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体は正直

 そうして出会ったのが、花邑野菊その人であった。


 相性1000%の彼女の部屋へとつい三十分前にやってきた僕は、通された野菊個人の応接室(十七歳が個人の応接室を持ってるなんてすごい)で彼女と対面……もとい、イチャコラ……もとい、野菊の辛辣極まりない舌鋒に晒されている真っ最中であった。


「だいたいねえ。お父様もお父様よ。いくら日本の少子化に効果的な研究だからって、娘の私の遺伝子まで登録するなんて」


「そうだね。身勝手だよね」


「国庫から研究資金が四兆円も融資されているからお前も手伝ってくれだなんて、私としては知ったこっちゃない話だってのに」


「よんちょ……!?」


「……あら、鳩が銀球鉄砲を食らったような顔をしてどうしたの? 四兆は確かに大金かもしれないけれど、お父様の個人資産と比べれば十分の一ぐらいなはずよ」


「四十兆……」


 気が遠くなるような大金である。


 僕が何年働いたらそれだけのお金を稼げるんだろう。だいたい千二百五十万年ぐらい? あっ……気が遠く……。


「……はあ。ほんと、嘆かわしいわね。この程度の金額を聞いただけで気が遠くなるだなんて、ますます私の相手としてふさわしいとは思えないよ」


「……まったくだよ。僕だって驚いてる。まさか、僕の運命の相手が野菊みたいにとんでもない美少女だったってことに」


「なっ、ななななななっ」


 僕の言葉に野菊が顔を真っ赤に染め上げた。


「な――なにを言っているのよこの愚図犬! んちゅっ。所詮あんたも私の個人資産とお父様の後ろ盾だけが目的なのでしょう? ぶっちゅー。甘い言葉でこの私を騙せるなんて思ったら大間違いよ! ちゅっちゅっちゅっ。そもそも機械なんかの判断であんたと付き合ったりなんてこと、絶対にあるわけな――」


「野菊野菊。僕に口付けしながらそういうこと言っても説得力ないと思う」


「――ッ、ち、ちがっ、これは体が勝手に!」


 僕に抱きついていた野菊が慌てて離れ、両腕で自分の体を抱きしめる。


 こちらに向ける目はとろんとしていて、表情もとろとろにとろけている。メス顔というのがあるなら、きっとこういう顔のことを言うのだろう。


「くっ、この駄犬を見ていると体が勝手に……まるで細胞のひとつひとつが熱を持っているみたい……!」


「の、野菊……?」


「だ、ダメ、やめなさい! あんたの声を聞いていると、なんだか頭の中がふわっとして……あ、やだ、あんたの体臭だって嗅ぐとぼんやりしてきちゃう……」


「た、体臭って……」


 自分では分からないけれど、そんなに体のにおいキツいのかな? 地味にショックだ……。


「くうぅうっ、鎮まれ……鎮まりなさい、私の熱情! この男なんて、そうよ、駄犬よ。ただのワン公よ。私の胸先三寸で社会的地位をいくらでも動かせる程度の凡夫。ただのゴミ。道端の石ころと同じ程度の価値しかない、この日本社会に掃いて捨てるほどいる一般人よ!」


「ず、随分な物言いだな……」


 まあ、掃いて捨てるほどいるのは否めないけれど。


「ふ、くぅっ、そう、そうよ……こんな男相手に、こんなに身を焦がす必要なんてあるはずないわ。こいつはワン公、こいつはワン公、こいつはワン公、よし、だんだん落ち着いて――」


「野菊?」


「ひゃんっ」


 あ、野菊の肩がビクンと跳ねた。


「ねぇ、野菊」


「ひぅ」


「野菊ったら」


「はぅぅぅぅんっ」


 僕に名前を呼ばれるたびに、野菊がいちいちかわいらしく身もだえして反応を見せてくれる。


 そんな彼女の様子がなんとも愛おしくて、僕はついつい彼女の名前を何度も口にしてしまう。


「のーぎく?」


「ふぐっ……や、も、もうダメぇ……ゆるひてぇ……」


 そうやって何度も呼んでいるうちに、野菊がその場にうずくまってしまう。


 そして涙に瞳をうるうるさせて、僕の顔を見上げてきた。


 ――その瞬間、僕の頭の中に雷鳴が轟いた。


 恋に落ちる、とはよく聞く言葉だけれど、まさしくそれは『落下』の感覚そのものだ。


 これまでだって女性を好きになったことはあったつもりだ。だけど、それらの感覚も今僕が感じているそれと比べれば存在しないものだったに等しい。


 僕を見上げる野菊の視線に、僕はもうまさしくやられて(・・・・)しまっていたのだった。


「ぬぐっ、ふ、ぬあああああっ」


 野菊のように、僕はその場にへたり込む。


 今の僕は、細胞の全てが喜んでいる。遺伝子がひとつ残らず喝采を上げている。


 なぜならそれは、手の届くところに野菊という愛しい女性(そんざい)がいてくれるから。


 僕はへたり込んだままどうにか手を伸ばし――野菊の小さな手を取った。


「ひんっ」


 触れた瞬間、ビクンと野菊が反応する。


 だが拒絶するでもなく、触れた僕の手を彼女はそっと受け入れて――。


 どうやら、認めないわけにはいかないようだ。遺伝子の引力ってやつを。


 つまるところ。


 僕に恋人は存在したのだ。まさしく、相性1000%の。


 言葉は素直じゃないけれど、体は正直な花邑野菊という恋人が。

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