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あれから3年経ちました


 侯爵家ではお茶の時間になると、自然とサロンに集まる。誰にも顔を合わせない日もあるが、時間が合えば家族のうち誰かがいる。


 シュゼットも今日の勉強を終え、部屋からサロンへと向かった。暖かな光が差し込むサロンに入れば、普段いない人が椅子に座ってお茶を楽しんでいる。


「お義兄さま、今日はお休みですか?」


 驚いて声を掛ければ、ミゲルはシュゼットへと目を向けた。


「母上の用事が終わったところだよ。そのドレス、似合っている」

「この間、新しく作ってもらいました。少し大人っぽくて、変じゃないですか?」


 月日が経つのは早いもので、侯爵家に引き取られてからすでに3年経っていた。13歳の時に侯爵家に来た時には、痩せて小さかった体も今ではすっかり女性らしい丸みを帯びた。


 成長期に栄養がしっかりとれていなかったせいなのか、一般的な女性よりも小柄だ。だからいつも少し幼い感じのドレスを着ていたのだが、16歳になったのだからと用意されるドレスからフリルが減った。

 座るように促されて、シュゼットは浅く腰を掛けた。


「前のドレスも可愛かったけど、そうしていれば貴婦人だね」

「シュゼットはとても綺麗よ。肌もとても白いのだから、もっと見せてもよかったかもしれないわ」


 一緒にテーブルについていたセシリアが肌を見せることを嫌うシュゼットを揶揄う。セシリアは1年前、ミゲルと結婚して今ではシュゼットとミレディの義姉だ。


「セシリア義姉さまはいいですけど、わたしの体で肌を見せたって背伸びしているようにしか見えません」


 自分の胸元に目を落としてから、拗ねたように言葉を返した。胸元を大きく開けても、見せつけるものがない。


「うん。仲が良くてよかった」

「相変わらずミゲルは妹たちが大切ね」

「結婚前からそれはわかっていただろう?」


 シュゼットは軽い会話を楽しんでいる二人をじっと見つめた。


 あれこれとシュゼットの手助けしてくれるセシリアと二人の妹に甘いミゲルが結婚すると聞いた時は驚いたものだ。シュゼットが侯爵家に引き取られる前、ミゲルはセシリアと挨拶をする程度の関係だったらしい。ミゲルにしてみれば、セシリアはミレディの仲の良い友人でしかない。


 それがあっという間に結婚だ。恋心があると言うよりも、同志に近いのかなと思いながら仲の良い二人を見る。


「どうしたの?」


 セシリアがシュゼットの問うような視線を感じたのか、尋ねてきた。シュゼットは何でもないと、首を左右に振る。だがミゲルにはシュゼットが聞きたいことがわかったようだ。彼は楽しそうに笑いながら教えてくれる。


「僕にとって二人の妹は宝物のように大事だからね。その二人を大切にしてくれる人だから、セシリアを選んだんだよ」

「……そんなことを言ったら、セシリア義姉さまに嫌われますよ」


 シュゼットはあっけらかんと心情を吐露したミゲルに顔が引きつった。いくらなんでも、隠さなすぎだろうと思うのだ。ちらりとセシリアを見れば、彼女も平然としている。


「今さらよ。婚姻の申し込みが二人の妹を守ってくれそうだから、だったわ」

「それは流石に」


 シュゼットはもごもごと口を動かすが、いい言葉が出てこない。セシリアはシュゼットの反応に苦笑した。


「気にしなくていいわよ。わたしとしても彼はとてもいい結婚相手なんだから。彼以上の人はいないわ」

「そういうもの?」

「貴族の結婚は政略結婚だからね。個人の感情よりも損得が先なんだ」

「あらあら。ミゲルの場合は個人的な感情しかないと思うけど」


 面白そうにセシリアがからかう。妹大事のミゲルなのだから、そう言われても仕方がない。


「夫婦の愛は結婚後に育むものだよ。もしかして愛が伝わってないのかな?」


 ミゲルがさらりと当然のよう答えた。セシリアが驚いたようにミゲルを見た。どうやら初めて聞くことのようだ。


「え? ミゲルはわたしを好きなの?」

「やっぱり伝わっていなかったようだ。僕は君をちゃんと愛しているよ」


 ぽぽぽとセシリアの頬が染まっていく。ミゲルは妻の変化を楽し気に見つめた。シュゼットはやっていられない気分になってくる。二人の甘いやり取りに席を立った。


「……お邪魔虫は退散します」

「ああ、シュゼット。母上が都合のいい時間に来るようにと言っていたよ」

「ありがとう。これから行ってみるわ」


 シュゼットはため息をつくと、侯爵夫人の私室へと向かった。



******


 侯爵夫人である義母のケイティはシュゼットが訪ねると、すぐさま迎え入れてくれた。


「ああ、早く来てもらえて嬉しいわ」


 ケイティは普段侯爵家の切り盛りに忙しく、シュゼットと話すのも一緒に食事をする朝だけだ。ミゲルとミレディの母だけあって、とても大らかで優しい人だ。突然連れてこられたシュゼットに目を配り、色々と手配してくれていた。


「お義兄さまから呼んでいると聞いて」

「そうなのよ。あなたのデビューについて相談したくて」

「デビュー?」


 聞きなれない言葉に首を傾げる。ケイティは不思議そうにするシュゼットに驚いた顔をした。


「あら、いやだ。ミゲルに聞いていないの?」

「ああ、そういう事ですか。話す前に席を立ってしまったので」

「まったく、あの子ったら。いい加減、1年経ったんだから昼間からいちゃいちゃするのを控えてほしいわね」


 ケイティはどんな状態になってシュゼットがミゲルに話を聞けなくなったのか、すぐさま理解した。シュゼットは曖昧に微笑む。


「夫婦仲がいいことはよいことですから」

「そうかもしれないけど。まあ、いいわ。そこに座って」


 示された椅子にシュゼットは大人しく座った。ケイティの部屋の隅に控えている侍女が静かにお茶を用意した。


「簡単に言えば、貴族令嬢は16歳になると社交界にデビューする決まりなの。国王主催の夜会になるわ。デビューをすることで、成人貴族として認められるのよ」

「わたしが夜会に参加してもいいものでしょうか?」


 半分は面倒くささ、もう半分は未知なる世界に飛び込む恐ろしさで尋ねた。可能な限り参加したくないのが本音だ。


「本来ならば、5歳のお披露目をして、それぞれの家の交流に子供たちを連れて行って社交を学ぶのよ。だけど、シュゼットにはその機会がなかったわ。だからこの夜会を逃すわけにはいかないの」


 シュゼットはちょっと視線を落とした。これからのことを話されても、正直言ってよくわからなかった。侯爵家に引き取られて、洗濯屋で暮らしていた時よりもずっといい暮らしをしている。だけど、やはり育ちはあの場所で。自分がこれからの長い時間、貴族として生きていくことが想像できずにいた。


「シュゼット」

「はい」


 優しく名前を呼ばれて、顔を上げた。ケイティが穏やかな表情でシュゼットと目を合わせる。


「何が心配なの?」

「わたしは……」


 これは言ってもいいことなのだろうか。

 色々と手を差し伸べてもらっているのに、恩を仇で返すような行為のように思えた。


「一度、デビューを済ませてしまえばあとは自由よ」

「自由?」

「ええ。その後のことは好きに生きたらいいのよ」


 好きに生きたらいいと言い切ると、ケイティが安心させるように微笑んだ。


「誰とでも結婚できるし、結婚したくなかったら興味を持ったことをしたらいいわ」

「いいのでしょうか?」

「許されるわよ。ミレディだって好き勝手やっているじゃない」


 ミレディを引き合いに出されて首を傾げた。ケイティは不思議そうなシュゼットを見てあらあらと笑う。


「じゃあ、ちょっとだけ秘密を教えてあげるわ」


 そう言って、ケイティはシュゼットを連れて庭に出た。広い庭を迷いなく歩く。この先にあるのは小さな四阿(あずまや)だ。


「声を出さないでね?」


 悪戯っぽく微笑まれてなんだかよくわからない。促されるまま四阿(あずまや)を覗けば。


「――!」


 驚きに目を見開いた。そこにいたのは歩けないはずのミレディといつも彼女の側にいる護衛だった。ミレディは危なげなく歩いている。二人は楽し気に何かを語らっていた。時折、甘えるようにミレディが護衛の彼にすり寄った。彼も甘い笑みを浮かべてそんなミレディを抱き寄せた。

 いつも無表情で厳つい表情しか見せていない護衛の甘すぎる笑みに茫然とする。


「あの子、彼と結婚したいからずっと足が不自由なままだと思わせているのよ」

「結婚?」

「そう。ミゲルも許しているから、二人はそのうち結婚して領地に引きこもるわ。領地でミゲルの手伝いでもしながら社交界に出ることなく暮らしていくのでしょうね」


 好き勝手やっている。


 確かに義姉は自由に恋愛をしているようだった。幸せそうな二人の様子にシュゼットは不思議と暖かな気持ちになった。


「だからね、シュゼットも貴族の家に引き取られたのだからとか考えなくていいのよ。ミゲルが何とかするわ」

「お義兄さま、大変です」

「いいのよ。任せておきなさい。これぐらいで揺らぐような育て方はしていないわ」


 朗らかに笑うと、ケイティはシュゼットと一緒に部屋へと戻った。




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