第7話:相談の成果とカメ
きっかり3分後、僕は詩遠の部屋に招き入れられた。
その前にうっかり黄泉の国へ招きいれられるところだったけど、まあそこは置いておこう。
下に落下した時のためののネットがなければ危なかった。
まさかギャグで設置したあのネットのお世話になる日がこようとは……、人生何が幸いするかわかんないなあ。
ともかく、詩遠の部屋で僕らは向かい合っていた。
「……」
「……」
あれ、なんで部屋の空気がこんなにピリピリしてるんだろう。
しかも詩遠が何か怯えているような……?
……まあいいや、そんなことよりこの部屋に来た目的を果たそう。
いつもは特に目的もなく来てるけど今日は詩遠に用事がある。
「あのさ、詩遠……」
「いや! 聞きたくない!」
……え、僕は話すことすら許されてないんですか。
僕が呆然としてる間に詩遠は自分のベッドにもぐりこんでしまった。
……布団ガメだ。布団ガメがおるよ。手足頭を引っ込めた布団ガメがベッドの上で殻に篭っておられます。
耳を澄ませてみると「……別れ話……まだ始まってもいないのに……」とか「まさか絶縁とか……」とぼそぼそ独り言をつぶやいてるみたいだ。
んー、困った。
詩遠の変な行動には慣れてるつもりだったけどこれじゃあ話もできない。
さて、どうしたものか……、とりあえず布団から出てもらわないと。
うーん……、あ、いいものめっけ。
僕は詩遠の机の上においてあったそれを手に取り、大声で朗読を始めた。
「○月×日、今日は誠一の部屋に遊びに行くとテストで疲れていたのか誠一はぐっすりと眠っていた。その寝顔は…」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!?」
とても乙女らしからぬ悲鳴を上げた布団ガメが神速の速さで詩遠に戻り、僕の手から『日記 vol.5 朝倉詩遠』を奪い取った。顔が真っ赤だ。
僕としてはもうちょっと読んでみたいような内容だったけど、当初の目的が果たせたので良しとしよう。
「はい捕まえた」
「あっ……」
僕は後ろから詩遠を抱きしめた。ちょうど僕のあごが詩遠の頭に乗っかる感じ。
詩遠は少し抵抗するそぶりを見せたけど、僕が放さないのを感じるとおとなしくなってくれた。
「ねえ詩遠、何をそんなに怖がってるの? ……僕馬鹿だからさ、ちゃんと言ってもらわないと分からないよ」
「う、ううう〜…」
詩遠はしばらくうーうー唸ってたけど、やがて観念したのかポツポツと話しだした。
「せいいちは……あの子と……その、お付き合い、とかしちゃってるのかなあ……って」
「あの子? 誰のこと? 」
「と、とぼけないでよ……、今日一緒に喫茶店から出てきたあの女の子だよ……」
んん? 僕は今日女の子とは喫茶店には入ってないんだけど……、男となら行ったけどね。
あ、まさか。
「もしかして、須藤のこと?」
「ねえ、いつあんな子と知り合ったの? 私、誠一にあんなかわいい女の子が知り合いにいるなんてぜんぜん知らなかったよ……」
「あれ男」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「…………………………………………はい?」
「ほら、中学のクラスメイトに須藤っていたでしょ? 高校デビューで女装に目覚めちゃったみたいで」
「え、須藤君? でも、あれ、え、ちょっと待って。え、ええーーーーーーーーーっ!!」
あ、耳きーんてした、耳きーんて。
顔が近いんだからもうちょっと音量絞って大声出してくれないかなあ。
あ、でもそうしたら大声じゃないのか? 小声で大声出すって言うのも矛盾してるしね。
じゃあこれでいいか、耳きーんは甘んじて受けようじゃないか。
「じゃあ私……男相手に嫉妬してたわけ? というか恥ずかしい勘違い? あうう…」
どうやら、須藤が男だと問題が解決するらしい。いまいちよくわからんけど詩遠が落ち着いたのなら良かったとしよう。
と、そうそう、今日ここに来た目的を果たさないと。そのために須藤に相談したんだし。
「それでさ詩遠、良かったら今度の日曜一緒に遊園地に行かない?」
「……え、ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
あ、また耳きーんてした。この体勢は耳に悪いや。
僕は詩遠の体を放して、詩遠と向かい合った。
「どどどどどどどどどどうして誠一がいきなりそんなことを!?」
「いや、テストではお世話になったしお礼ということで」
遊園地って案は実は須藤の入れ知恵だけど。テストのお礼が思いつかなかったから須藤に相談したら、二人で休日に遊びに誘ってみるのはどうかと提案された。
候補を二人で色々挙げていき、最終的に遊園地のペアチケットを須藤がなぜか持っていて、くれるというので遊園地に決定した。
持つべきものは友人だなあ、感謝感謝。
詩遠の様子を見ていると、もじもじしだして「初めて誠一から……デート……お誘い……」とぶつぶつ言っている。耳きーんとして小さな声だと良く聞こえないけど。
んー、詩遠的に遊園地はNGなのだろうか?
そういえば遊園地って小さい頃行ったっきりだなあ……なんでだっけ?んー、まあいいや。
「あまり乗り気じゃないならやめにしても……」
「行く」
わしっと肩を掴まれ、断言されてしまった。
詩遠さん目が怖いです。
「そ、そう?ならいいんだけど……」
「誠一……、私のためにそんなこと考えてくれてたんだ。ありがとう、すっごく嬉しい!」
うう……、そんなに喜ばれるとこれがほぼ須藤の案だって言いづらい……。
まっすぐな笑顔が眩しくて見れません……。
ごめんよー、一人じゃ何にも思いつかないお隣さんでごめんよー。
「じゃ、そういうことで! また明日!」
「誠一……私ね……って、誠一!?」
詩遠が何か言いかけてたけど、僕はあの眩しい目に耐え切れずに早々に詩遠の部屋を後にした。
別に悪いことじゃないんだけどなあ……なんとなく申し訳ないんだよね、なぜか。