オーフェリアの立場
「ドレスのお届けに来ました」
そう言ってやってきたのは、国王付きの侍女ジョアンナだった。オーフェリアはすぐさま彼女を室内へと招き入れる。毎月同じ日に、ジョアンナはこうして国王からの贈り物を持ってくる。
「お父さまから?」
「はい。陛下がお選びになった品でございます」
ジョアンナがにこりと笑って伝えれば、オーフェリアは嬉しそうに微笑んだ。
「お父さまにありがとうと伝えてくれる?」
「わかりました」
リオは国王からの贈り物だと言うドレスと宝石を見て、目を丸くした。見ただけでも素晴らしい仕立てのドレスであったが、普段オーフェリアが着ているドレスとは趣が異なっているのだ。似合わないとは思わないが、印象がまるで違う。
「リオは不満そうね?」
オーフェリアがくすくすと笑うと、リオはばつが悪くなった。リオも特に女性のドレスや宝石に詳しいわけではない。なんとなく似合う、程度の判断しか持たない自分がケチをつけるのはおかしいと思っていた。
「お父さまはね、まだお母さまを忘れていないのよ」
よくわからない言葉を言われて、リオは困ってしまった。オーフェリアもそれ以上は説明するつもりはないのか、ジョアンナと話し込んでしまう。僅かな引っ掛かりを覚えながらも、リオは黙って部屋の隅に控えていた。
そんな優しい生活に変化があったのは、オーフェリアも参加義務のある夜会の後だった。
夜会の準備中、新しいドレスを着たオーフェリアは年頃の娘のようにはしゃいでいた。
今日のドレスは先日国王から贈られたドレスだった。オーフェリアは寒色系の色を選ぶことが多いのだが、国王が贈ったドレスは柔らかいオレンジ色のドレスだった。薄い布を重ねており、白のレースも沢山使われたドレスは花のようだった。
滅多に離宮から出ることのないオーフェリアを見送り、ハワードと二人離宮で留守番をする。侍女のゾーイと護衛のマーカスはオーフェリアに付き従った。
初めて二人きりになり、リオは気になっていることをハワードに聞くことにした。ずっと聞きたかったが、なかなか機会もなく、また聞いていいものかどうか悩んでいたのもある。
「ハワードさん」
「何かな?」
「どうして王妃様は姫様を嫌っているんですか?」
言葉を選ぼうと思ったが、思っていたことがそのまま出てしまった。しまった、と思ったが一度零れた言葉は戻ることはない。申し訳なくて、体をすくめれば、ハワードは呆れたようにため息をついた。
「少しお茶でも飲もうか。淹れてもらえないか?」
そう言われて、リオはお茶を用意する。ハワードの前にカップを置いてから自分も席に座った。
「国王陛下はオーフェリア様の母君と恋に落ちたからだろうね」
「側室なのだから、そういうものでは?」
「オーフェリア様の母君の身分が隣国の王女でなければまだよかったかもしれないが……身分も自分よりも上、陛下の愛も奪われて当時はとても荒れていたよ」
側室を娶るのはほとんどないそうだ。ただ、国益にかかわること、跡取りが生まれないことや他国との外交で必要になった時は認められる。オーフェリアの母が側室になったのは、元々は外交ありきの政略結婚だった。
ところが、嫁いできた15歳のオーフェリアの母を見て、国王は年甲斐もなく恋に落ちた。二人の年の差は15歳もあったにもかかわらず、国王は人目を憚らず側室を寵愛した。
側室は17歳でオーフェリアを生み、22歳で亡くなった。王妃からの冷遇はこの時から始まる。
「陛下は手を差し伸べてくださらないのですか?」
「後宮は王妃の支配下だからね。その上、陛下にも問題があった」
「問題?」
「そう。年を重ねるごとに美しく育つオーフェリア様は側室様によく似ていらした。その姿を見るのが辛いのか、幼い頃はまだ顔を見に来ていたが、ここ数年は全くあっていない」
それでも月に一度必ずにドレスや宝石が届くのだから、愛情はあるのだろう。
「オーフェリア様の嫁ぎ先が決まればいいのだが」
王妃様の目があるため、なかなか難しいとハワードは結んだ。内情の話を聞きながら、オーフェリアが戻ってくる時間となった。
「姫様?」
リオは驚いて思わず声を掛けてしまった。夜会に出席したオーフェリアは頬を上気させて戻ってきた。どこか熱に浮かれているようにも見える。
美しいがどこか人形めいたオーフェリアが人間になったような様子に驚いた。
「ああ、ごめんなさい。ぼんやりしてしまって……」
そう言いながらも、目は潤み頬はバラ色に染まっている。初めての変化にリオは戸惑った。
「オーフェリア様、それほど素敵でしたか?」
夜会に付き従っていたゾーイがいつまでも夢見心地のオーフェリアに呆れていた。ゾーイはどうやらオーフェリアがこうなってしまった原因を知っているようだ。リオは首を傾げてゾーイの言葉を拾って繰り返す。
「素敵? 何が?」
「オーフェリア様はね、恋に落ちたのよ」
ゾーイは秘密を明かすように教えてくれる。それを聞いたオーフェリアが顔を真っ赤にした。
「恥ずかしいから言わないで!」
「ですが、これはオーフェリア様にお仕えする者は知っておくべき情報ですわ」
すまし顔で言われて、オーフェリアは固まった。しばらくそのままだったがすぐに肩が落ちる。
「……彼とはこれ以上、何もないわよ」
その諦めたような呟きに、リオはどういうことかを目でゾーイに尋ねる。ゾーイはわずかに顔をこわばらせたがすぐに笑顔を浮かべた。
「そんなことありませんよ。あれほど熱心にオーフェリア様を口説いていたんですもの。すぐに面会のお申し出があります」
ああ、そうか。
リオはようやくオーフェリアの不安も、ゾーイの慰めも理解した。
オーフェリアは王妃に疎まれている王女だ。王妃は非常に我の強い人で、この王宮で出世を望むのならオーフェリアに近づくのは得策ではない。将来が潰れる可能性がある。
オーフェリアが18歳にもなって未だ婚約者の一人もいないことからもこのまま飼い殺しにするつもりだ。先ほどハワードに教えてもらった現状に胸が痛んだ。
「いいの。今日は素敵なあの方とダンスができたわ。それだけで十分よ」
悲しい笑みを浮かべながら、オーフェリアは呟いた。




