第44話:旅館
電車に揺られること30分、バスに揺られて20分、海の匂いを感じつつ歩くこと15分。
それだけの時間をかけてやっと須藤の親戚がやっている旅館へたどり着いた。
「わぁ、なかなか趣のあるいい建物じゃない」
詩遠の言うとおり、その建物は古い日本家屋で歴史を感じさせつつも清潔感があるという……ん〜、つまりいい旅館だ。
僕らは須藤に先導されて中に入った。
「いらっしゃいませ……あら、誰かと思えば信也君じゃない。……信也君よね?」
出てきた仲居さん、たぶん須藤の親戚の人は首を傾げた。
まあ無理も無いよね、須藤大変身してるし。
「やだなあ叔母さん、かわいい甥っ子を忘れるなんて酷くないですか? 確かにちょーっと分かりづらいかもしれませんけど」
からからと笑う須藤、心なしか満足そう。
……前に会ったときこういう反応をして欲しかったのかな?
「あらあら、姉さんそっくりなものだから過去から姉さんが尋ねてきたのかと思っちゃったわ。後ろの子達はお友達?」
「うん、渡瀬と朝倉さんとハム子ちゃん」
「「お世話になります」」
「うう……私ここでもハム子なんですね」
ハム子ちゃんが嘆いていたけど須藤家の方々は完全スルー。
……いいのかなあ? といいつつ僕もスルーしてるけど。
「それじゃあ部屋の方に案内するわね、ささ、あがってあがって」
須藤の叔母さんに勧められるまま僕らは旅館に上がりこんだ。
木造建築っていい匂いがして和むなあ……旅館で癒されたがる大人の気持ちがちょっと分かった気がする。
案内されて階段を上がって廊下を進むことしばらく、部屋の前で須藤の叔母さんがぴたりと止まった。
「ここと隣の部屋を使ってね、食事は自分たちで作るっていうから調理場を貸してもらえるようにしてますから。それと、他のお客様にご迷惑をおかけしないようにしてね」
「うん、わかったよ叔母さん、ありがとう」
「うふふ、私はまだこれからお仕事があるから構ってあげられないけどゆっくりしていってね」
それじゃあね、と言って須藤の叔母さんは足音を立てずに廊下の向こうへ歩いていった。
「さて、それじゃあ部屋割を決めようか。ん〜、誰か希望ある?」
「あ、では私は須藤先輩と同じ部屋がいいデス」
ハム子ちゃんが挙手して意見を述べる。
……今棒読みじゃなかった?
「そっか〜、じゃあ私とハム子ちゃん、渡瀬と朝倉さんでいい?」
「私は全然問題ないよ」
……まあいいか、特に問題があるわけじゃないし。
「僕もオッケーだよ」
「よし、それじゃあ荷物を置いて30分後に水着に着替えて裏の浜辺に集合! 海に来たからにはまずは泳がないとね!」
須藤の号令の後、僕らは荷物を置きに部屋へ入っていった。