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さよなら、野菊。

「というわけで、えーっと……なんだっけ、君? まあいいや。話すことなど特にないから、さっさと出て行きたまえ。これでも俺は忙しい身でね。凡愚と言葉を交わす時間はないんだ」


 僕と野菊が二の句を継げないでいると、竜蔵さんがそう言葉を重ねてくる。


 そこでようやく、野菊が「お、お父様!」と声を上げた。


「それはあんまりではないですか!? 彼のことをバカにするにも限度というものが――」


「バカにバカと言って何がいけない? 愚か者に愚かさを教えるのがどうして悪い? 使えるものとそうでないもの、無能と有能――俺の判断基準はそれだけだ。そして、そこの男は、俺の判断だと『使えない』……それだけだよ」


「お父様……」


「野菊の相手は改めてシステムで選定にかけることとするよ。次こそはちゃんと使える人間とマッチングしてほしいものだがね」


 そう告げると、竜蔵さんは葉巻を取り出して火を点ける。


 そして一息吸って煙を吐き出したところで、それこそまさしく『竜』のような目で、未だ呆然と突っ立っている僕を見た。


「何をしているんだい? 目障りだからとっとと下がりたまえ」


「僕は……」


「それともこの俺に何か文句でもあるのかい? 立場というものを、君はどうやら弁えていないようだ」


「お父様! 口が過ぎますよ!」


「過ぎるのはお前のほうだ、野菊」


 つまらなそうに資料を開きながら、竜蔵さんは野菊に告げる。


「俺は警察にも政界にも顔が利く。ちょっと機嫌を損ねただけで、その男がこの日本にいられないようにすることもできる」


「…………」


「下がれ。これ以上、俺の時間を浪費させるな」


「……重松様。ここは従ったほうがよろしいかと」


 村岡さんにそう促され、僕は力なく首を縦に振る。


「失礼しました……」


 それからとぼとぼと、僕は花邑グループの総帥、花邑竜蔵の部屋を辞したのであった。


 * * *


 村岡さんと二人で、野菊の部屋に戻る。


 彼女の部屋に置いてある私服を回収するためだ。


「重松様。このような事態になってしまい、誠に申し訳ございません」


「いえ、村岡さんのせいではないですから」


 元の服へと着替えながら、衝立の向こうで謝罪の言葉を口にする村岡さんに首を振る。


「ですが……」


「いいんです。野菊のような、才覚もあって将来有望な女の子に、僕みたいな一般市民が釣り合うわけがないってことは分かっていたことですから」


「それでもお嬢様はあなたのことを慕っておいででした。分かりにくい好意ではあったかもしれませんけれど……でも、あのように人に甘える姿を幼い頃よりお仕えし始めてから今日に至るまで、わたくしは見たことがありません」


「だとしても、やっぱり住む世界が違いすぎます。僕にはディナークルーズなんていりません。ドレスコードのあるレストランよりも、ファミレスのほうが居心地がいいんです。自家用機で旅行するよりも、団体料金で三万円ぐらいで行ける台湾旅行のほうが気楽なんです」


「確かにそうなのかもしれませんが――」


「だから、竜蔵さんが僕を落第だと、そう評価してしまうのは分かってしまうんです。僕だって同じこと言いますよ。僕みたいな男が野菊にふさわしいはずもないって」


 だから――。


「だから、竜蔵さんの判断は妥当だと……悔しいことにそう思ってしまう僕もいるんですよ」


 着替えを終えたところで、そんな言葉をポツリと漏らす。


 それから、村岡さんに向かって頭を下げた。


「これまで、お世話になりました、村岡さん。野菊のこと、よろしくお願いします」


「重松様……」


「野菊はきっと立派になります。自分の道を自分で決められる――そんな人間になるはずです。だから……その時は、村岡さんには野菊の傍にいてほしい」


 そこまで言ったところで顔を上げる。


 それから、野菊の部屋をあとにする前に部屋の中を見回した。


 野菊の部屋は、お世辞にも女の子らしい部屋ではない。帝王学や社会学、経済紙に経営関連の書籍に溢れかえった、あまりに雄々しい部屋だった。


 家具だってシンプルな黒と白で統一されていて、機能的という言葉がよく似合う。


 だけど僕は、とても好ましい部屋だと思った。とても野菊らしい部屋だと思った。


憧憬(あこがれ)』を追って戦い抜く、そんな決意に満ち溢れている、そんな部屋。


 だから。


「さよなら、野菊。君の未来を、僕は応援しているよ」


 そんな言葉だけを残して、僕は花邑邸を後にする。


 * * *


 まあ、だからといって。


 こんな公約破りは、絶対に許すつもりはないけれど。


「だってそうだろ? 野菊」


『恋人同士ですること全部』していくと、初めて会ったあの日に誓った僕らなんだから。


 だから僕はスマホを取り出し、とある人物に電話をかけた。


「ああ、もしもし? 業務時間外にすみません、重松ですけど――」


 * * *


 そうして僕が『彼』と会ってきたところで。


「遅いわ。何をたらたらしているの、この駄犬」


 その日最後の『ビックリ』が、自宅マンションのリビングで待っていた。


「え? ええ!?」


「何を醜い声を上げているのかしら。私がいることがそんなにおかしいとでも?」


「いやあおかしいでしょ! なんで野菊が僕の部屋に上がり込んでいるの!?」


「家出をしてきたの」


「解雇されたので出てきちゃいました」


 ふっ、とどこか誇らしげに鼻で笑う野菊と、その隣でニコニコ笑う村岡さん。


「家出!? 解雇!?」


「それがですね、今回の件について苦言を呈しましたところ、旦那様から解雇されたのでお嬢様に雇い直していただいた次第でして……」


「なんですかその状況! ちょっと理解が追いつかないですよ!」


「ギャアギャア喚くのはよしなさい駄犬。少しは落ち着くということができないのかしら、この歩く騒音公害は」


「息するように罵倒する人が何か言っている……」


 突っ込む気力も足りなくなって、肩を落とす僕に、野菊が瞳に決意を宿して告げるのだった。


「私、決めたわ、駄犬。こうなったら戦争よ。お父様に目に物見せてやるんだから」

そういえばなんですが、感想返し滞っていて誠に申し訳ございません

広げた風呂敷を畳むのに必死で、目を通してはいるのですがなかなか返す気持ち的余裕が作れなくて……物語の目途がある程度ついたところでちゃんと返しますので!

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