動揺が、丸出しですよ、野菊さん。
「……ところで」
と、おもむろに野菊が口を開く。
「この私を待たせてまで、あんたはいったいどんな下らない仕事をしてきたというのかしら?」
野菊の物言いに、僕は少しだけ――眉をひそめる。
彼女は彼女で待たされたのが不満だったのだと思う。だからそんな言い方をしてしまったんだとは思うんだけど。
「いいかい、野菊。世の中には、そうそう『下らない仕事』なんてないんだよ」
「はい?」
「例えばね。野菊からしてみたら、僕なんて庶民だし、世の中のほとんどの仕事が下らないことのように見えても仕方ないかもしれない。色んな会社の社長とか、会長とか、重役を見てきた野菊にとっては、一般的なサラリーマンなんてちっぽけな存在に見えるかもしれない。コンビニのアルバイトなんかは石ころですらないかもしれない。だけど、社長や会長も、重役も、サラリーマンも、コンビニバイトの店員も……どれも社会を回すためには必要な存在だと思うんだ。違うかい?」
「……それは、でも、仕事としての重要性が違うじゃない」
「そうだね。きっと野菊のお父さんのほうが、僕よりもきっと重要な仕事をしていると思う。でもだからといって『下らない仕事』なわけじゃない。違う?」
「……違わないわ」
それから野菊は少し俯いて、ポツリと言った。
「下らない仕事だなんて言ったのは、悪かったわ」
「分かってくれたから構わないよ。僕のほうこそ、むきになってごめんね」
そう言うと野菊がぷいっとそっぽを向く。そういう仕草は、いかにも歳相応の女の子だった。
「でもあんたが私を待たせたのは事実だわ」
「そうだね。待っててくれて嬉しいよ」
「なっ――あんたは、あんたはまたすぐにそういうことを!」
むっと唇を尖らせて、座ったまま野菊が不満を表すように振袖をパタパタと振った。
「なんって軽薄な男かしら! すぐに浮ついたことを口にして……どうせ誰にでも同じようなことを言っているのでしょう!?」
「そんなまさか」
ないないない、と僕は首を横に振る。
「ありえないって。っていうか無理。僕はほら、女苦手というか怖いし。二十七年彼女なしの名はダテじゃないし。実を言うと村岡さんにもすごい緊張しちゃうし。こうやって自然体で話せるのなんて野菊だけだよ。他は無理」
「――ッ、ふ、ふんっ」
僕の言葉に顔を真っ赤にした野菊は、その表情を見られたくないのか横を向きながら振袖で赤くなった頬を隠した。心なしか、振袖もぷるぷる震えている。
動揺が、丸出しですよ、野菊さん。重松太槻、心の一句。なんとも素晴らしい出来栄えであった。
「お嬢様。こちらからだと、ニヤけた口元が丸見えですよ?」
と、ちょうどそのタイミングで村岡さんが料理を運んでくる。さらにその後ろには、盆を手にした使用人の方々がいらっしゃった。
「お嬢様のあの表情」
「随分とぞっこんでございますわねえ」
「これはもう惚の字ですよ惚の字」
「ノロケて下さる日はいつかしら?」
「まあ、あの野菊お嬢様が素直にノロケたりする日がやってくるわけないじゃありませんか」
「そうですわねえ。いやはや、楽しみですわねえ、お嬢様の花嫁衣裳」
「白無垢がきっと映えますわ」
「教会式のドレスも捨てがたいですわ」
「あらやだ」
「あらやだ」
「どちらになってもいいように、今からお針子に準備をさせませんと」
そういって使用人の方々は密やかに囁き交わし……え、囁き? いや思いっきり普通に声聞こえてきてるけど……あ、野菊がぶるんぶるんと震え始めた。マッサージ機かな?
「黙らっしゃい! 無駄口を叩くようなら、お父様に言いつけて解雇するわよ!?」
耐えかねた野菊がとうとう爆発すると、使用人さん達が「きゃあっ」と嬉しそうな悲鳴を上げる。
やっぱ野菊は愛されてるなあ、と改めて僕は再確認したのであった。
すいません、一話辺りの分量が長いことにある程度投稿してから気づいたので、読みやすいように少々修正をいたしました
話自体は何も変わっておりません