VSアシュタロト その4
黒い光線が僕の前に現れた人影にぶつかった瞬間大きく爆発した。
それと同時に僕の顔にビチャッ、と何か生暖かい液体のようなものがついた。
それを手で拭うと、手についていたのは血だった。
「……え?」
「……怪我はないか、レオ?」
僕の前にはアントンが立っていた。
しかし、
「な、なんで。その怪我……。」
盾を持っていた右腕が根本からなくなってしまっていた。
「これくらいしか俺にはあれ相手にはできないからな。
なに、死にはしない。安心し、ろ……。」
「ッ!?」
後ろに倒れこんできたアントンを急いで支える。
意識を失ってるみたいだ。
……そりゃそうだ。腕を根本から失ったんだ。
血が流れていくにつれてHPもなくなっていってる。
なんとか、血だけでも止めなきゃ。
「ほう、あれを神力も覚醒してないただの人間が防ぎ切ったのか。
……やはり、この世界は何かがおかしい。
しかもよく見れば、神域を作り出しているあの人間もまだ覚醒しきってないではないか。
何故この世界の人間は神に干渉できる?
この星に送った我が配下も一人たりとも帰ってこなかったが、これが原因か。」
アイテム袋に入っていた魔物の素材と紐でアントンの右腕の所を包んで、縛った。
……どうにか固定できた。HPの減少も止まった。
でも僕にできるのはここまでで、これじゃ応急処置に過ぎない。
ヒカリならここから治せるかもしれない。
でもヒカリももう魔力切れみたいだ。シズクの後ろの方で倒れている。
ポーションは全部アシュタロトの攻撃で飛ばされたときに全部割れちゃってるし。
ってシズクも杖を持っている右手は治ってるけど、左手は不自然な方向に曲がったままだ。
ダンジョンから出ることさえできれば、何とかなりそう。
つまり、僕がアシュタロトを倒すってこと。それもできるだけ早く。
できるか?
いやできなくてもやらなきゃ。じゃなきゃ約束も守れない。
ふう、と大きく息を吐いてアシュタロトをにらみつける。
「なんだ?まだやるのか?
もう勝てないってわかったと思ったんだがな。」
「シズク、僕の体に神聖付与できる?」
「え?……あー、なるほどね。わかったわ。
神聖付与。」
次の瞬間、僕の体に変化が現れた。
髪から色が抜けて白銀に変わり、長さも腰当たりまで伸びた。
背中の肩甲骨の下あたりに魔力ではない何かが集まってきて、限界まで集まってきたと思った次の瞬間2対4枚の翼が生えてきた。
「へえ、そんな風になるんだ。すごいじゃん。
でも、多分もうそんなに持たないと思うからさっさと倒してね。
私はここから魔力が許す限り魔法で攻撃するから。」
「うん。行ってくるね。」
再び縮地を使って、アシュタロトと距離を詰めていく。
さっきとの違いは翼で多少の方向調整ができることと、僕の周りに神聖付与された魔法が飛んでいることだ。
アシュタロトの神域にはいってから魔法攻撃もより苛烈になり、僕の周りに飛んでいた魔法がどんどん打ち消されていく。
それでも確実にアシュタロトとの距離も埋まってきている。
そして、足元に集まってきていた闇を星剣マサムネで払ってから最後の一歩を大きく踏み込んだ。
「暗黒魔法 暗黒神の愛犬。」
突然僕とアシュタロトの間に3つ首の巨大な犬が現れた。
そしてその3つの大きな口が開かれて、僕に黒炎のブレスを吐いてきた。
咄嗟に剣を振った。
「剣聖技 夢閃十文字・束!」
その斬撃は先ほどまでとは何かが違った。
斬撃の放つ光から白い粒子が漏れている。
そしてそれとブレスがぶつかった。
瞬間、世界白光に包まれた。
でもなぜかすぐに目がその光に慣れて、巨大な犬が光に包まれて消えていくのをぼんやりとだけど視認できた。
アシュタロトも少し鬱陶しそうに目を細めている。
――今しかない!
「剣聖技 夢幻一閃・束!」
まだ少し離れたところに立っていたアシュタロトめがけて斬撃を飛ばした。
こっちは多分躱されるだろう。
なにせ、ここはアシュタロトの神域内だし。
だからそれを見越してもう一歩縮地で動けるように準備しておく。
予想通り、アシュタロトがそれを後ろに下がってよけきった。
少しだけ斬られた髪の毛が空中に舞った。
もう一度縮地を使って距離を詰めるっ!
そこまで離れていなかったからか、縮地を使った直後アシュタロトが目の前にいた。
「はあっ!」
気合を込めた声とともに袈裟と逆袈裟に一息に切り裂いた。
確かな手ごたえがあった。
倒しきったという確信と共にアシュタロトの方を見ると、
――笑っていた。
ぞくっ、と背筋に寒気が走り、こいつを殺すには首を斬るしかない、と即座に判断して振り下ろしたままの剣を今度は首筋めがけて振った。
グサッ!
不自然な体勢で固まった僕を眺めながらアシュタロトが口を開く。
「いいぞ、お前達はいいぞ。
さっき失望した自分自身の目る目の無さに失望したくなるほどだ。
ここまでの傷を私に与えるのは同格の神であったとしてもかなり強いのじゃないとできないぞ。
ああ、ここで殺さなきゃいけないのが心底残念だ。」
僕の体に後ろから細い針のようなものが何本も刺さっていた。
多分これが僕の動きを止めている。
腕や口はおろか、心臓すら動いていない。
「ああ、動けないのがわからないだろう?
これが私の固有魔法である時間魔法だ。
例えばほら、こんな感じに使えば――。」
みるみるうちにアシュタロトの体が傷が治っていく。
いや、これは巻き戻っている感じだ。
「な?回復にも使える。
そして、お前の時間を少しだけ進めてやれば――。」
いきなり体から力が抜けていく感覚がした。
髪も元の色と長さに戻っている。翼も消えている。
「こんな風に、時間制限付きの強化であればすぐに解くことができる。
これは使う必要がなかったが、せめてもの餞だ。
全力で私を殺そうとしてくれたやつには全力で相手をしなければ礼に欠けるしな。
……さて、じゃあさよならだな、人間。思ったよりも楽しめたぞ。
いや、お前達は人間ではないか。
まあ、どっちでもいいな。」
パチンッ、とアシュタロトが指を鳴らすと目の前に闇を固めたかのような剣が浮かび上がった。
「では、さらばだ。」
抵抗することも目を閉じることさえもできずに、ただ僕は首に迫ってくる剣を眺めていることしかできなかった。
ガキンッ!
「よくやった、レオ。あとは私たちの任せろ。」