毒舌少女は膝の上
気づいたらポイントが伸びていた上に感想までついていました。
とても嬉しいです。
嬉しくなったので今日も更新します。
「こんなワン公と……本当に相性1000%だなんて、絶望だわ……ありえないわ……この世の終わりだわ……」
「僕達の関係は、まだ始まったばかりだよ?」
「始まってしまったのがおしまいなのよ」
「いやいや、終わってないから! そう気を落とさないでよ! お互い胸に光と理想を抱いて未来に向かって進もうよ!」
「それっぽいことを言っているつもりかもしれないけれど落ち着いている状態で聞くとここまで寒いセリフもなかなかないわね」
「わぁ~、辛辣……」
総身を焦がす熱情からお互いに回復したところで、僕は応接室のソファーに座り野菊とイチャコラ……もとい、野菊と雑談……もとい、不機嫌そうな野菊の愚痴に付き合わされていた。
何でこの子は口を開くと毒が真っ先に飛び出すのだろう。
見た目は和風美人な黒髪清楚な美少女なのに、なんとももったいない話である。
「話、聞いてるの?」
考え事をしていたら、ギロリと鋭い目を向けられた。なのでにっこり微笑みかけたら、一瞬で野菊の頬がとろりととろける。
「はわっ……そ、そういう情けないヘタレ顔をするのは私の相手にふさわしくないわ。もっとしゃきっとしなさい、しゃきっと!」
「ええ……」
「文句を言わない。私の命令は絶対よ。従いなさい、このワン公」
そんな風に言われたので、今度は真面目な顔になる。真顔になると生来の目つきの鋭さから怖がられがちなので、あまり得意な表情ではないのだが……。
案の定、ビクッと野菊が息を飲む。それから頬を真っ赤に染めて、すんごい勢いで僕から思い切り顔を背けた。勢いがつきすぎて、「あいたっ」なんて小さな叫び声すら上げていた。
「あー……すまんすまん。やっぱ怖いよな。目つき悪くってさ、怖がらせるつもりじゃなかったんだけど」
「ら、らいひょうぶよっ」
「声がもはや大丈夫じゃないんだけど」
「だ、大丈夫本当に大丈夫! 少しドキッとしただけだから! ……格好良すぎて」
「? まあ、大丈夫ならよかったけど」
最後のほう聞こえなかったな? なんて言ったんだろう。
「う、うぅ……」
動揺でも残っているのか、野菊がもぞもぞと尻を動かして座り直す。ちなみに、今野菊はソファーに座る僕の膝の上に座っている。しかも、実は彼女の服装は紫を基調とした着物姿だ。
衣類の生地が薄いせいか、お尻の動きがダイレクトに太ももに伝わってきてなんだかすごいドギマギする。なめんなよ童貞を。今の僕、実はもはや致死量寸前である。野菊がJKだからなんとかかっこつけて平静を保っていられるけど、心のほうはもはや心臓バックンバックンである。
っていうかちょっと待っておくれよ。DT拗らせた僕の妄想データベースによると、女性が男に背中を向けて膝に座っている状態はとてもいやらしい意味を持つ。
この体勢からなら色んないたずらを女の子に仕掛けてしまえるじゃないか。あ~んなことやこ~んなことが今の僕にはもしかしてできてしまうのでは? 右手が疼く。左手が唸る。やってしまえとリピドーが叫び声を上げている。……っていうかマジ生殺しやめてください、このままじゃ僕前科ついちゃうよぅ。
しかしまさか、本当に手を出すわけにはいかない。鼻先をくすぐる髪とか、深く吸い込むと薫ってくる少しばかり汗ばんだ野菊の体臭とか、膝の上に感じる柔らかさとか、胸板に預けられる少女の体重とか、そういうものからは気合と根性で意識を逸らすのだ。
「と、とにかく。本当にこんなのは予想もしていなかったわよっ。遺伝子情報でマッチングだなんて、眉唾モノだと思ったのに……あんたみたいのが来るなんて」
「その気持ちはよく分かるよ。僕だって、恋人ができたらいいなと思って登録したけど……予想外なのはこちらも同じだ」
野菊の気持ちはとてもよく理解できた。もともと僕は年上が好きなはずだったし、これまで告白してきた相手だっていつも年上だった。
むしろ年下は苦手まである。こっちが気を使ってあげないといけないし、こっちがリードしてなきゃあげないし、恋愛経験ミジンコレベルの僕にとっては年下というのは相手するのも気が重い存在だったはずである。
でも、野菊に対して抱いた焦がれる感情は本物だった。僕の人生で感じた中でも、もっとも大きな衝撃と言えるぐらいに。
野菊も僕の膝の上で、「そうなのよね」と腕を組む。
「もともと私の理想の男性像は地位も資金力も私と同等かそれ以上のものを持っている人だと思っていたわ。そんな男なんてそもそもこの世に存在しないから、恋愛も結婚もしないつもりだったしね。第一男なんてゴミ虫よ。頭の中身はお粗末なくせして下種な妄想しか詰まっていない……そんな輩ばっかりだもの」
「野菊野菊。男への偏見がすごい」
「見方も偏るわよ。上流階級のクソジジイどもなんか見ていたら。八十すぎて私と同世代の愛人を持ってるようなのばっかりよ」
「そ、それは……」
苦労しているんだなあ、野菊も。
おまけに、と野菊は不満そうな口調で続ける。
「私はT大でもっと勉強したいのに、女に学歴などいらんとかお父様は言い出すのよ。結婚して家庭に入るのが女の幸せだなんて、そんなことばかり言われ続けてきたら恋愛も結婚も嫌になるのは当然だわ」
「あー……そうだよね。今は色んな在り方を選べる時代だもんね」
「そうよ! だから私、つい腹が立って、四十六億ぐらい株で稼いでやったわ!」
それで稼いだのか、四十六億。
僕では考えられない壮絶な話に、少しばかり頭がくらくらした。
「……まあ話は少しずれたけれど、ここまで体が惹かれ合う以上、あんたと私の体の相性が1000%という話は、少々過剰な気がしなくもないけれど認めないわけにはいかないようね」
「認めてくれるの?」
「事実である以上認めるしかないわ。――でも!」
高らかに言い放ち、野菊が勢いよくこちらを振り返る。勢いが付きすぎて膝の上でバランスを崩したので、さりげなく腰に手を添えて支えてやると、「あふんっ」と野菊の瞳にハートマークが散った。
「や、そんな風に触られるとゾクゾクして……いえ違うわ野菊、こいつはワン公、こいつはワン公、こいつはワン公……よしっ」
「それ精神安定剤なのね」
野菊が気持ちを落ち着けたところでテイク2。
「私の遺伝子があんたの遺伝子に惚れているというのは事実である以上認めるわ――でも! あんたみたいな駄犬に私の心まで許した覚えなんかないんだからね!」
「ほう、つまり?」
「私があんたのことを好いていると思ったら大間違いだっていうことよ!」
ややドヤ顔でそう告げてくる野菊。
まあでも、確かにそうだよな。遺伝子的に相性がいいからといって、俺と野菊はお互いについてまだまだ何も知らない状態だ。初対面同士にしては過剰に近い距離感だとは思うけど、これから互いを知っていかなければならない関係なのだ。
そのことを、きっと忘れてはいけないだろう。電子頭脳によって相性が1000%だと保証されていたとしても、関係を築いていくのはあくまで『僕』と『野菊』の二人なのだから。
「……なら、野菊。僕から提案があるのだけれど、こういうのはどうだろう?」
「ふんっ。凡夫の言葉に価値があるのかどうかは分からないけれど、寛大な私はその提案とやらを聞いてあげるわ。言ってみなさい」
促され、僕は口を開いた。
「野菊と僕とで、『恋人同士ですること全部』やっていくのはどうだろう?」