愛しているだけ
カエルを口に突っ込んでいる描写があります。
苦手な人はご注意下さい。
…あんた、誰だい?急に入ってきて。今日は休業日って看板を下げてた筈だよ。
ーーーなに?呪いを解け?リリーに触れることはおろか、近づくことさえ出来ない?ああ、リリアーナ嬢のことで来たのか。彼女は確かに私の客だ。
しっかし、まともにあんたと顔を合わすの始めてだけど…ものの見事にリリアーナ嬢の言う通りの男だなあ。傲慢で人の話を聞かなくて、他人をモノのように扱う…ってナニ喚いてんの。
ーーーいや、無礼なのは認めるけど、あんた我が身を振り返りなよ。リリアーナ嬢にした行動を考えなよ。
…彼女はちゃーんと言ってたんだろ。嫌いだ、迷惑だ、つきまとうな、犯罪者って。ここまで露骨に嫌われてるのに、迷惑をかけ倒しているのに、相手に近寄ろうとするあんたのメンタルは異次元だね。むしろ、無礼なのはあんたの方だろうに。ホンット、彼女の苦労が偲ばれるよ。
ーーーえ、事実だろ。そもそもうちの店はあんたみたいに人の都合を顧みず、気持ちを受け入れることを強要する奴につきまとわれて迷惑している人が……。
ーーーふう、やっと静かになった。近所迷惑だろう。今は石蛙を口の中に突っ込んだだけだけど、次に暴れたら、体中の黒子から太くて長い毛が生えてくる呪いもかけるよ。
そう、呪いだ。私があんたにかけたのは対象に近づくと…この場合はリリアーナ嬢のことだね…近づいたら、筋力を奪うというものだ。
現に、あんたの屋敷から逃げ出したリリアーナ嬢を、使用人に命じて再度誘拐した時、体から力が抜け始めていたんだろう?それで、彼女を閉じ込めていた部屋に入った途端、立っていられなくなったか。リリアーナ嬢は、その隙に逃げ出した、と。
それにしても、あんたって本当に犯罪者だなあ。女の一人暮らしは危ないって言って、彼女を無理に屋敷に連れて帰ったんだって?そこでは彼女、貞操の危機を覚えていたって話じゃないか。危険なのはあんた自身だろう。トチ狂ったこと言ってんじゃないよ。
ああ、それにあんたの周りの人間から『こんなんじゃ、彼のとなりに立てない』って見当違いも甚だしいことを散々言われてたんだってね。言ってたよ。『あのルイス・カシアンの傍にいたいだなんて、露ほども思ったことはない。ゴキブリが100匹野放しにされている部屋で暮らす方がマシだわ』って。うん?なにか言いたいことがあるみたいだけど…
ーーーはあ。彼女は身分や容姿ではない、自分自身を見てくれたと。だから彼女は特別だと。とことん馬鹿だね、あんた。
身分って…彼女は結婚相手は釣り合いが取れる相手を探してたから、お貴族様なんて最初から視野に入れてなかったんだ。あと、容姿はそもそも好みじゃないだけだよ。『あんな男に珍しがられて付き纏われるんなら、他の女の子みたいに、騒ぐ振りをしてれば良かった』って吐き捨ててたけど。
なんか、あんたって自分の顔によろめかないだけで凄い特別なことだと思ってるみたいだけど…夢見すぎだよ。彼女は元からあんたに興味がない。嫌がっていたのは照れ隠しでもなんでもなく本気で嫌がって、気持ち悪いと思ってたんだよ。というか、彼女は何度もあんたにそれらを言ってたそうなんだけどね。
まあ、私も懇切丁寧に説明するのも疲れたし、ここらでお引き取り願おうか。
ーーーうん?リリーを愛してる?この気持ちは本物だ?そうだろうね、あんたはリリアーナ嬢を心から愛しているんだろう。…なんだい、その顔は。私をなんだと思ってるんだい。その愛が偽りだとは思ってないよ。
だけど、あんたは愛しているだけだ。大事にしていない。リリアーナ嬢をひとりの人間として敬うことをしていない。幸せにするって豪語してたそうだけど、あんたの思い描く幸せとリリアーナ嬢の望む幸せをいっぺんでもすり合わせたこともないだろう。
ああ、勘違いされたら困るから言わせてもらうけど、これはアドバイスじゃないからね。取り返しがつかないことに、そんな無駄なことはしないよ。そもそも、あんたとリリアーナ嬢の間には、なぁんにも芽生えてないしね。
紙のように白くなった顔が絶望に彩られるのを無感動に眺めながら、軽く指をふる。あっという間に男の姿はかき消えた。
身をもってうるさい口を塞いでいてくれた石蛙を撫でて労ってやる。
ーーーああ、終わったよ。リリアーナ嬢。追い返したし、呪いも仕上がった。もう、目の前に君がいてもあいつには君の姿は見えないし、声も聞こえなくなった。こういう、対象を限定する呪いは厄介でね。私の陣地に来てくれないと難しいんだ。…だけど、この国からは出るんだね?
ーーーそうかい。あの男に人間関係めちゃくちゃにされたか。それに、やっぱり同じ国にいるのも不安か。
不思議だよねえ。どう考えても迷惑行為、ただの付きまといなのに、誰も君の味方をしないなんて。『今まで誰にも興味を示さなかったアイツが、君を求めた。だから受け入れてやってくれ』とか『あんな素敵な人に思われるなんて素敵』とかも頭沸いてるね。君に迷惑かけていい理由にはならない上に、誰が素敵かなんて君自身が決めることだろうに。
ーーーうんうん、好きなだけ泣きなさい。辛かったね。怖かったね。好きな気持ちなんて微塵もないのに、照れ隠しだなんて言われて悔しかっただろう。『応えてあげないなんてひどい』なんて、どの口が言うんだろうね。嫌なものは嫌に決まっているじゃないか。あの男が嫌だと、気持ち悪いと感じた君はなにも間違っていないし、冷酷なわけでもないよ。
ーーーひどい嫌がらせを受けてたんだね。可哀想に。なのに、元凶は纏わり付いてくる悪循環か。心から惚れている相手の為なら頑張れるかもだけど、嫌いな相手だと、ただの災難だよ。
さあ、この札を持って。あのバカな男には呪いをかけとくけど、君の進む道には祝いが多いことを願うよ。
ただ好きなだけなら、子どもが力加減なしでぬいぐるみを抱きしめる感覚なのかなぁ、と。
もしくは、珍しい虫や動物を捕まえて、カゴに入れる感じかも。