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美しい君

本日夜の分です

「まったくこの駄犬ときたら、とんだ重役出勤だこと。私を待たせた落とし前、どうつけてくれるのかしら?」


「野菊、野菊、僕の胸に顔を埋めて深呼吸しながらそんなこと言っても全然説得力がないよ?」


「……べ、別に私はそんなことをしてはいないわ! 適当なことを言うのはやめなさい!」


 いいや、した。というかしている。今も現在進行形で俺の背中に腕をキツく回しながら胸元に顔を埋めてスーハ―スーハ―息をしている。こんな大きな証拠を目の前に晒しておいて、よくまあやっていないなどと言えたもんである。


 今日僕が通された応接室は、昨日とは別の応接室だった。昨日の応接室はごくごく普通の、板張りにソファとローテーブルが置かれているものだったが、今日の応接室はなんと和室だ。


 野菊の纏っている衣服も、着物は着物でもいわゆる十二単というやつだ。生地が多すぎてなかなか重そうだが、彼女はその重量もなんのその、部屋に僕が通された瞬間に立ち上がりすごい勢いで迫ってきてそのまま思い切り抱き着いてきたのである。


「ああ、太槻様。愛しの太槻様。あなたの香しい香り、一日嗅いでいないだけで野菊めはこのように恋焦がれ体の自由も利かなくなってしまうのでございます」


「……村岡さん適当なアテレコをしないでちょうだい?」


「あらあら、本当に『適当』なんですか、お嬢様?」


「……あなたのそういうところ、評価はしているけれどできれば程々にしてほしいわ」


 僕の後ろでニコニコ笑う村岡さんが、野菊の心情を代弁してくれる。


 野菊が否定しなかったところを見る限り、村岡さんの代弁は当たらずとも遠からずといったところだろうか。胸に顔を埋めている状態では分かりにくいが、僕の目にも確かに野菊が安らいだ表情をしていることは分かった。


「僕も同じ気持ちだよ。今日一日ずっと、こうしたいと思ってた」


 だからさりげなく彼女の背中に手を添えながらそう語りかける。


 すると野菊はいやいやするように僕の胸を頭でぐりぐりすると、ひときわギュッと強く抱き締めてから僕から離れた。


「……………………私はあんたに会いたいだなんて微塵も思っていなかったけど?」


 それからすんげぇ仏頂面でそんなことを言うけれど……それが照れ隠しだってのはさすがの僕にだって分かる。


 ニヤニヤしながら見る僕と村岡さんをムッとした表情で睨んでから、野菊は楚々とした足取りで元の座っていた場所へと戻った。


 和室の真ん中に置かれているのは、おそらくは(ひのき)で作られただろう食膳と座布団だ。どちらも二つずつあるそれは、高級感溢れる代物である。座布団一枚で僕の給料なんかはまとめて吹っ飛ぶことだろう。


「どうぞお掛けになってください、重松様」


 促され、僕も野菊の対面に腰掛ける。というか、正座する。


 正座は苦手なのだが、この座布団はふわっふわで足に全然負担がかからない。金があるとこんなところまでこうも違うのかと、僕は場違いにも感心した。


「それではお食事を用意して参ります」


「え、いいんですか?」


「もちろんでございます。お嬢様が今日重松様をお呼び立て申し上げたのは、夕餉を共にするためでございますから」


 そう言って柔らかく微笑むと、村岡さんは一礼して和室を後にするのであった。


「…………」


「…………」


 そして二人きりで後に残された僕らの間に漂うのは、無言、無言、無言の嵐。


 こういう時に上手い言葉が出てこなくて、ついドギマギしてしまう。


 ちら、と野菊の様子を確認するように窺ってみれば、


「……っ」


「あっ……」


 たまたま上げた視線同士が真正面から合ってしまって、慌てて二人してそっぽを向くという体たらく。


 こうして改まって真正面から見てみると、野菊は本当にもんのすげぇ綺麗なんだよな。


 こんな美人、これまで僕は見たことがない。真っ直ぐストンと落ちた癖のない黒髪は艶やかだし、スタイルだって抜群にいい。目つきは少々キツいけど、それだって凛々しいと言えなくはなかった。


 おまけに十二単で飾り立てたりなんかした日には、それはもう――。


「――美しい」


「えっ」


 つい、素直な感想を口にしてしまっていた。


「う、美しい? 私が?」


 上ずった声でそう確認してくる野菊に、僕は「うん」とうなずいた。


「本当に美しいよ。楚々として、慎ましやかで、でも纏った空気は凛としていて。僕は野菊のような清らかで爽やかな美しさを持つ女性を生まれてこの方見たことがないよ」


「――ッ!?」


「あ、ごめんね、褒めすぎかも……でも本当にそう思ったんだ。綺麗だよ、野菊。その服装も、君自身も」


 そうやって褒めると、野菊の顔は真っ赤になって、途端にあたふたし始めて――そして最後に、彼女はツンと澄ました顔になる。


「な――何を当然のことを言っているのかしら。私を誰だと思っているの。花邑財閥の一人娘、花邑野菊よ。誰よりも美しいに決まっているじゃない」


 そう言って彼女は胸を張るけど、ごめん、それは可愛い照れ隠しにしか見えないかな?

明日も二回更新できるよう頑張ります

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