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お呼びじゃねえんだすっこんでろ

「従来の住宅展示場は、土地を買い、実際に施工を行い、そこへお客様が訪れ内覧を行い、その上で売買契約を行うという非常に手間も時間もかかるものでした。お客様側の負担も大きく、また限られた土地の中で住宅展示を行うため一つの住宅展示場で見られる家の数にも限りがありました」


 滑らかな口調で野菊が企画概要について説明をする。


「ですが、このVR住宅展示場ならば限られたスペースの中でもお客様に様々な住宅をご覧になっていただくことが可能です。またそれのみならず、家具の配置例のバリエーション、壁紙のテキスタイル、床材や照明など、お客様のお好みによって変更することも可能となっております」


 野菊の言葉に合わせて、プロジェクターでスクリーンに出力されているパワーポイントが次々と切り替わっていく。


 そこに表示されているのは、VR住宅展示場の企画概要と予想収益曲線、そして試作段階の実際の映像を一部切り取った映像だ。


「こうしたリアルな映像を、VRゴーグルを装着することによって実際にその場に立っているかのような臨場感で見ることが可能です。実際に住宅公園に足を運んだ時と同じような感覚で内覧することが可能だと思っております」


「…………」


「さらに、現在のところ他企業でもVR住宅展示場を導入しているところは少なく、また調査をしてみたところクオリティ――特に映像技術の面で住宅展示としての水準を満たしているとは言いがたいものが多数を占めています。今回の事業提携が成立すれば、業界内でも一歩先んじることが可能だと判断いたしました」


 それからも、他企業との比較や新規事業を行う際の予算案、細々した数字を含む内容の話が続く。


 もちろん、数十億単位の話になる。仮に頓挫したならば、その損失は小さくない。


 だが、堂々とした野菊の立ち回りや、根拠のしっかりとした話の展開は、事業の成功を予想させるに足るものであった。


「――以上が、本企画の概要です」


 そして、野菊が話を終えて……会議室は静寂に包まれていた。


 誰もが、会長の――花邑竜蔵の言葉を待っている。


 長い沈黙が過ぎた。両肘を付き、組んで手の向こう側で、竜蔵は眉間に深い皺を今も刻んでいる。


 そして、やがて。


「……認めんぞ」


 竜蔵は言った。


「認めんぞ。俺はこんな企画など、認めた覚えはない。勝手な真似をするな、野菊!」


「……会長」


「女が経営の真似事か? ままごととでも勘違いしているのか? いい加減、女としての自分の立場をわきまえろ!」


 会議室に怒号が響く。それは、重みを伴った声だった。


 だけど同時に――言葉に中身は伴っていなくて。


「そこまでにしとけや、竜蔵の小僧よ」


 口を挟んだのは、腰の曲がった老人だった。


 深い皺の刻まれた、一見すると好々爺にも見える老人だ。


 鳳幽玄――竜蔵の相談役でもあり、かつてメガバンクの頭取でもあった切れ者だ。


「相談役……だが、俺はっ」


「負けじゃよ、竜蔵」


「負けだと? 何を言っている、そんなわけが――」


「ここは経営会議の場だ。そして野菊のお嬢ちゃんは、役員としての作法に則って、真っ当に取締役としての仕事を果たした」


 宥めるような、幽玄の言葉。


「お嬢ちゃんをいつまでも小娘扱いして、父親面で言い返した時点でお前の負けじゃよ、竜蔵」


「それは……」


「そして、そう言い返すしかなかったんじゃろう、竜蔵や。お前ももう分かっておろうよ」


 幽玄の言葉に、竜蔵は「……ああ」と言ってうなだれる。


 そしてそれから、深い――とても深いため息をついて言った。


「悪くない……いや、いい企画だ、野菊」


 * * *


『企画のプレゼン、上手く行ったわ! 正式にこの企画を進められることになったわ!』


 その一報が入った時、僕は思わず席から立ち上がりそうになった。


 すごい衝動が腹の内で熱く燃えている。やりきったという達成感、まだまだこれからという焦燥感、上手く行ったという安堵感、よくやった野菊! という誇らしい感情――。


 こみ上げてくる色んなものが多すぎて、大きすぎて、自分だけでは処理しきれない。


「くぅ――――――っ……」


 叫びそうになる歓声を、噛み殺すのに必死だった。


 だけど殺しきれなくて、歯の隙間から小さな息が漏れている。ぐっと握った拳は、自然とガッツポーズの形になっている。


 他の客からはきっと、不審なものを見る目を向けられていることだろう。


 でも今だけは勘弁してくれ。それぐらいすごい喜びなんだ。


 一通り衝動が過ぎ去ったところで、深く椅子の背もたれにもたれかかる。


 それからスマホを操作して、


『やったぜ大勝利!』


 そんなテンションの高い文章を、僕は野菊に返していた――。


 * * *


「なぜだ、なぜだああああああ!」


 ストレートのウィスキーを一気に飲み干し、そのおっさんは慟哭した。


 ダァン! とグラスをテーブルに叩きつけ、酒気に当てられ赤くなった顔で男泣きに泣いている。


「うぅ、どうしてだ、あんなに素直で可愛い子だったのに、なぜ……なぜ俺の元から去っていく!」


「……いや、もうその辺にしておきましょうよ。さっきから飲みすぎですよ?」


「うるせえテメェは黙ってろぉ! くっ、なぜだ、どうして帰ってきてくれないんだ野菊、野菊ぅぅぅぅぅぅ!!」


「……あ、すいません、さっきこの人が頼んだウィスキーキャンセルで。あと酔い覚ましにお冷もらってもいいですか?」


「野菊ぅぅぅぅぅぅ!!」


 おっさん……花邑竜蔵が、愛娘の名前を叫びながら机に突っ伏す。


 いやほんと、このざまを見て誰が日本の経済界を牛耳る経営者だと信じるかね。もう何十回も同じこと叫んでるよ、今日だけで。


 ……あの経営会議から、すでに一週間が明けていた。僕と野菊が先頭に立って推し進めてきた企画は無事通り、『ある日理想の家に必ず出会えるプロジェクト』という名前で今も計画が進められている。


 当然僕も仕様やらデザインやらで毎日遅くまで働いているのだが、オフィスを出た直後に竜蔵さんに目を付けられ、こうして居酒屋に連れ込まれた。


 そして延々聞かされる話の内容が――。


「なぜだ! なぜ、家に帰ってきてくれないんだ野菊ぅぅぅぅぅ!」


 これである。


「……いや、それは当然僕らの交際に義父(おと)うさんが反対してるからじゃないですかね」


「貴様が俺を父と呼ぶな!」


「いや、でもやがてはそうなってほしいですよ、僕は」


「認めん! 認めんぞ貴様など! 野菊にふさわしい相手はお前じゃない!」


「……じゃあ誰ならふさわしいんですか?」


 僕の言葉に、竜蔵さんがすっと目を逸らす。どこか気まずげな様子だった。


 これはもしかすると……?


「あの、つかぬ事をお伺いしますけど」


「ならん」


「愛娘のために理想の交際相手を探してみたはいいけれど、いざ見つかってみたら今度は手放すのが惜しくなって、意地になって交際に反対してる……とか、ないですよね?」


「なっ、なななな何を言っとる! あるわけないだろうがそんなもん!」


「ですよね。天下の花邑竜蔵が、そんな小さな男なわけないですよね」


「あ、あったりまえだ! いや、ほんとにほんとだぞ? 別に、野菊の幼かった頃のアルバムを見返して『あの頃はお父ちゃま』と呼び慕ってくれて愛らしかったなどと考えたりなどしとらんぞ? 仕事の合間に録音した野菊の言葉で癒されたりなどもしとらんぞ? 本当だぞ? 別に手放すのが惜しくなったとか、そういう事実はまるでないのだからな!」


 すごい勢いでまくしたてる竜蔵さん。でもそんなに熱く語ると図星なのがバレますよ?


 これもうほんと、花邑財閥の会長としての威厳とか微塵もないな。まるで、反抗期を迎えた年頃の娘に最近冷たくされ始めて寂しくなっちゃった親父みたいだ。まさしくそのものだった。


「ってか、なんでこんな話によりによって僕を付き合わせたりなんかするんですか」


「決まってるだろそんなもん。こうしてお前に直接文句を言って、別れろとプレッシャーを与えるためだ」


「男として小さすぎるな!?」


 思わず激しく突っ込んでしまったが、それもどうやら竜蔵さんは聞いてはいない。


 それどころか、いつの間にか運ばれてきていた日本酒をお猪口に注ぎながら、何やら管を巻き始めた。


「くぅぅ、野菊も昔はなあ、俺の言うことならなんでも素直にはいはいうなずいてくれたんだ。あどけない笑顔で見上げてな、『お父ちゃま、大好き!』なんてなあ……」


「なんですかそれ。めっちゃかわいいじゃないですか絶対!」


「そうだろうそうだろう? 夜、雷なんかが鳴るとな。俺の執務室にまでやってきて、ぎゅっと足に抱き着いてきたりなんかしてな。そのたびに仕事を中断して、一緒にベッドで寝てやったもんだ」


「ああ、だから案外甘えん坊なんですね野菊は。夜ごと僕のベッドにもぐりこんでくるルーツが見えた気がします」


「おいこらテメェ表出ろ、人の娘になにしやがる」


「生憎僕の恋人ですから。それにまだ一線は越えていませんし大人としての節度を守っています。責められる謂れはないはずだと思いますが?」


「ああ? クソがふざけんなよクソ庶民。野菊のかわいらしいところはなあ……余すとこなく俺のもんだと決まってんだよ!」


「それですよね絶対それが本音ですよね? しつこい親父は嫌われますよ。むしろ反抗期を喜んでやってくださいよ。健やかに育ってる証じゃないですか」


「言ってくれるじゃねえかこの娘泥棒。間男風情が、野菊のことを分かったつもりか? ちょーしこいてんじゃねえぞ」


「間男とはなんですか間男とは。正真正銘、野菊の『恋人』ですから。『彼氏』ですから。過保護な親父とか時代遅れですよ。お呼びじゃねえんだ引っ込んでろ」


「ああ?」


「おおん?」


 ――そんな酔っ払い二人の言い争いは、竜蔵さんが酔って潰れるまで続くのだった。

次で完結(予定)です

そして、エピローグと並行して現在新作の準備中です。この作品をもう少し続けようかとも思ったのですが、新作のほうが今作よりもさらに面白くなりそうな気がしたので、思い切って次で完結とし、新たな物語に取り掛かることを決めました


新作は、早ければ月曜日に投稿することになるかと思います。次は残機ゼロで慌てたりとかすることのないよう、十話~二十話程度にストックを確保してから投稿したいと思っています

そのため、相性1000%のラストを投稿するまでに少々お時間いただくことになるかもしれません。読者の皆様につきましては、お待ちいただければ幸いに存じます

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●新連載のお知らせ 万引きしてた女子高生を諭したらいつの間にか通い妻になってた 宜しければ、こちらにも足を運んでくだされば幸いです。
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