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喜びと別れと


 オーフェリアの心配をよそに、男は気にした素振りもなく離宮に姿を現した。


「嘘……」

「何故? もう一度会いたいって言っただろう?」


 男はウィアンズ侯爵家の次男で、フロイドといった。銀色の短髪と紫の瞳をした体の大きな男だった。騎士団に所属しており、鍛えられた体をしていた。オーフェリアと並ぶとすっぽりと包み込んでしまうほど大きい。


「でも、わたくしと関わったら」

「心配してくれたのか? 嬉しいね」

「嬉しいとかそうじゃなくて……!」


 気持ちが伝わらないもどかしさに、オーフェリアは唇を噛みしめた。フロイドはくすくすと笑う。


「大丈夫だ。俺の家は侯爵家。王妃だってそう簡単につぶせない」


 少しだけヒヤリとした口調にリオは体から力を抜いた。この人なら大丈夫だと、不思議な安心感があった。幸せそうな笑みを浮かべるオーフェリアはとても綺麗で輝いて見えた。


 フロイドは時間があると、オーフェリアに会いに来た。二人はいつもサロンでお茶を楽しみながら色々な話をしている。天気が良い日には二人で小さな庭を散策していた。フロイドと一緒にいるオーフェリアはいつも以上に明るい表情で輝き、眩しいほどだった。


 オーフェリアがフロイドを知ると、同じだけリオも知っていく。年齢はオーフェリアの5歳年上で、23歳であるとか、兄がいて口うるさく注意されるとか。


 オーフェリアは毎日のようにフロイドの話をリオに言って聞かせていたのだ。外の世界を知らないオーフェリアはフロイドから聞く話がとても楽しいらしくいつもキラキラと輝いた眼をしていた。


 そんなある日、フロイドが騎士の正装でやってきた。オーフェリアは驚いた顔をしたがすぐに嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「初めて騎士の正装を見たけど、よく似あっているわ」

「ありがとう。今日はお願いがあるんだ」

「お願い?」


 オーフェリアが聞けば、フロイドは片膝をついた。オーフェリアが驚きに固まる。そんな彼女の手を取り、下から見上げた。


「オーフェリア姫。愛しています。私と結婚してくれませんか」

「フロイド」

「何も心配はいらない。君を守るから」


 きっとこの言葉を言うために、沢山の問題を片付けたのだろう。彼の視線はとても強かった。オーフェリアの瞳からぱらぱらと涙が零れ落ちる。透明な小さな粒はオーフェリアの頬を濡らした。


「嬉しい」

「オーフェリア」


 一枚の絵を見ているような美しさだった。リオは思わず感動で涙が浮かんでくる。ゾーイも隣で涙をぬぐっていた。これほど幸せな空間はないだろうと思ったほどだ。


 フロイドは婚約者となってから、可能な限りオーレリアと過ごすようになった。


 一つの季節が巡って、さらに次の季節になって。

 フロイドがこの離宮に出入りするようになって1年が経った。穏やかで優しい日々はこれからも続くように思えた。フロイドが言うように、王妃はフロイドには手が出せなかったようだ。だが、1年経っても具体的な話が出てこない。誤魔化すようにオーレリアは笑っていたが、本当は陰で泣いていた。


 婚約までは認められたが、婚姻が認められない。


 その裏にある事情は貴族がなんであるかよく理解していないリオには想像がつかなかった。婚約は国王の力で何とかなったが、婚姻は難しいようだった。心配しながらも、フロイドならどうにかするのだろうと心のどこかで思っていた。


 変わらない日々の中、フロイドは騎士として隣国との紛争が絶えない辺境へと行くことになった。

 フロイドは近衛騎士とだと聞いていたので、辺境に行くと言われて驚いた。


「不思議か?」


 リオの驚いた顔を見たフロイドは目を細めて笑った。


「だって」

「普通はそう思うだろうな。だが、これが交換条件なんだ」


 何の、というのは言われなくても分かった。フロイドはいつもの甘やかな目ではなく、どこか冷ややかな目をした。


「すぐに帰ってきますよね?」


 フロイドは騎士だ。何も特別なことではない。


 そう思うのにリオの中から不安は消えなかった。


「リオ」


 普段のフロイドとは違った雰囲気に、リオが不安そうに見返す。


「はい、フロイド様」

「これを君に預けておく。もし、オーフェリアに何かあったらこれを持ってウィアンズ侯爵家に駆け込むんだ」


 そう言って渡されたのは一つの首飾りだ。細いチェーンの先に宝石がついている。リオは手のひらに乗せられた宝石を注意深く見た。


「ウィアンズ侯爵家の紋章が入っている。絶対に誰にも見せずに持っておいてほしい」


 確かに紋章が刻まれている。リオは戸惑いながら、顔を上げた。彼の表情が見たことのないほど厳しいものだった。先ほどまでの幸せそうな色はどこにもない。


「必ず生きて帰る。だけど万が一の時は」

「姫様は知っているのですか?」

「……気がついてはいるだろう」


 どこか苦しそうな表情で頷いた。オーフェリアは人とあまり接しないせいか、のんびりとした雰囲気があるが馬鹿ではない。自分の取り巻く状況は理解している。


「フロイド様、ちゃんと姫様の所に帰ってきてください」

「リオ」

「それまで僕は姫様を守っています。ですから」

「ありがとう」


 フロイドは大きな手でリオの頭を撫でた。男の手は剣を持ちなれた手だった。不安に思うことのない手だ。大丈夫だと、必ず戻ってくると強く信じた。


 リオがフロイドを見たのはこれが最後だった。

 フロイドは辺境に行き、そのまま帰ってこなかった。戻ってきたのは彼の死亡通知だった。形見なのか、血だらけの指輪が送られてきた。その指輪をオーフェリアは握りしめて胸に抱きこんだ。


「フロイド……」


 わかっていたのか、フロイドの死亡を知ってもオーフェリアは取り乱さなかった。両手で指輪を握りしめ、目をつぶる。どれくらいたっただろうか。オーフェリアが目を開けた。


「この子はお父さまを知らないで生まれてくるのね」


 少しふっくらした腹を撫でながら、そう呟いた。オーフェリアは妊娠していた。感情が抜けてしまったような顔で優しく腹を撫で続けていた。


「姫様」

「わたくし、わかっていたの。きっと王妃様が許さないだろうって」


 それはオーフェリアの懺悔だった。


「でも彼は大丈夫だって手を伸ばしてくれた。嬉しかった。本当は彼の手を取ってはいけなかった」

「そんなことはありません! フロイド様はいつだって姫様を……!」

「愛して愛されて幸せだった。それが……許せなかったのかもしれないわ」


 オーフェリアはそれっきり話そうとしなかった。


 フロイドがいなくなって、3か月後。流行り病で国王が亡くなった。オーフェリアのお腹も大きくなり、あと2か月ほどで子も産まれそうな時だった。


 国王の葬儀と新国王の即位の忙しい合間を狙って、オーフェリアは王宮にある離宮から追い出された。王宮は新国王の家族が入るからというごく当たり前のように思える理由だった。


 出産まであと少しというところだった。


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