第40話:夏休みのハム
初の詩遠と誠一以外視点です
(はぁ〜、傘を返せないまま夏休みになっちゃいました……。借りたのが大体中間試験の後くらいだからもう2ヶ月? 何やってるんでしょうか私……)
夏休みの間だけ喫茶店でバイトすることにした私は、昼と夕方の間のちょっと暇になる時間に未だに借りっぱなしで返却できない傘のことを考えていた。
いつでも返せるように持ち歩いているのに全くタイミングが無いのは一体どういうことかと誰かに問いただしたくなる。
返すタイミングどころか貸してくれた人の名前すらも知らない。
私ってばいつもこうだ。ことごとく空気を読み違え、周囲から見ればたいしたこと無いことで大騒ぎし、失敗を重ねる。
理想としては落ち着いた女性になりたいけど、道のりは遠いというより後退している気さえする。
(……いけない、今は仕事に集中しよう、うん)
気分を切り替えることにする。バイトで失敗すれば給料が減るし、先輩方にも迷惑がかかる。
「店長〜、2番テーブルのお客様が特大バケツパフェをご注文です〜」
(えっ!?)
私は思わず注文を伝えた須藤先輩(同級生だけどバイトの先輩ってことで先輩と呼んでいる)を振り返った。
「ん? どうかした?」
「い、いえ……」
慌てて目を逸らす。目を逸らした先には大きなパフェの書かれた張り紙が張ってあった。
『特大バケツパフェ、30分以内に食べ切れればなんとタダ!』
私がこのバイトを始めて3日になるけどこれを注文したひとは初めてだった。
どんな人だろう? 私は2番テーブルに目を向けた。
(……あああっ!)
そこにいたのは、見間違えようも無い『傘の人』だった。
なんという偶然、傘を返せるのは夏休み明けてからになると思ってたのに!
この機を逃すわけには!
流石に今は傘は持ってないけどロッカーに入れてある、後で会えるように話をつけておけば!
私は傘の人に向かって歩き出そうとした。
「店員さ〜ん、注文いい?」
「あ、はい!」
運悪く他のお客さんに捕まってしまう。
でも、あのパフェを食べるにはまだまだ時間がかかるはず!
だからまだまだ余裕のはず!
「店員さんお会計お願い」
「は〜い」
まだ余裕……。
「店員さん、こっち片付けてもらっていい?」
「はい、ありがとうございます」
まだ……。
「店員さーん、こっちも注文お願い〜!」
「はーい、ただいま参ります〜!」
ま……。
……あ、あれぇ〜? 何故にいきなりこんなに忙しく!?
で、でもまださっきから15分くらいしか経ってないからまだいる……っていない!?
ああ〜! 須藤先輩が傘の人の会計してる〜!
というかアレを15分で食べきったの!?
(ま、待って〜!)
という私の心の叫びは届かず、傘の人はさっさと出て行ってしまった。
そ、そんな……せっかく向こうから来たチャンスが……。
しくしく……。