断罪
マリウスはリオからの報告書を読んで、うっすらと笑った。
異母妹姫であるポーシャの仕出かしたことが事細かに報告されていた。
「殿下、悪い顔をしていますよ」
「悪い顔なのは元からだ。これを読んだらお前だって笑ってしまうだろうよ」
そういって側近である男に報告書を渡す。
「……他国の王太子の後宮から連れ出された寵姫を殺害しようとした、ですか。正気なんでしょうかね。連れ出された寵姫を保護して恩を売りつければよかったのに」
「バカな子供だと思っていたが、こうまで馬鹿だと気の毒になる」
「全然、気の毒がっていませんね」
くつくつと仄暗くマリウスが笑えば、側近はため息をついた。
「ですがこれって、戦争に発展するような案件ですよね。どうして無事なんですか?」
「リオが色々と動いてくれたらしい。それで皮一枚で助かったようなものだ。リオが寵姫の母の家令だった事実も大きいだろうな」
「戦争回避のため賠償金とか払うとなると、楽観視できませんけど」
「ポーシャを幽閉か処刑するのなら、食糧援助をしてもいいと書いている」
「……なるほど。こちらの事情も分かっているようですね」
「どちらにしろ、きっちりと罪を償ってもらうつもりだ。それが国としての姿勢だろう」
マリウスは酷薄な笑みを浮かべた。
「どの修道院へ幽閉するつもりですか?」
「修道院など生ぬるい場所に行かせるつもりはない」
側近は処理のために動かしていた手を止めた。顔を上げて、主の顔を見た。
「まさか」
「そのまさかだ。そうだろう? 戦争に発展するようなことをしでかしたのだ。本来ならば死刑だが、王族だ。王族が厳罰に処されるときは、あの島と決まっている」
「……あそこは一か月に一度しか荷物が持ち込まれない孤島ですよ」
側近はさりげなく確認した。言葉だけで、知らないと思ったのだ。だがマリウスが笑みを深めたので、知った上での提案だとため息をついた。
「生きていけますかね。確かに生きようと思えば快適かもしれませんけど。島は監視されていますが、中は自由ですから」
「食料も日用品も一カ月に一度は支給される。嗜好品さえある程度は許されている。孤島であるが、建屋は立派な離宮だ。生きていけるだろう」
「そうですね。ですが、使用人が誰一人いませんからね。自分たちでできるなら、という条件が付きます」
人々に傅かれて生活をしていた王妃と王女が自分たちの手で掃除、洗濯、炊事ができるのかは不明だ。だからこそ、王族にとっての厳罰の場所ではあった。
「今まであそこに幽閉された王族で生き残った人、いましたか?」
ふと気になって聞いてみれば、マリウスは肩をすくめた。
「過去に一人だけいたと聞いている。ただ、最期がどうだったかは覚えていないな」
「そうですか。可能性はあるんですね」
この会話はここで終了した。
******
小さな謁見の間には国王、王妃、宰相、そして大臣たちが揃っていた。国王の隣に王妃が立ち、向かい合う形でマリウスは立っていた。
昨日の午後、隣国から返されたポーシャが戻ってきたので、こうして集められたのだ。
すでにポーシャが隣国で起こした問題は知らされており、部屋の中は重苦しい空気に包まれていた。
マリウスは冷ややかな目で目の前にいる国王と王妃を見ていた。
マリウスは王太子であるが、王妃の産んだ王子ではない。他国の王女であった前王妃の産んだ王子だった。
王妃の産んだ子供はポーシャ一人であり、マリウスの母が王妃であったときは側室であった。あの手この手で国王を誑し込み、側室になった女だ。
出自は子爵家で、政治的な後ろ盾は弱い。そのために、側室であったのだが、運よくマリウスの母が死んだ。マリウスという王太子も存在していたことで、国王が側室を王妃に迎えたのだ。
側室としての彼女はとても華やかでありながら身をわきまえていたため、貴族たちにも人気があった。それゆえ、王妃としても問題ないと重臣たちも判断したのだった。
これだけの情報であれば、ごく当たり前の話だ。
ところがマリウスの母の死因が問題だった。前王妃は誰かに毒を盛られたことで死んだのだ。その毒が特定できず、5日間、毒に苦しんで亡くなった。
その毒はとても強力でありながら、じわじわと効くもので、全身赤く腫れあがり、死ぬまでの間、苦しいと全身を掻きむしりながら前王妃は死んでいった。
看病しながらも苦しむ様子を見ていたマリウスは母親に毒を盛った人間を絶対に許さないと心に誓った。
この毒を盛ったのが側室ではないかと疑いの目は向けられていた。ただ疑わしいだけで、証拠もなかった。それに今まで一度も側室が王妃に対して、何かをすることもなかった。
すでに毒を盛った犯人は捕まっており、黒幕ともいわれる貴族も捕まった。だがその中には側室が関わっていたという証拠は出てこない。
出てこないが、側室が本当の黒幕であることをマリウスは知っていた。何故なら側室本人がそう言ったから。ただ彼女のしたことは、処罰された貴族を誘導しただけだ。
殺してくれ、とは言っていない。
王妃様がいなければ、わたくしが王妃になれるのに、と囁いただけ。
勝ち誇ったように笑いながら、側室はマリウスに言った。
わたくしを何の罪に問いますか、と。
悔しさにどうにかなりそうだったが、かろうじて我慢した。王妃殺しという罪に問えないのなら、別の罪で排除してやろうと決めた。
同時に自分の父親にも失望した。側室を王妃に据えたことで父として見ることを辞めた。母親を殺したかもしれない女を王妃に据えるような男を父と呼びたくなかったのだ。
母親が亡くなって5年。
ずっと王妃を監視していた。できれば前王妃の殺害を認めさせたかった。だが、自分の美貌と手腕だけでのし上がった女に隙はなかった。
様子を伺うだけだった毎日だったが、その機会が巡ってきた。
マリウスが助けたリオによって、王妃とその娘を幽閉する理由を手に入れた。ポーシャの母である王妃は責任を取って娘と共に幽閉すべしと国王へ進言していた。
戦争回避の条件がポーシャの厳罰であるため、王妃にも責任を取らせて幕引きにしようと重臣たちが賛同する。王妃となった側室は重臣たちからの信頼はゼロだった。誰も厳罰に反対する人間がいない。
「何故ですの!? ポーシャの仕出かしたことではございませんか! 何故わたくしまで幽閉されなくてはならないのです」
自分自身の幽閉が決まりそうになった時、国王の隣に座っていた王妃は髪を振り乱して大声を上げた。それを冷めた目で国王は見た。
「ポーシャがあのような性格に育ったのはお前を見て育ったからであろう。母として責任を取るがいい」
「そんな! 育てたのは乳母たちでございましょう! 彼女たちを処罰してくださいませ」
必死に言葉を連ねるが、国王はため息をついた。
「注意すれば、そなたが王女に何をすると言って彼女たちを折檻しておっただろう? 儂はやり過ぎだと常々諫めていたと思うが」
「それは」
側室のこの残虐な性格が表に出たのは、王妃になった後だった。それまでは隠せる程度のものだったが、王妃となってこの国の権力を握ったと理解した後、隠すことがなくなった。
国王が諫めようが、重臣たちが諫めようが、聞き入れなかったのは王妃だ。王妃となった彼女を簡単に離縁することはできず、現在まで定期的に人員を入れ替えるなどして何とか体裁を整えていた。最近はその人員さえ、確保するのが難しいぐらいだ。
「これは決定事項だ。今、ポーシャも連れてくるから大人しく受け入れるがいい」
部屋の外から騒々しい喚き声が響いていたので、王妃は口を閉ざした。
「お父さま! この者たちを罰してくださいませ!」
扉が開き、騎士に拘束されながらやってきたポーシャは髪を振り乱して父親に訴えた。隣国から戻ってきた後、すぐに拘束されていた。ドレスを着替えることもなく、
「罰する? 何故?」
「王女であるわたしにひどい扱いをするのです! 死刑を求めます」
国王はため息をつくと、手を振った。騎士は一礼すると、声を封じるために猿轡をかます。うーうーと顔を真っ赤にしてポーシャは唸った。
「さて。お前は自分が仕出かしたことが理解できていないようだ。理解できるかどうか、わからないが説明をしよう」
視線だけで宰相に指示を出した。宰相は淡々とした口調で、これまでの経緯を説明する。この部屋にいる重臣たちと国王はすでに納得している話で誰も口を挟まない。
王妃はぎりぎりと唇を噛みしめながら、自分の娘の不出来さに憤った。ポーシャは説明されていても何が悪いのか、理解していなかった。母親に助けを求めるように視線を向ければ、恐ろしい形相で睨まれる。
ポーシャはその時初めて自分の行動がいけないことであったと理解した。ポーシャの中で一番怒らせてはいけないのは実の母親だった。
「戦争回避の条件が、ポーシャの厳罰だ。アンドリュー殿は心が広いので、ポーシャのみでよいと言っている」
「それでは……!」
喜色の声を上げたのは、王妃だ。娘は仕方がないが、自分は罰せられる必要がないとわかり、喜びがこみあげてきた。そのわかりやすい態度の変化に、国王はため息をついた。
「それでは我が国の誠意が示せない。そなたは王妃として、王女の母としての責任を全うするように。これは決定事項だ」
「陛下……!」
現王妃は縋るような声を上げたが、国王は見ることはなかった。騎士たちが現王妃を拘束した。ポーシャと共に王妃は部屋から連れ出された。
マリウスはその姿を見つめ、息を吐いた。
「お前の言う通り、あの女がお前の母を殺したのだろうな」
「陛下」
マリウスは後悔を滲ませる父親を見つめた。側室を王妃に迎えてから、マリウスは父を陛下としか呼ばなかった。何を言うべきか、迷っているうちに国王は立ち上がた。
「1年後、マリウスに譲位する。準備をするように」
「譲位? 陛下、それは……」
突然の宣言に、マリウスが口ごもった。
ちらりと重臣たちを見れば、驚きの表情を浮かべている者はいない。事前に知らなかったのはマリウスだけなのだろう。二人だけに責任を押し付けるだけではなく、国王としてのけじめなのだと理解した。
マリウスは国王に頭を下げた。
「承りました」
マリウスは自身の復讐を成し遂げたが、何とも後味の悪い物だった。
******
後日、ポーシャとその母は孤島へと送られた。二人で暮らすなら十分なほどの食料や日用品など運び込まれた。王族の二人が入ると言うことで、事前の掃除もしてあった。
翌月、食料の運搬係が孤島に入った時に二人の死亡が確認された。死体は無残な姿で、死後どのぐらい経っているのか、判明しなかった。
夜の執務室で二人の死を知り、マリウスは静かに目を閉じた。
Fin.




