経営会議
「なんて言ったところで、僕にやれることはないんだけどねえ」
都内の一部でのみ展開しているその喫茶店、『EXECUTIVE COFFEE』は、経営会議の行われる花邑グループ本社ビルから歩いて五分ほどのところにあった。
意識の高そうな内装。無駄に高いコーヒーの値段設定。辺りを見回せば、「ワァ~オ!」ノマドなワーカーらしき人々。
くたびれたジーパンにくたびれたポロシャツ、くたびれたスニーカー姿の僕がこの空間にいるのは、なんとも場違いなものであった。
「……さすがにこの格好で来たのは間違いだったかな」
一番安いブレンドコーヒー(一杯千二百円)を口に運びながら苦笑する。
さすがは大企業ばかりが集まるオフィス街。喫茶店一つとっても、スタバやド・トールみたいな気軽さで入れる場所がない。
生活水準の違いって、こういうところから見えたりするよなあ……。
こっそりため息をつきつつ、窓から見えるビルを見上げた。
周囲のビルよりもひときわ高く、大きな摩天楼。今まさに、野菊が戦いに臨んでいる戦場。
――花邑グループ本社ビル。
「……頑張れ、野菊」
時計の針が、経営会議の始まる午前十一時を指し示していた。
* * *
「メディア事業部からの上半期報告は以上になります」
村岡の声が会議場に響いた。
村岡は、野菊の使用人であると同時に、メディア事業部の取締役付き秘書でもある。こうした報告などは彼女の仕事だ。
花邑竜蔵は、報告内容に「うむ」とうなずいて見せた。
「まあメディア事業部はそんなもんだろう。では次の――」
「恐れながら、会長」
次の報告に移れ――言いかけた竜蔵の言葉を遮ったのは、メディア事業部取締役の野菊であった。
言葉を遮られた竜蔵は、鋭い視線を野菊に向ける。百戦錬磨の経営の鬼、その男の眼光は凄まじいものがあった。凡夫ならば、視線一つで射竦められ二の句を継げなくなるほどだろう。
野菊の隣に座る村岡も、余波だけでビクリと肩を震わせている。いや――会議室にいる人間のほとんど全員が、まったく同じ反応を見せていた。
だが、そんな男の眼光を正面から受け止め、あまつさえ野菊は微笑みを浮かべてすらみせた。
「なんだ、野菊。今は戯言を口にする場ではないぞ」
「ええ、分かっております花邑会長。話の腰を折ってしまい申し訳ございません。ですが――少々報告内容に不備がございましたもので」
「不備だと?」
「ええ。花邑グループメディア事業部は、先日――」
ニコリ、とそれこそ花が咲くような笑顔を浮かべて野菊は告げた。
「『甲斐クリエイトデザイン』を始めとした関連企業、事務所との業務提携を行い、彼らの技術提供による新規事業、『VR住宅展示場』の立ち上げが決定いたしました」
「……なんだと?」
「各代表者は、『甲斐クリエイトデザイン』の甲斐良彦所長、『デザイナーズ・エンジェル』の丸子梨乃社長、『クリエイターズファミリー』の藤沢一成――」
野菊の口から、主要役員の名前が挙げられていく。
そして最後に加えられたのは――。
「CG担当責任者、重松太槻」
愛しの駄犬の名前であった。
あと3話ほどで完結予定です




