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侯爵家の養女になりました


 たどり着いた先は、光あふれるサロンだ。ガラス張りで室内にはお茶が用意されている。


 丸いテーブルに綺麗に盛り付けられた菓子、そしてティーカップ。


 見たこともない美しい空間にシュゼットは居心地の悪さを感じた。シュゼットが生活していた場所とは明らかに違う。

 今すぐここから走って逃げたい気持ちだ。


 シュゼットの今すぐ逃げたい気持ちを理解しているのか、ローガンが腕をしっかりとつかんでいる。引きずられるようにサロンの奥へと進んだ。


「ようやく会えた」


 先に席についていた整った顔立ちの男性が立ちあがる。男性を見てシュゼットは固まった。驚きに目を見開き、彼の顔をまじまじと見つめる。


 男性はシュゼットと同じ銀の髪に紫の瞳をしていた。今まで自分と同じ色の髪と瞳に会ったことがなかったため、驚きを隠せない。不躾なほど、男を見つめた。

 そんなシュゼットの気持ちがわかっているのか、男性はふっと柔らかい笑みを浮かべる。


「よく来てくれた。ギャレット・ウィアンズだ。侯爵家の当主をしている」

「侯爵様?!」


 侯爵家当主、と聞いて飛び跳ねた。慌てて、地面に平伏しようと腰を落とした。


「膝をつく必要はない」


 慌てることなくローガンはシュゼットの腰に素早く腕を回し、支えた。今にもしゃがみこみそうなシュゼットを持ち上げるようにしているため足がやや浮いた。


 そんなことを言われても、とシュゼットは恨みがましくローガンを見た。


「さあ、椅子に座って」

「……失礼します」


 シュゼットは小さな声で断ってから、恐る恐る用意されていた椅子に腰を下ろした。シュゼットが座ったのを見てから、ギャレットは自分も腰を下ろす。ローガンはシュゼットの隣に腰を下ろした。


 3人が座ると、静かに側で控えていた侍女がお茶を淹れる。お茶が注がれると、あたりにふわりと優しい香りが漂った。

 ギャレットは緊張に顔をこわばらせているシュゼットを優しい目で見つめながら、どこか満足そうだ。


「早めに見つかってよかった。エヴァンス殿、ありがとう」

「いえ。職務ですから」

「実は今回の情報も外れだろうと思っていたのだよ」


 どうやらずっとシュゼットを探していたようだ。シュゼットは二人の会話を聞きながら、視線を落とした。二人は当然のようにシュゼットがウィアンズ侯爵家の血縁者だと認めているが、シュゼットにはそれがわからない。間違いであった時にどんな扱いを受けるのかと、恐ろしく感じていた。


「シュゼット」


 シュゼットが縮こまっていることに気がついて、ローガンが名前を呼んだ。そっと視線を上げると、ローガンがシュゼットの頭に手をのせた。やや乱暴な気もしなくもないが、頭が撫でられる。その手がするりと動き、髪を一房、指に絡めた。


「何も心配することはない。この髪の色と紫の瞳。この色はウィアンズ侯爵家の血を継いでいる証だ」

「そうでしょうか」


 ぼそぼそと答えれば、ギャレットは鷹揚に頷いた。


「色だけではない。君はね、弟の恋人にそっくりなんだ。だから間違いない」


 どういうことだろう。


 亡くなった母とシュゼットはまるで似ていない親子で、母であるゾーイに父親に似ていると言われてきた。ゾーイはいつもお父様に似ているわ、と優しい目をして大切に育ててくれた。もしかしたら髪と瞳の色を見てそう言ったのだろうか。

 疑問に思っても、聞くこともできずに黙っていた。


「どこから説明しようか。まずゾーイのことから話そう」

「ウィアンズ侯爵。俺はこれで失礼します」

「騎士団長にはよろしく伝えてくれ」


 ローガンは話が長くなると判断したのか、そう切り出した。ギャレットも特に引き留めることなく頷いた。シュゼットは不安な気持ちでローガンを見た。ローガンは優しい笑みを浮かべた。


「大丈夫だ。そのうちまた顔を見に来る」


 出来れば一緒にいてほしかったのに、ローガンはあっさりと帰ってしまった。たった数日、しかもあまり好印象とは言い難い関係であったが、知っている人がいなくなるのは心細かった。


「さて、では続けようか」


 ギャレットはそう言ってゾーイの話を始めた。


 ゾーイは子爵家の愛人の娘で肩身が狭い思いをしたこと、王宮で王女の侍女として勤めていたこと。王女が死ぬまで側で仕えていたが、王女の葬儀の後、行方が分からなくなったこと。


 知らない人の話を聞いているようだった。シュゼットは貴族令嬢としての母を知らないし、貴族のような暮らしも知らない。平民以下の生活をしてきた。

 ギャレットの語る母と自分の知っている母は全く一致しない。シュゼットには判断しようがなかった。


「……わたしの父が侯爵様の弟であるなら、父に会うことができるんでしょうか?」


 シュゼットが尋ねると、ギャレットはふっと寂し気に息を吐いた。 


「残念だが、君がお腹にいる間に死んでしまったんだよ」

「え?」

「当時、フロイドは騎士をしていてね。国境近くの砦に配置されていた。そこで起こった小競り合いで命を落としたんだ」


 シュゼットはようやく愛人の子であっても貴族令嬢であったゾーイが一人で苦労しながら自分を育てていた理由に思い当たった。結婚する前に妊娠し、しかも恋人は戦死。自分の実家を頼らなかったところを考えれば、シュゼットを生むことを歓迎されていなかった。


 結婚前であればそれも当然だ。シュゼットの生活していた洗濯屋でも、夫のいない母子が何組かいた。彼女達も女手一つで子供を育てるのは苦労していた。


 ゾーイが懐かしそうに宝石を見つめながら、ばらしていたのを思い出す。まだ小さかったが、あの頃は余裕があった。洗濯屋に来る前は宝石を売ったお金で生活していたのだ。シュゼットもゾーイに連れられて、小さな宝石を売りに行った。

 宝石がすべてなくなってから、あの洗濯屋に拾われて暮らすようになった。


 思わぬところから事実を知って、シュゼットの心は軽かった。ゾーイはシュゼットを生んで生活が辛かったかもしれないが、それでも沢山愛してくれていた。ゾーイがシュゼットに愛情を注いだのはそれだけ恋人を愛していたからだとすとんとおなかに落ちた。


「フロイドが亡くなった後、2年ほどしてからゾーイからの手紙を見つけた。フロイド宛だったため、封を切らずに片付けてあったんだ。そこで初めて君が生まれていたことを知った。慌てて迎えに行ったのだが、すでにその時はゾーイと君は住んでいた屋敷にはいなかった」

「ずっと探していたのですか?」


 シュゼットは唖然とした。ずっと探していたのであれば、11年だ。よく見つからなかったものだ。


「まさか王都の平民街にいるとは思っていなくてね。どちらかというと他国の方ばかりに目が向いていたんだよ」


 ゾーイとシュゼットは長い間、転々として暮らしていた。場所を移動するたびに生活は苦しくなっていった。何故、後からでも頼らなかったのだろう。ゾーイが貴族令嬢であるなら辛い生活だったはずだ。ゾーイが死んでしまっている今、理由を知ることはできない。


「ギャレット」


 話が途切れたところで、ギャレットが呼ばれた。シュゼットも思わず顔をサロンの入り口の方へと向ける。一人の女性が入ってくる。その立ち振る舞いと身に纏っている上質なドレスから、ギャレットの妻だと思った。ギャレットは妻を隣に立たせた。


「彼女が私の妻のケイティだ。君の義母となる」

「シュゼットね。ようやく会えたわ」


 ふわりとした柔らかな笑みを浮かべ、彼女は挨拶する。シュゼットは見たこともない上品な女性にぽうっと見とれた。貴族夫人とは自分とは違った生き物のように見える。触れたら壊れてしまいそうなほど、綺麗だった。


「子供たちは?」

「すぐにくるわ」


 そんな会話をしているうちに、サロンに誰かが入ってくる。シュゼットはケイティから再び入ってきた人に目を向けた。


「そちらがシュゼットですか?」


 シュゼットは驚きすぎて、声が出なかった。入ってきたのは車いすを押した22、3歳ぐらいの男性とシュゼットよりも2、3歳年上の女性だ。二人とも見事な銀髪に鮮やかな紫の瞳をしていた。


「可愛いわ。わたくしの義妹になるのね」


 女性もにこにこと嬉しそうに笑っている。


「シュゼット、紹介しよう。ミゲルとミレディだ。君の従兄姉になる。私たち4人とこれから一緒に家族として暮らしていこう」


 シュゼットの新しい生活が始まった。



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