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野菊に見せたかったもの

 マックで食事を終えたあとは、軽い雑談を交わしながらしばらく過ごした。


「今日はどうだった?」とか「たくさん歩いて疲れなかった?」とか「たまにはこんな休日もいいね」とか「またこうして過ごそうよ」とか、本当に何の変哲もない話だ。


 野菊は野菊で、「さんざんな一日だったわ、駄犬のせいで」とか「もう足がパンパンだわ、愚犬のせいで」とか「いいわけないでしょうこのワン公」とか「こんな苦行みたいな一日はもうたくさんだわ」と楽しげだ。言葉とは裏腹に満更でもない顔つきで、テーブルの下では嬉しい時と照れた時と恥ずかしい時と喜んだ時と怒った時につま先で僕の足を突っついてくる。


 ちなみに彼女はジャンボマックをあのあと五つほど追加で食べていた。思いのほか美味しかったらしい。すごい真剣な顔つきで、「カロリーと添加物の問題さえ解決すれば毎日これを食べられるのに……そうね、うちの料理人に女性向けの低カロリージャンボマックの開発を依頼しようかしら」とぶつぶつ言っていた。


 ジャンクな味は身分を越える、というのを僕は悟った。


「そろそろ行こうか」


 ある程度話したところで、店を出ようと腰を上げる。


 ちょうどそのタイミングで野菊のスマホが着信を告げた。


 スマホを取り出した野菊が、画面を眺めて眉をひそめる。


「今日はオフの日だと言っていたはずだったのだけれど……何か問題でもあったのかしら」


「電話?」


「ええ、会社の役員から。……少し話をしてくるから待ってなさい」


 どうやら、野菊が経営を任せられている会社からの電話らしい。この二週間の間に知ったのだが、彼女はなんと花邑傘下の企業の経営をいくつか任されているという。


 その経営の才覚もなかなからしく、若くしてすでにかなりの実績も上げているらしい。


 おまけに経営者として優れているだけではない。学校では学業も優秀でテストのたびに学年一位を取っているというし、運動神経だって決して悪いわけではない。まるで漫画やアニメの中から抜き出してきたかのような、絵に描いたような完璧美少女なのだ、花邑野菊という女の子は。


 今も、かかってきた電話に対して仕事の顔つきで対応している。僕の前では感情的だったりわがままだったりと歳相応な顔を見せるけれど、仕事の場では微塵もそんな振る舞いなどしたりしないのだろう。


 電話をしながら、野菊が『先に外で待っていてちょうだい』と少し申し訳なさそうに目で告げてくる。それに僕も軽くうなずいて、野菊の荷物を持って外に出た。


 * * *


 外に出ると、むわっと熱気が立ち上ってきた。


 夏も盛りだ。おまけに渋谷だ。日が翳ってきたとはいえ、コンクリートで造られたこの街にはどうしたって熱気がこもる。


 その熱を肌に感じながら、僕はふと、昔やめたタバコを吸いたい気持ちになる。なんとなく、電話をしている時の野菊の横顔が忘れられない。


「待たせたわね」


 そんなことを考えていると、野菊が不服げな顔つきでやってくる。


「別に、そんなに待ってないよ」


 そう返しながら腕を差し出すと、野菊が「ムッ」と唇を尖らせながらもおとなしく自分の腕を巻きつけてきた。


「下らない電話だったわ」


「そうなの?」


「ええ。予算案の承認に私の確認が必要だとか、そういう話よ」


 どうせ最終的に決裁を下すのはお父様なのにね、と野菊が肩を竦めて見せる。


「そっか。休みの日までお仕事、お疲れ様」


 そう労うと、野菊は嬉しそうにはにかみ笑いを浮かべて、だけどその顔を見られるのが恥ずかしいのか何なのか「ぷいっ」とそっぽを向いてしまった。


 そんな野菊の後頭部を見下ろしながら、今日は渋谷にやってきて良かったな、と僕は思った。


 彼女のほうから誘ってくれるデートでは、野菊はあまり表情を変えない。


 ビルの群れを見て、きょろきょろ見回したりとかしない。人ごみに「うっ」と眉をひそめたりしない。無口でパクパクとハンバーガーを食べたりしないし、そんな様子を見られた時に恥ずかしそうに文句を言ってきたりもしない。


 今日一日で色んな場所を見て回った。古着屋、雑貨屋、表通りに裏通り。街には色んな場所があって、色んな店があって、だから色んな人が集まる。


 そういうものを見て、野菊は何を思っただろう。何を考えただろう。


 それは僕には与り知れないものだろう。だけどそのことを想像してみると、なんだか嬉しくなってしまう僕だった。


「いったい何をニヤニヤしているの? 気持ち悪い顔つきね」


 そんな僕の表情を、野菊がそう言って見咎めてくる。


「いや、なんか嬉しくてさ。野菊が表情をころころ変えてくれてるのが」


「……べ、別に。そんなに変えていないでしょう?」


「ううん。古着屋で目を丸くして、『人の着たものを使い回すなんてまさに貧乏人の発想ね!』と驚いていた時の表情はなかなかだったよ」


「そっそんなこと叫んでいないわ!」


「そのあと、周りから白い目で見られたのがいたたまれなくなって僕の服で顔を隠し始めたのもかわいかったな」


「事実を捏造しないでちょうだい! 私はそんなみっともない真似はしないわ!」


「野菊こそ、事実を隠蔽するのはみっともないよ」


「くっ――まったく、口の減らない駄犬ねっ」


 むぅぅぅ、と野菊が不満げに僕を睨みつけてくる。


「……まあでも、よかった。いつも野菊が誘ってくれるデートだと、少し退屈そうにしてたから」


「気づいていたの?」


「まあ、うん。元気な時の野菊の罵倒はキレがいいからね」


「被虐趣味の発想ね。気色悪いわ」


「あとは、浮かべる表情が仕事をしてる時とちょっと似てるからね」


「…………」


 図星でも突かれたのか、野菊が痛そうな顔つきで黙り込む。


 だがすぐに、少し諦めたように目を伏せると、


「普段のものは、お父様のお膳立てして下さったデートだから……」


 と弱々しい口調で呟く。


「それって――」


 どういうことなのかな? と僕は口を開きかけた。


 でも彼女は、そんな僕の言葉を遮るようにして、「それより!」と言葉を重ねてくる。


「今はどこに向かっているのかしら? それとも今日はこれで終わり? 私の質問に答えることを特別に駄犬に許可してあげるわ」


 と、やや作ったような高圧的な口調で言ってくる。


 つまるところ、それは今の話題の終わりを告げているということで――追求を嫌う野菊の意志を尊重して、僕はそれ以上の問いを重ねることを諦めた。


 代わりに、せっかく野菊が許可をくれたのだからと質問に答えることにする。


「実は今向かっているところが、今日の一番の目的だったんだ」


「一番の目的? ならなぜ、こんな後回しにしたの」


「うーん、それはね。渋谷の街を見て、回って、色んなものに触れたり、色んなことを感じたりしてから見せたいなって思ったから」


 そこでようやく、目的の場所へ辿り着く。


 渋谷センター街に店を構える、その場所の名は、「サイバー・カフェテラスBUGAS(ブーガス)


 渋谷駅周辺ではもっとも規模の大きい、いわゆるインターネットカフェだった。

更新のペース落ちてきて本当にすみません

『野菊ちゃんかわいい』『野菊ちゃんと庶民デートしたい』などと思ってくれた方などいたら評価ポイント等投げて下さると作者のモチベが上がります

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