師との別れと後悔
「やばい!あの魔物はまずいっ!」
「どういうことですか!?まだ見つかっていないのだから、遠回りして早く隣の村に向かいますよ!」
「そうよ、アントン!隣の村に早く村を壊滅させるような魔物が近くにいることを知らせる、って言ってたじゃない!」
「ちょっ!声がでかいって!」
「違うんだ!あの魔物はもう気づいている。俺たちがここにいることに気づいている。だから遠回りしても、ダメなんだ。」
「「「えっ!?」」」
「あれは、ブラッディ・ベアっていう魔物だ。前に村に来た冒険者に聞いた話だと、あれを1パーティーで倒せるパーティーがだいたいCランクで、ソロで倒せる冒険者がBランクの中でも上位と言われているらしい。これだけで、どれだけあれがやばいかわかるだろう?」
「み、見間違いってことは…?」
「もし、ブラッディ・ベアでなかったとしても、ブラッディ種だろう。あの赤みがかった毛はブラッディ種であることの証拠だからな。そして、ブラッディ種は総じて感知能力が高い。ブラッディ種の中でも魔物によって、他にもいろいろ特徴があるらしいがな、ブラッディ・ベアは魔物を統率することもできるらしい。」
「…つまり、あれが元凶で、かつ私たちは詰んだってことですか?」
「…、そう、だろうな。」
「…、あれ?あの魔物がいなくなってる…?」
後ろから気配を感じた。
「後ろからくるよっ!}
ブラッディ・ベアが後ろから攻撃してくるのが見えた。同時に上から人が降ってくるのも見えた。
「ガウァッ!!!」
「…おい、ガキども。怪我はないか?」
目が覚めると、先ほどまでいた医務室の天井が見えた。片目は包帯で覆っているのか、視界は半分しかなかった。でも、不思議と体の傷は左腕の大きな傷も含め無くなっていた。
「…レオ、目が覚めたか?」
「ジークさん。すいません、目を使いすぎてしまいました。」
「…、本当に忠告を聞かずに無茶ばかりしやがって。お前の右目はもう治らない。左目は何とかマロンが治したが右目はもうだめだとよ。」
「…そう、ですか…。」
「…冒険者になってもお前の右目はかなりのハンデとなるだろう。特に最初のうちはな。お前はきっとすぐに片目とか関係なく戦えるようになるだろうが、周りから見るとあまりお前は信用できなくなってしまう。」
「……………」
「…だがな、これだけは言っておこう。
――よく、生き残ったな。よく、ここまで強くなったな。お前は俺にとって最高の弟子だ。」
「ッ!!!」
ジークさんにはこれまで稽古の間に何度もほめてもらったことがあったけど、それとはいくらか違う感じがした。まるで、今生の別れを告げるようだった。
「俺たちはこれから、アカサ商会を潰す。俺たちの育った孤児院を潰そうとしただけでなく、そこの子供たちを殺そうとしたんだ。当然のことだし、しなきゃいけないことだ。……だがな、そのあと俺たちはこの街から去らなければならなくなる。アカサ商会はこの街で最大の商会だからな、街の人が俺たちを見る目はかなり悪くなるだろうからな、少なくとも事実が広まるまでだいたい半年くらいは帰ってこれないだろう。」
そうか、僕のせいでジークさんがここを離れなければならなくなったのか…。
あの時、あの男を一人で倒せるくらい強ければ。
あの時、少女の剣を切り飛ばすだけでやめておけば。
あの時、さっさとアントンと組んでいれば。
ジークさんがこんなことにはならなかったはずだ。
「…そんな顔するな。別にもうこれから二度と会えないってわけじゃない。それに、俺たちがいなくてもお前には幼馴染がいるだろう?ほかにも、あのばあさんとか商業地区のおっさんとか頼れる大人は院長以外にもいる。すぐに、冒険者仲間もできるだろう。半年や一年なんてそんなことしていれば、すぐにたつさ。」
「……、はい。」
「お前が出てくるころにはもうすべて終わっているはずだ。ただ、これからはお前が自分でやらなければいけなくなる。強くなるのも、今回みたいな外敵からパーティーメンバーを守るのも。特に強くなってランクが上がっていくにつれて、もっと厄介なものが相手になるだろう。それこそ魔物よりも厄介だ。
だからな、これからは考えるのをやめるな。常にその時の最善手を取れるようになれ。」
「はい!」
「じゃあな。基礎部分は全部教え終わってるからな。次会う時にもっと強くなっていろよ。」
翌日の朝早く、孤児院に帰ると食堂でアントン達に謝られた。子供たちがまだ起きていなかったため、食堂はとても静かだった。
「すまない。ここまであいつらがするとは思っていなかった。俺もあの時の実習訓練で相手の剣の刃が潰れていなかっただけで、怪我させることが目的だと思ってた。完全に俺の考えが甘かった。」
「実は、私たちも一回さらわれかけたことがあったんです。」
「その時はレナさんに助けてもらったんだけど…。このこともちゃんとみんなに伝えるべきだったと反省してるわ。」
「「ごめんなさい。」」
そうか、みんなもあの商会のやつらからなんかされていたのか。僕はそれに気づけなかった。……ダメダメだな。二人が死にそうな顔してる時があったのに、ただ稽古で疲れただけだと勝手に勘違いしてしまった。いくら二人が魔法を結構使えるようになっているとしても、自分と同じ人間に襲われるとなったら、その時の恐怖は計り知れないものなのに。
「……ごめん!僕も自分のことしか考えていなかった。いつもジークさん達が近くにいてくれるとは限らないのに、油断してた。僕達に対して悪意を持っているやつらがいることに気づいていたのに、ごめん!」
とても広い孤児院の食堂に僕達の謝罪の声が響いた。