VSアシュタロト その3
アシュタロトがそう呟いた瞬間、ボス部屋が半分に割れた。
僕が立っている方には変わらず夕暮れ時の赤い空が広がっているが、それもちょうど僕とアシュタロトの中間地点まで。
それより先にはどこまで続く闇を内包したかのような夜空とそこに不気味な赤い月が浮かんでいた。
……寒気が止まらないね。
「ふむ、これで状況は対等だな。
あと武器も対等にしておこうか。」
そういって空中から何かを取り出した。収納魔法か?
「これは星杖 エレシュキガル。
お前の持つ剣と同じ星宝の杖だ。
……ふふ、始めようか。」
勝手なことを一人で言っていたと思ったら、準備が整ったらしい。
笑いながら無詠唱で大量の魔法攻撃を撃ってくる。
天井からは黒い槍の雨が降り、地面からは黒い氷が地面を凍らせながらこちらに迫ってきている。
しかも飛んでくる魔法の大半がアシュタロトから少し離れたところから発動されている。
どうなってるんだ?
魔法ってあんな離れたところから発動させることってできるのか?
そもそもあの星杖とやらからは魔法が何も飛んでこない。
じゃあ、魔法の発動地点を増やせるのがあの杖の能力か。
でも、なんにしろ僕にできることは大して変わっていない。
飛んでくる魔法をすべて斬り落とすことだけ。
「剣聖技 夢閃十文字・乱。」
魔法の前に光でできた十字の斬撃が浮かび上がった。
そしてそれに当たったと同時に魔法そのものが消滅した。
いや、消えた魔法は僕の神域内だけか。
魔法の発動地点が全部アシュタロトの神域内にあるから、あっちに入らないと魔法攻撃を止めることはできなさそう。
でも嫌な予感がするんだよ。
だって神域が神域内の全部の動きを見切れるだけのはずがないし。
「さあ、お前も攻撃をしてみろ。
私と殺し合おうじゃないか。」
アシュタロトが酷薄な笑みをその美しい顔に浮かべながらこれまた美しい声で語りかけてくる。
なんだこいつ。笑いながらなんてことを言うんだ。
「じゃあ、行くよ。
剣聖技 夢幻一閃・束。」
さっきとおなじように斬撃を打ち込んでみる。
これで当たったら、アシュタロトの神域の方に入ってでも攻撃をしてみようか。
「ふふ、そんなのはもう当たらんよ。
ほら他にはないのか?」
当たらないか。
そんなことを話している間にも攻撃が絶えず飛んできている。
そっちもアントン達に当たったらまずいから放置できない。
どうやらヒカリが回復魔法で治してるみたいだけど、まだ時間がかかりそう。
どうやっても手が足りないな。
「神聖付与 嵐属性魔法 ハリケーン!」
少し白く発光している嵐が飛んできている魔法の目の前に立ち上がった。
そして魔法をすべて防ぎ切った。
しかも神聖付与だって。そんなことができるのは一人しかいないよね。
スタスタと後ろから足音が聞こえてきて、僕の後ろで立ち止まった。
「魔法は私に任せて、レオは攻撃に専念しなさい。」
「うん、ありがとう。」
そこに立っていたのはシズクだ。
これで魔法はシズクに任せればいいから、僕は攻撃に集中できる。
でも、ここから攻撃しても多分もう当たらないんだよね。
だから多少の怪我は覚悟してアシュタロトの神域に入るしかないか。
……よしっ!
縮地で一気にアシュタロトとの距離を詰める。
途中で空気が変わり、冷ややかな空気が僕の肌を舐めた。
その瞬間、僕の全方位から魔法が飛んでくる。
上からは大きな黒い氷塊が、横からは黒い槍が、前からは闇が固まってできた巨大なこぶしが。
とはいっても、縮地の最中は止まれないからよけることもできないんだよね。
つまり
「剣聖技 夢幻一閃・囲!」
全部斬るってことだね。
僕を中心に囲うように斬撃を放ち続けた。
すべての魔法を切り裂きながら僕は一直線にアシュタロトの方に向かって行く。
あと、一歩踏み込んで縮地できれば届く……。
そう思って足をもう一度踏み込もうとしたとき、いきなり足を何かにつかまれた。
足元を見ると、さっきまでなかったはずの闇が蔓を形作っていて、僕の足をからめとって地面に縫い付けていた。
腰当たりまで来てるから下半身が完全に動かない。
「ふふふ、甘いぞ。
それでは私に攻撃が届かないぞ。
ほら、もう一度最初からだ。」
パチっ、と指をアシュタロトが鳴らすと目の前に闇がどこからともなく現れて大きなこぶしを形作った。
それが勢いよく僕の方に飛んできた。
「ヤバッ!」
ドンッ!ブチブチッ!
何とか剣で受けることができた。
その結果、僕の神域に戻ってくることができた。
でも後ろに飛んで衝撃を殺すことができなかったから、まともにダメージ食らった。
それに下半身についた蔓が取れなかったせいで、空中での身動きも制限されて受け身も満足に取れなかった。
「ゴホッ、ゴホッ。あー、痛い。」
星剣マサムネで蔓だけを切り裂きながら起き上がる。
「起きたな。次は私の番だ。
暗黒魔法 暗黒神の嗜虐心。」
アシュタロトがそう呟いて魔法を発動させた。
次の瞬間、ボス部屋中の地面に刺さっていた羽から突然黒い光線が無秩序に放たれた。
いや、全部僕のことを狙ってるな。
遠回りしてるのも、最短距離で迫ってきてるのもあるけどその標的は多分全部僕だ。
「剣聖技 夢閃十文字・囲!」
僕は自分を囲うように光でできた十字の斬撃を放った。
これであとは様子見か。
ドスッ!
突然左腕に痛みを感じた。
すると、そこには小さな穴が空いていた。そしてそこから血が遅れて噴き出す。
……もしかして、この防げないのか!?
そう認識した時には既に遅く、数十の光線が僕の体を貫いた。
「なんだ、これで終わりか……。」
残念そうに、失望したようにつぶやくアシュタロトの声とともに残りの光線が集まった。
そしてかなり太くなった黒い光線が蛇行しながら僕の方に迫ってきた。
あー、これは軌道も読めないし防げない!どうすれば、どうすればいいんだ!?
そしてその問に答えが出るよりも前に、目の前に黒い光線が現れた。
……無理かな、さすがに。
そう思ってしまったその時。僕の目の前に大きな影が現れた。