真実の事実を探して
「毎朝に抜かれたか?」新宿駅の街頭ビジョンには「中田前総理逮捕へ…。」のニースが流れていた。彼はため息をつきながらキヨスクに駆け込み毎朝新聞を求めた。記事を速読し「あの時俺が書いていれば」と吐き捨てた。駅の喧騒の中に虚しくその声は掻き消された。山手線到着の構内アナウスが流れた時、背広のポケットの中で携帯のバイブが揺れた。
政治部長だった。「上杉今何処にいる」「部長ご無沙汰してます」「挨拶等はどうでもいい。見ただろう?毎朝のスクープ」「はい。やられましたね」「急いで出社しろ業務命令だ」「業務命令?退職届けはあの時に出したはずですが」「あれは俺が預かっている」「上杉あの時異動の辞令を渡したはずた」「社史編纂室副部長待遇?でしたつけ?あれの事ですか?」「そうだあそこに異動し病欠扱いにしている。わが社の嘱託医に診断書を頂いてな」「上杉だから君はわが社の今も社員だ。」「そんな」「無論給料も支給してる。知らないとは言わせないぞ。」「知りませんでした。別の口座老後の蓄えで生きておりましたので。」「今何処だ」「新宿駅です。」「直ぐに来い。」そこで政治部長の電話は切れた。
上杉は憤懣やるせない気持ちで新聞社に向かった。政治部長の立場もあるし、自らの人生の大半を過ごした会社でもあったからだ。
日報新聞社の玄関で政治部長内田は出迎えた。「よく来てくれたな上杉。」「まさか部長自ら玄関で出迎えとは意外でした。」「そのぐらいの事をしないと一年前の事もあるからな…。」内田は苦笑しながら上杉の顔を見た。上杉も内田に苦笑を返し「部長にはその折ご迷惑をおかけしました。」と言葉を返した。「上杉お前にそう言って貰えるとこちらも少しは気が晴れるよ。」内田は少し安堵の表情を浮かべた。
「部長室で話をしょうか…。」内田に促されて政治部長室に直接二人は向かった。「お茶を頼む」日報新聞社の政治部長は役員待遇で秘書室から専任の秘書が派遣されていた。「畏まりました内田取締役」秘書は二人に頭数を下げて部屋を出て言った。
「さっそくだが上杉…。辞令を交付する。」「辞令ですか?」「そうだ辞令だ。」役員待遇の政治部長自ら玄関先まで出迎え克つ辞令とはただ事ではない。上杉も緊張を覚えた。「辞令上杉直樹本日付を以て本社政治部主任キャップを命ずる。日報新聞社社主兼主筆鎌田一郎。」「政治部主任キャップ政治部No.2ですか僕が…。」「そうだそう言う話だ」日頃強心臓を自認する上杉も驚いた。「上杉お前さんの性格も考えると…。一年前の事もあり、腸が煮えくり返る想いがあるのは百も承知だ。蹴飛ばして帰られる覚悟は出来ている。お前がそうするなら俺も社を去る覚悟を決めている…。」「部長…。一年前中田の今回の事件の端緒を掴んだとき…。記事を握り潰し政治部から追放したのは他ならぬ社主でした…。本来なら退職のところ…。部長の必死の努力で社主の怒りを収め罪一等を減じ政治部追放で落着させた事も…。僕は辞表を出した身で今日までおりましたが…。籍だけは日報新聞社グループに残った形になっていた…。更に今の部長の言葉を聞いて…。僕は辞令を受けざるを得ません…。取締役政治部長内田雅也発令の辞令と思って受けさせて頂きます。」
「上杉恩にきる…。」内田は政治部長室の応接セットに手をついて深々と頭を下げた。「部長お止めください。」上杉は内田に頭を下げさせ今度は逆に内田に頭を下げた。「部長…。あの時は本当に申し訳ありませんでした。下手したら部長まで僕の巻き添えになる所を…。」政治部長室で頭を下げ合う二人…。浪花節の様な光景…。定年間際に近い男同士の姿があった。
「部長お待たせしました。」政治部長付きの女性秘書が戻って来た。「山崎さん…。紹介しておく…。上杉直樹政治部主任キャップ本日付の着任になる。」「初めまして上杉さん…。つかぬことをお伺いしますが…。スクープの上杉の異名を持つ上杉さん?」「そうだよ山崎さん…。こちらがあの有名な上杉さんだ。」部長の石田が困り顔の上杉に代わって応えた。
政治部長室でお茶を飲みながら石田は山崎秘書に確認した。「社主とのお約束は10時だったね?」「そうです部長」時計を見ると10時10分前であった。」「謁見ですか?」「そうだ謁見だ…。我が社恒例の謁見だ…。」社内で鎌田天皇と渾名される社主鎌田一郎は絶対的社内権力者であった。大手新聞社の社主兼主筆であり、全国の新聞社が加盟する新聞協会会長他財界の関係や政府関係審議会の委員などの要職をいくつか兼務する鎌田。謁見の間と別名呼ばれる社主室は本社ビルの最上階にあった。
エレベーターの中で上杉は一年前の事を思い出しでいた。内田の制止を振り切り鎌田に直談判を決意してエレベーターで謁見の間へ向かった事…。鎌田が不在でアポなし突入は未遂に終わり左遷された事…。
同じ会社の人間でも天上人の鎌田と下界に生息する自分の達の違い…。内田の心中苦悩…。最上階までノンストップわずか1分程度の時間…。目を閉じて考える間もないほどの時間が永く感じた上杉であった。
「政治部の内田と上杉です」「お待ちくださいご案内致します。社主…。政治部の内田部長と上杉主任キャップがいらっしゃいました。」秘書が案内して社主室の扉を開ける。「失礼致します…。」内田と上杉は扉が開けられた瞬間深々と頭を下げた。「社主畏まりました…。」秘書の声に顔を上げた内田が「あー…。」驚きの声を上げた。「どうしました。部長?」「上杉我々を社主は賓客待遇で迎えておられる…。」「そう言えば噂通りの…。」
鎌田一郎は通常社内の人間と会う場合には社主の椅子に座ったまま。応接セットの前に起立して迎えるのは賓客のみと上杉も聞いていた。
「二人ともさあ座りたまえ」「失礼致します…。」「上杉君一年ぶりだね…。あの折は大変君にはすまない事をした。鎌田一郎一生の不覚であった。許せこの年寄り…。君の言った様に孫娘可愛さに…。その想いが私にあった事は否定できない…。中田前総理の次男坊との結婚式があの1ヶ月後に控えていたのは事実ただ…。しかし後の1つ新聞協会会長の件は君の誤解だ…。」「社主…。聞いておられたのですか?あの時…。」「ああ全部な…。」上杉は顔面蒼白になった。「君が中田前総理の疑惑を追っていたのは内田君から聞いて知っていた。君が内田君だけに見せた取材メモの概要も報告を受けていたあの時点で…。君の取材メモから判断し記者としての力量からしても中田の疑惑は事実だ…。と僕も信じていた。あの時既に。」「君に中田疑惑のネタを流した人物R氏彼は某国の特務機関のエージェントだと僕は判断している。」「某国のエージェント?…。」「そうだ上杉君。根拠は中田前総理が現職の時代に遡る…。アメリカの当時の政権は中田を毛嫌いしていた。操り難いと言うか扱い難いと言うべきか?…。」「与し易い扱い易い相手でしかもそこに国家間の利害とアメリカの政権の中に中田内閣が崩壊すれば巨万の利を得る人物がいたとしたらどうなる?そしてアメリカと対立関係にある某国のエージェントが影で暗躍しているとしたら?上杉君…。」「主筆…。僕が相手の政権の中枢にいて同じ立場だと仮にしたら中田政権の崩壊を願うかも知れません。」「君が記事を書こうとした1年前…。中田はまだ現職の総理だった。中田の金銭スキャンダルはその時点で噂として国内各地で噴出末期的な内閣の状況だったが…。」「上杉君僕は某国発の中田疑惑であり我が国における国内各地の疑惑も某国の影響と言うかアメリカで利益を得ている我が国企業の凋落を願うアメリカの政権内部やロビースト…。更にはアメリカと対立する某国のエージェントが発火点…。君が社史編纂室にいる間に僕が調べたこれが結論だ。君の取材メモを手がかりに…。」「社主みずから調べた…。」「ああ…。これでも昔は政治部記者のはしくれだらな…。」「鎌田社主…。」「上杉君…。記事を書いてくれ思う存分…。スクープより価値のある記事をだ…。偽りの真実ではなく事実の真実をだ…。」「社主…。ありかとうございます。」上杉は目頭が熱くなった。
賓客待遇の高級なお茶お茶菓子をつまみながら上杉は決意を新たにした。偽りの真実ではなく、真実の事実追及のために