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恋人同士がすること

「まず第一にあんた程度の人間が私の恋人になれると思い込んでいるところが烏滸がましいと言う他ないわ。どんな勘違いの仕方をすればそんな幻想を思い描けるのかしら」


 野菊は僕の提案を、まずそんな言葉で一蹴した。


「第二に、年収三百二十万程度の人間が私を楽しませることができるだなんて到底思えないわ。いったいどんなデートを想像しているの? 最低でも二千万はするディナークルーズでないと私は満足しないわよ。そのお金があんたの給料で出せるとは思えないわ」


「成金趣味極まりないね」


「上流階級というものを知っているからこそ、基準が高くなるのはごく当然のことじゃないかしら」


 それから、と野菊が続けた。


「第三に、そもそもあんたは私が交際に対して乗り気かつ積極的だと考えているようだけれど、私のほうはそんなのこれっぽっちも、一ミリも、一ミクロンも考慮の余地になんて入れてなうひゃあうっ」


 野菊が『僕と恋人同士ですること全部をしない108の理由』を語っている間少し手持ち無沙汰だったので、彼女の頭をそっと撫でたら、可愛らしい悲鳴を上げた。


 そんな彼女の隙を突くように、僕は言葉を滑り込ませる。


「確かに……僕と野菊じゃ、身分が違いすぎて楽しませてあげられないのかもしれないね。資金力だって全然違うし、僕がしてあげられることなんていかにも庶民的なことばかりだから」


「そ、そうね。そんなの当然よ」


「でも、野菊。これは僕のわがままなんだ。僕のために、少し我慢して『庶民のデート』に付き合ってもらえないかな? まずは僕のことをそうして知ってほしいんだ。もちろん、野菊のことだって教えてほしいんだ」


 野菊の頭を撫でながらそう語りかけると、「ふぁ、ふぁあい! 分かっりゃ、デートすりゅ!」と彼女は首を縦に振ってくれる。


 優しいなあ野菊は。


「じゃあ、僕と恋人になってくれるね?」


「それはまた別の話で――」


 拒絶しかけた野菊の体を後ろから抱き締める。


「なりゅう!」


 とまあ。


 こんな感じで僕らの交際は始まったのであった。


 * * *


「……なにこれ。あんたの頭の中に詰まっているのは腐肉なの? それとも蛆虫なの? ゲル状の地球外生命体でも頭の中に飼ってるの?」


 冷え切った表情で野菊はそう吐き捨てた。


 彼女が今、対面のソファに座って読んでいるのは、『恋人同士ですること全部』が記された聖典(バイブル)である、僕が某・小説家になろうとしている人々のための小説投稿サイトで連載している小説だ。


 童貞拗らせた僕による、僕のための、僕のためだけの妄想小説と言い換えてもいい。


 主人公とヒロインが、恋人同士ですること全部やっていく中でひたすら幸せになっていくだけの物語だ。


 タイトルはそのまま『恋人同士ですること全部』――うむ、素晴らしいタイトルだ。


 それを読んだ野菊の反応は、しかし、芳しいものではないようだった。


「そんなにダメかな?」


『恋人同士ですること全部』の中には、僕の思い描く理想のカップル、理想の恋愛がそのまま反映されている。


 それを読みさえすれば、野菊も少しはこれから二人でどういうことをしていくのか分かってくれるかと思ったんだけどな……。


「ダメもなにも、狂気ね」


「気が狂うほど素敵?」


「気が狂うほどおぞましい」


「おぞましいのか……」


 これまた辛辣な評価が飛び出してきた。


「そんなにおぞましいかな……僕は最高だと思いながら書いたんだけど」


「そうね。例えば主人公とヒロインが付き合うシーン」


「放課後に廊下で告白するシーンだね」


「ヒロインが主人公に告白されて付き合う理由が、『特に理由はないけど告白されたからなんか好き!』ってどういうことよ! ありえないわ!」


「でも僕の周りでは結構そういうカップルいたけどなあ」


「妄想で現実書いてどうする!」


「だって、僕は現実で彼女がいたことなかったからさあ……」


 告白してオッケーをもらうなんて、そこからしてまずファンタジーでさあ……。


 僕の言葉に、ひくっと野菊の頬が引きつる。


 それからすごい可哀想なものを見る目を僕に向けると。


「……童貞?」


 と聞いてきた。


「う、うん……」


「そう……」


 一瞬、僕に向けられる目に浮かぶ憐れみの色が強くなる。


 だけどすぐにその色合いがホッとしたものに変化した。


「……よかった。女慣れしてる男に弄ばれてるわけじゃなさそうで」


「今、なんて?」


 ダンッ、と野菊が応接台を平手で叩く。


「何も私は言ってないわ」


「いや、でも聞こえた気が」


「何も、私は言ってないわ」


「だけど女慣れがどうとか――」


 ダンダンダンダンッ。


「何もッ、私はッ、言ってない、わッ!」


 ……何か言ったんだろうなあ。これ以上指摘すると余計に怒りそうだからやめとくけど。


「……で。あんたの書いたゲテモノに話を戻すけど」


「うん。僕が執筆中の聖典だね」


「公園デートのシーンも気が狂ってるとしか言いようがないわ」


 聖典という言葉は華麗にスルーされた。神は死んだ。


「二人の初デートのシーンだね。ベンチで語り合ってるところ」


「そうよ」


 それから野菊がスマホに目を落とし、そのシーンを読み上げる。

以上でプロローグ部分完結します

想像以上に評価してもらえているようでありがたいのですが、実のところStock/Zeroなので読者の皆様方の応援があれば執筆にも精が出るかなと思います

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