出会い
ここからメインがリオになります。
胸糞注意です。
リオの過去とポーシャの結末です。救いはありません。ひたすら暗いので、苦手な方は回避してください。
初めて王女に会ったのは、10歳の時だった。伯爵家の子息でありながら、侍女を母に持つリオは伯爵家にとって厄介者だった。
母が生きていた頃、伯爵家の離れでの暮らしはまだ辛いものではなかった。慎ましやかに息を凝らすような生活だったが、リオの母はいつも笑顔でリオに愛を注いでくれた。8歳になった時、母が亡くなった。ただの風邪であったが、薬が手に入らずあっという間に死んでしまった。
一人残されたリオは母の葬式の後、本宅で暮らすことになった。そこで待っていたのは地獄のような日々だった。本妻と異母兄弟による罵倒と暴力は優しい環境で暮らしてきたリオにとってとても辛いものだった。
黒で塗りつぶされていくような毎日を送っていたリオはある日、綺麗に着飾って父親と共に出かけることになった。特に話すこともなく一つの馬車に乗る。馬車が止まったのは王宮の一角だった。
初めて見る王宮に目を奪われながら、急かす父親の後をついていく。小さな部屋に通された。そこにいたのは厳しい雰囲気を持つ老齢の男性だった。
「こちらがご子息ですか」
「はい。教養もほとんどありませんが本当によろしいのでしょうか?」
伯爵が念を押すように確認する。老齢の男性は頷いた。
「問題ございません」
そんな簡単なやり取りの末、リオは置いていかれた。伯爵は一度もリオを見ることなく去っていく。その後姿を何の感情も浮かばないまま見送れば、老齢の男性が口を開いた。
「ついてきてください」
「はい」
これから自分がどうなってしまうのかわからず不安が押し寄せてきた。わかっていることは、リオは父親に捨てられたということだ。元々いらない子供だった。本邸に引き取ってくれはしたが、邪魔だったのだろう。毎日の暴力に、早く伯爵家から出たいと思っていたけど、捨てられた現実は思っていた以上に辛かった。
色々と聞きたいことがあったが、案内している老齢の男性に聞くのは憚られた。言われたまま、黙って彼の後ろを歩いた。
「今から向かう場所は王女殿下の離宮です。粗相のないよう気を付けるように」
王女殿下、と言われて、リオはびくりと体を揺らした。そんな身分の高い人の所に行くとは聞いていなかった。
「少しだけ事情を話しておきましょう」
そう前置きして男性は歩きながら話し始める。
「王女殿下の母君は、隣国の姫君です。現在の王妃様ではございません」
リオは口を挟まず耳を傾けた。現国王には王妃の産んだ3人の王子がいる。たった一人の王女は側室の娘であることは平民にも知れ渡っていた。
「王女殿下の母君はすでにお亡くなりになっておりますが、王妃様は王女殿下を快く思っておりません」
なんとなく理解した。
リオが置かれている状況と恐らく変わらない。身分が異なっていても、人間の感情というのはきっと変わらないのだろうと悲しく思う。
まだ見ぬ王女にリオは大いに同情した。
「ですから、王女殿下につけられる使用人は身分が低いものが集められています。くれぐれも王妃様に隙を与えないよう自分を磨きなさい」
「はい」
自分を磨く、というのがよくわからなかったがリオは胸の内で言葉を繰り返し呟いた。
連れてこられた離宮は他の建屋に比べて小さく、そして広い王族専用の庭の隅の方に隠されたようにひっそりと建っていた。
「新しい使用人を連れてきました」
男が護衛に声を掛けると扉が開く。リオはドキドキしながら離宮に入った。離宮に入り、サロンへ連れていかれれば一人の女性が椅子に座って待っていた。
「王女殿下、連れてまいりました」
「爺、ありがとう」
王女は老齢の男性を労うと、にこりとリオに笑みを見せた。
「初めまして。わたくしがオーフェリアよ。よろしくね」
オーフェリアはこの時17歳で、今にも消えてしまいそうなほど色素が薄い女性だった。抜けるような白い肌に赤みの少ない頬、唇もほんのりと色が差している程度。髪はプラチナブロンドだ。唯一濃い目の色を持つのが、深みのある藍色の瞳だった。
美しい姿と優しい瞳にリオはぼうっと見とれた。反応しないリオにオーフェリアは悲しそうな顔をした。
「わたくしに仕えさせてしまってごめんなさいね」
「と、とても嬉しく思っています!」
頭を下げたオーフェリアにぎょっとしてリオは叫んだ。
普通に出世を考えるのなら、王妃に嫌われているオーフェリアを主にするのは不満だろう。だが、リオはこの優しい王女に仕えたいと思った。
「家令として扱ってほしいと言われているけど……やったことある?」
おっとりとした口調で聞かれて、リオは困った顔をした。伯爵家の子息と言いながら、リオは最小限の教育しか受けていない。オーフェリアは黙ってしまったリオに理解したように頷いた。
「では、爺について教わってね。剣術は護衛のマーカスに習ったらいいわ」
護衛と聞いて視線を巡らせれば、サロンの隅に一人の男性がいた。目が合えば、少しだけ会釈される。慌ててリオも頭を下げた。
「よろしくお願いします」
こうして家令の見習いとしてリオはオーフェリアに仕えることになった。
オーフェリアに仕える使用人は侍女のゾーイ、護衛のマーカス、家令のハワードの3人だ。そこにリオが加わった。リオよりも身分の上の使用人達であったが、指導は厳しいものの優しく温かかった。
離宮での生活は緩やかであったが、1年も経てばリオもそれなりに見られる様になってきた。家令としての立ち振る舞いも、剣術も及第点は取れていないが、それでも成長していると褒められる。
リオは伯爵家にいた頃よりも楽しく生活していた。母親が亡くなってから、これほど楽しく充実した日は初めてだ。
「リオは真面目ね。もう少しゆっくりでもいいのよ?」
11歳になった時、オーフェリアはくすくすと笑って揶揄ってくる。オーフェリアはほとんど表に姿を現さず、この離宮で生活していた。オーフェリアよりも年下のリオと会話することがとても楽しそうだ。オーフェリアは離宮に閉じこもっているせいか、使用人との距離が非常に近かった。
リオは笑ったオーフェリアを見るのが好きだった。人形のような顔が少しほころんで、周りの空気を温かくする。
「姫様、お味はどうですか?」
猛特訓の末にハワードから合格をもらったお茶をオーフェリアに飲んでもらう。オーフェリアは一口、飲むとにっこりと笑った。
「香りがいいわ。温度もちょうどいい。とても美味しい」
「そうですか?!」
嬉しくてついはしゃいだ声を上げれば、オーフェリアも嬉しそうだ。
リオはそんな優しい日々がいつまでも続けばいいと思っていた。




