第53話:今日も明日も明後日も
「う……ん?」
目を覚ますと、木製の天井が目に入った。
おかしいな、僕の部屋の天井は白い壁紙だったはずなんだけど。
「あ、誠一、起きた……?」
おずおずと遠慮がちに声を掛けられたのでそちらを向くと、詩遠が申し訳なさそうな顔をして僕の寝ている横で正座していた。
……ああ、思い出した。確か詩遠のアッパーをなぜか食らう羽目になってそのまま気絶しちゃったんだっけ。
思い出した瞬間、あごにずきりとした痛みが走る。
「いたた……、今回はずいぶん思い切りだったねぇ」
「う……、ごめんなさい……。なんだか訳が分からなくって混乱しちゃって……」
僕の言葉に小さくなる詩遠。
……そうだ、僕はまだ、詩遠の答えを聞いていない。
僕は体を起こした、まだ身体が痛んだけど寝たままこの話はしたくない。
「もう落ち着いた?」
「う、うん……」
頷いた後、僕が何を求めているのか気が付いたのか、詩遠の顔は耳まで赤くなってしまった。
「それじゃあ」
僕は大きく息を吸い込んだ、腹に力をこめて、言う。
「詩遠の答えを聞かせて」
「そ、その、なんで……恋人、とかじゃなくって結婚なの?」
「うーん、なんだろう、『恋人になってください』より、『お嫁さんになってください』の方が僕の理想に近いって言うと身勝手な話なのかもしれないけど」
「よ、嫁……で、でも私たちまだ学生だし……」
「そこはほら、婚約ってことで、僕は口約束でも全然構わないから。これは、僕らの覚悟の話」
「覚悟……?」
「うん、決意って言ったほうがいいかな。“そういうもの”として互いのことを大事にするっていう決意」
「あ……」
居住まいを正して、真っ直ぐ詩遠へと向き直る。
「僕は、ずっと詩遠の隣にいたい。詩遠と一緒に生きて生きたい。難しく考えるのを止めたら、素直にそう想うことができたから。だから僕は、詩遠が、欲しい」
「……ぁ」
「詩遠、ずっと、僕の隣にいてくれませんか」
「…………………………………………はぃ」
僕の言葉に、詩遠は真っ赤になりながら、がちがちに固まったまま、小さく、でもはっきりと、頷いてくれた。
あ、やば、嬉しすぎて我慢できない。
「詩遠!」
「ひゃぁ!」
僕は、僕の世界で一番愛しい女の子の身体を抱きしめる。
幸せが、体中を駆け巡った気がした。
「ありがとう……詩遠」
「誠一……」
詩遠は、びっくりしつつ、それでも抱きしめ返そうと手を僕の背に這わせて――――。
「あわわ、わ、私たち部屋を出た方がいいんじゃないでしょうか!?」
「そうだねぇ、あーあ、あんまり私たちがでしゃばることも無かったねぇ。遅かれ早かれこうなってただろうし」
びしり。
詩遠が石の様に固まる音を確かに聞いた。
「あ、須藤にハム子ちゃんいたの?」
「はわわ、見つかってしまいました! ど、どうしましょうどうしましょう!?」
「私たち別に隠れてないし。最初からずっといたんだけどねー、渡瀬の一世一代の大プロポーズばっちり聞かせてもらっちゃった」
「うわ、ちょっと恥ずかしいなあ…………ん?」
「…………」
詩遠から、黒いオーラが立ち昇るのが僕にははっきり見えた。
あ、まずい。
詩遠といることで鍛えられた第六感に従って、僕はささっと詩遠と距離をとった。
「? どうしたのそんな部屋の隅に行って」
「まあ、なんだ……、生きててね二人とも」
『はい?』
二人は仲良く疑問符を浮かべ、詩遠の方を見て「げっ!」っとあからさまに顔色を変えた。
ゆらり、とまるで幽鬼のように立ち上がる詩遠。その顔は羞恥のためか真っ赤に染まっている。
うん、恥ずかしがっている詩遠も可愛い。
「☆〇#$Ш〒〜〜〜〜!!!!」
よくわからない奇声を上げて、詩遠は涙目のまま須藤とハム子ちゃんに襲い掛かった。
「ハム子ちゃん、後は任せた! えい、ハム子シールド!」
「え、ちょ、わ、私を盾にしないでくださ……ああああああごめんなさい〜〜〜〜!」
「%+б£〇#〜〜〜〜!!!!」
僕はその光景を見て、嬉しくて思わず笑みがこぼれた。
何というか、
今日も平和だ。
詩遠、
ありがとう。
今日も、
明日も、
明後日も、
詩遠と共に過ごす平和な日でありますように。
次はエピローグになります。
もう少しだけ、お付き合いください。