VSラットクイーン その6
僕達の周囲の雰囲気が変わったと感じたのか、ラットクイーンも動きを止めて僕達の方を見ている。
互いにどんな小さい動きも見逃さぬと注視しているせいか、ある種の均衡が保たれていた。
しかし、その均衡もラットクイーンによって破られた。
「キシャアァァァッ!!」
再び大きく吼えた。
すると、ラットクイーンの目の前に倒したはずのラットキングと10匹が再び現れた。
さて、どうするか。
「私たちであの10匹は倒す。ね、今ならいけそうでしょ、ヒカリ。」
「そうですね。あの程度であれば大丈夫でしょう。二人は大きいほうをさっさと倒してくださいね。」
「任せろ。」
「うん。」
なんか、あっという間に役割分担が決まったな。
口を出す暇もなかった。まあ、いいか。
これもパーティーとして対等な感じなんだろうし。
「これまでお同じだ。止めは任せた。」
「任された。……来るよ。」
アントンが僕の前に立って盾を構える。
僕はアントンが崩したところに攻撃を叩き込むだけでいい。
「キシャアァァァッ!!」
大きい叫び声上げてラットキングが体に炎をまとう。
……こいつの攻撃はこれだけなのか?
でもさっきよりもスピードが速いな。
「おらっ!」
まあ、それでもあんまり関係ないんだけどね。
アントンがその攻撃を右手の盾で受け流しながら前足を左手の剣で切り裂いた。
そしてその勢いのまま前かがみに倒れたラットキングに僕が攻撃する。
っていってもまだ炎がついてるから直接は斬れない。
だから、
「剣聖技 夢幻一閃・束!」
離れたところから斬っちゃえばいいよね。
さっきは攻撃範囲を拡張させたけど、今度は一点に収束させた。
その結果、30回分以上の斬撃がラットキングの首筋の一点に集中した。
夢閃十文字でもよかったんだけど、こっちはまだ使い方がよくわからないんだよね。
違いがよく分からないというか。
まあ、それはあとで試してみようかな。
目の前で首がなくなったラットキングが消滅した。
ちらっとヒカリとシズクのほうを見ると、二人もちょうど全部倒しきったところだった。
なんか炎が水みたいな感じで揺らめいていたけど、どういうことだろ?
いや、火が風で煽られてるとかって感じじゃないんだよ。本当にもっと不安定なんだよ。
まあ、これもあとででいいね。
「キシャアァァァ、キシャアァァァッ!!」
再召喚したのがあっという間に倒されたのに怒りを感じたのか、吼えるだけじゃなくその場で暴れ始めた。
暴れ始めた、っていってもラットクイーンの体はラットキングとかと違って結構大きいからな。
破壊力がすごい。近づけないんだけど。
まあだからシズクが魔法の準備をしてるんだけどね。
すると何があったのかは知らないけど、ピタッと動きを止めた。
そしてその巨体がいきなり光に包まれた。
それだけでなく、その体がどんどん収縮していき、
最後には少女のような姿になった。
その少女の姿はこの世のものとは思えないほどだった。
その容姿はヒカリとシズクでさえ息をのむほどだった。
銀色に映える髪も瞳も。
その小さい背中から生えている2対4枚の翼も。
整ったその顔立ちも。
白と青を基調とした服も。
全てがこのボス部屋には場違いすぎた。
「あれ?私は?ここはどこ?
あなたたちはなんで外に出てるの?危険だよ?岩戸から出てきちゃったの?」
その瞳に明確な動揺とそれと同じくらい僕達に対する強い慈愛の念を浮かべていた。
え?もしかしてこの子がクイーンラットの中に入ってたの?
想定外のことに思考停止に陥る僕達の前で、同じく混乱している少女。
そんな少女の体に後ろから突然黒い短剣が突き刺さった。
少女の体がゆっくり前に倒れていく。
そしてその短剣が少しづつ溶けて少女の体に入っていく。
「ああああああああ!」
黒い短剣がすべて溶け切って少女の体に入りきったその時、少女が悲鳴とも絶叫ともとれる大声を上げた。
変化は僕達の目にも目て取れた。
少女に銀色の瞳が片方赤く変わり。
美しい白翼は片方が黒く変わり。
服も半分が赤と黒を基調としたものに変わり。
短剣の刺さったところから黒い紋様のようなものが顔を含めた右半身に伸びていった。
「ふむ、うまくいくかどうかは賭けだったがまあ上出来だな。
この体の掌握もできたか。
感謝するぞ、下等生物。
これで我らが神の望みに一歩近づいた。」
声音はさっきと同じだったものの、口調は全く異なっていた。
瞳からは感情が消え、表情は凍り付いた。
それなのに、少しでも動いたら殺されるとそう思わされるほどの何かを感じた。
次元の違い、とでもいうのだろうか。
それを言葉でも威圧でもなく、その異質な存在感からそれを感じさせられた。
それなのに
「……お前はだれだ?」
と僕はそれに聞いてしまった。
聞きたいとかではなく、聞かなければならないと感じた。
理由は分からないけど、でもそれが間違いではないと直感でわかった。
「答える必要はないな。
といってもいいが、お前たちのおかげで私はこちらに出てこれたのだ。
いいだろう、名乗ってやる。
私は、終末を告げる暗黒天使が三翼 アシュタロト。
この世界を制圧するために送られた堕天使だ。」