠っていた。
そして、二人がもう息をしていないことは明らかだった。
顔色は真っ白で、瞼は閉じたままだ。
「……起きてくれ。頼むから。
また魔法を教えてくれよ。
また支援魔法をかけてくれよ。
また、笑ってくれよ。話しかけてくれよ。」
軽く肩をゆすってみても、その瞼は固く閉じていて、開く気配がない。
もう一体、なんだったんだよ。
これまで、一生懸命やってきたっていうのに。
家族は魔物たちに殺されて、その敵討ちのために生きてきて。
ようやく仇を討てたと思ったら、それは結局自己満足でしかなくて。
今度は自分達以外の誰かのために生きようってなったのに、それすらも満足にできなかった。
「何が勇気を与える、だよ。
そんなことよりも、ただ僕は皆と一緒に生きていたかっただけなのに。」
……僕もここで死ねたらよかったのに。
なんで僕だけ生き残ったんだろうね。
剣も魔法も一番中途半端な僕が。
ああ、ここで死ねたらどれだけいいだろう。
これからの心配をする必要もないし、3人と死んでも一緒にいられる。
でも、それでも
「……でも、3人とした約束だけは絶対に守るって決めたんだよね。」
「うん。わかってる。もうそんな約束を守る必要はないってことくらい。
でもさ次会う時に、約束、守ったよって笑って報告したいんだよ。
今度こそ、皆のために戦ったよって、勇気を与えられたよって。
生かしてもらったんだ、それくらい格好つけなきゃね。」
「明日からは一人でできるよう、頑張るから。
これまでやってこなかった地図の把握だって、やって見せるから。
泣き言も言わないで、ただ誰かに勇気を与えられるように、どんな時も笑って見せるから。
……せめて、今日だけは泣かせてくれ。」
閑散としたボス部屋に、一人の少年の慚愧の叫び声が響き渡った。