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寵姫から王太子妃へ



 ウィアンズ侯爵家の家族に励まされ、ケイティとジョアンナによって徹底的に教育されて今日という日を迎えた。


 オーフェリアの離宮で求婚されてから1年半。


 半年はアンドリューに所構わず口説かれ、最後には根負けした。元々、嫌いではない。意地悪の時もあるが基本的に優しい。シュゼットの性格もよく理解している。公の場では淑女を演じているが、後宮に戻って普段の態度になっても咎めない。


 アンドリューの側にいるのは、なんとも居心地がいい。


 その居心地の良さと、アンドリューの基準を満たす令嬢がいないのもあって、正妃になってもいいかもと思うようになっていた。


 貴族たちの反発を覚悟していたが、それもほとんどなかった。アンドリューの結婚はミレディとポーシャの2度も流れたことで、周囲はかなり寛大になっていた。


 既にアンドリューも26歳になろうという年齢だ。身分さえ整っていれば、アンドリューの希望通りにしようというのが大臣たちの共通の認識だったらしい。

 それでも従兄妹という間柄で、と思わなくもないが、シュゼットの母が国王の異母妹であることはほとんどの貴族が知らない。


 婚儀の日、朝から準備ですでにシュゼットはふらふらだった。

 数人の侍女に全身を磨かれ、オイルやらクリームやらをたっぷりと擦りこまれた。コルセットもいつも以上にきつく締めあげられる。


「く、苦しい……」

「我慢してください。もう少し締めます」

「いつもと同じぐらいでは駄目なの?」

「普段は緩すぎるのです。大抵の令嬢はこれぐらい締めます」


 普段が緩すぎると言われて、シュゼットは黙った。一日の我慢だと言い聞かせて。


 この日のために用意されたドレスは白で、引き裾が恐ろしく長い。王太子妃となるのだから長いのが普通らしい。

 白地に白の刺繍が施され、透けるような繊細なレースもふんだんに使っていた。背中は大きく開き、腰には大きめのリボンが結ばれている。首と耳に王太子妃である証の宝飾品をつけた。これまた引きずるほどのベールを被り、美しいティアラを飾る。


「シュゼット」


 準備が終わると、アンドリューが入ってきた。アンドリューは王太子の正装をしている。普段は黒を着ることの多いアンドリューが白の正装だ。

 夜会などでも正装した姿を見ていたが、それ以上にキラキラしていた。シュゼットはぼんやりとアンドリューを眺める。


「シュゼット?」


 反応を返さない彼女にアンドリューが近づいた。


「大丈夫?」

「え、と」


 至近距離でアンドリューを見つめてしまい、シュゼットは狼狽えた。突然、夢から覚めたような気分だ。場違いなところにいるような違和感に、シュゼットは青ざめた。


「わたし、帰る」

「行事が終わったらね」


 混乱したシュゼットを落ち着かせるように、アンドリューが優しく抱きしめた。その温もりに、少しだけ体から力が抜ける。


「王太子との結婚がこれほど大変だとは思っていなかったわ」


 抱きしめられたままぼそりと呟けば、アンドリューは笑った。


「側室と違って、国民に結婚を知らせないといけないからね。各国からの招待客も多い」

「……頑張れないかも」

「シュゼット、大丈夫だ。私だけをずっと見ていて」

「でも」


 アンドリューは抱きしめていた体を少しだけ離すと、そっと瞳を覗き込んだ。


 緊張で世の中が終わりそうな表情をしているシュゼットとは違って、いつもと変わらない柔らかな笑顔。

 結婚式だからなのか、少しだけ嬉しそうな色さえも見える。


「これから婚儀を行って、国民への報告。それが終われば、晩餐会だ。シュゼットの好きなお菓子が沢山ある。今回は他国からも沢山の招待客が来ているから、珍しい菓子も多く取りそろえた」

「お菓子」


 シュゼットの意識が結婚式から珍しいお菓子へと逸れた。シュゼットが落ち着くのを見ながら、アンドリューは魅力的な情報をシュゼットに吹き込む。


「あれは何だったかな? 焼き菓子ではなかった。少し弾力があって……あのような食感の菓子は初めて食べたけど……」

「アンドリュー様は食べたの?!」


 信じられない気持ちでシュゼットは声を上げた。試食をする機会があったのなら、持ってきてくれてもよかったのではないかと、アンドリューを責める。


「……殿下。そろそろ」


 ローガンが笑いを押し殺しながら、促した。アンドリューは頷くと、シュゼットの腰に腕を回す。ゆっくりとした足取りで歩けば、後ろに控えていた侍女たちが手早くドレスの裾を直した。


「ほら、笑顔」

「わかっている」


 ぎこちない笑みを何とか浮かべた。

 大きな聖堂に移動し、伝統に従い結婚式を挙げた。国の貴族はもとより、交流のある国からは、お祝いに使者が来ていた。沢山の人々に見守られての式は絢爛豪華で現実味がない。ガラス一枚向こう側にいるような感覚のまま進んでいく。


 式が終われば、国民へのお披露目だ。機嫌のよいアンドリューに手を引かれ、バルコニーに立った。驚いたことに、祝福に駆け付けた国民は多かったようで、遠くの方まで人が集まっている。


 アンドリューは何かを思いついたように、身をかがめた。シュゼットは近くなった彼の顔を不思議に思う。アンドリューのにこやかな笑顔が、少しだけ意地悪なものになる。


「アンドリュー様!」


 彼の意図を察したシュゼットが軽く彼の胸を押したが離れるわけもなく、顔を寄せシュゼットの唇に軽くキスをした。集まった国民たちから、どよめきと祝福の声が上がる。


 大勢の人前でキスをされたシュゼットは顔を真っ赤にした。


「や、やりすぎ!」

「そう?」

「こんなにも人がいるのに……」


 狼狽えるシュゼットを楽し気に見つめ、アンドリューがそっと囁いた。その囁きに、シュゼットが固まった。信じられないものを見るようにアンドリューを見つめる。


「愛しているよ」

「な、なんで今?!」


 もう一度、はっきりとアンドリューは伝える。ようやく現実に戻ってきたシュゼットが抗議する。アンドリューは困ったように首を傾げた。


「伝えるのを忘れていたんだ」

「そういうのは……忘れないでください」


 真っ赤になって、俯いた。アンドリューは頬を両手で挟んで自分の目と合わせる。


「シュゼットは? 愛を返してくれないの?」

「う……ここでですか?」


 恥ずかしさに心臓が恐ろしい速さで鼓動する。アンドリューは笑顔で頷いた。言葉にすればほんの少し。でもこんなみんなが見てる前で告白だなんて、恥ずかしくてどうにかなりそうだった。


 シュゼットは考えて考えて、彼の首に両手を回し、そっと口づけた。

 アンドリューに抱きついてキスを返したことで、見ていた人々がどっと沸いた。その声を聞きながら、唇を離した。


「二人になったらちゃんとした言葉が欲しい」


 アンドリューは意味ありげに囁いて、もう一度キスをした。シュゼットは聞こえてくる歓声に悶えた。



******


 晩餐会では沢山の祝いの言葉が贈られた。シュゼットは笑顔で顔をこわばらせたまま、アンドリューの隣に座っていた。アンドリューは王太子だけあって、如才なく対応していく。


「疲れた?」


 最期の挨拶が終わると、アンドリューが囁いた。シュゼットは小さく頷いた。


「少しだけ」

「では、休もうか」


 アンドリューは立ち上がると、シュゼットに手を差し出した。その手を取り、誘われるままバルコニーへ出る。バルコニーへ出たところ、シュゼットの足が止まった。


「ワルター様?」


 バルコニーの影に、リオが立っていた。アンドリューをちらりと見れば、彼は平然としている。どうやらアンドリューの指示でリオはここにいたようだった。


「ご結婚、おめでとうございます」


 リオは優しい笑顔でお祝いを述べた。シュゼットは戸惑いながらもその祝福を受け取った。


「ありがとう」

「アンドリュー殿下、時間を作っていただきありがとうございます」


 アンドリューは小さく頷くと、シュゼットの腰から手を離し、そっと背中を押す。リオの方へと一歩前へ出れば、リオは内ポケットから何かを取り出した。


 小ぶりの宝石箱が目の前に差し出される。


「これは?」

「私がオーフェリア様から預かっていたものです」


 オーフェリア、と聞いてシュゼットはその箱を受け取った。手のひらに収まった箱をじっと見つめた。


「開けてごらん」


 優しく促されて、シュゼットは蓋を開けた。そこにあったのは宝石が一つだけの首飾りだった。大ぶりの赤い雫型の宝石が輝いている。


「これは」

「オーフェリア様の母君のものらしいです」


 前国王の寵姫だった祖母のものだということはすぐに分かった。シュゼットがアンドリューから贈られた宝石と同じものだった。


「ありがとう」

「シュゼット様を見失ってから、ずっと後悔していました。あの時、私が残っていたらと」


 リオにはリオの事情があるのだろう。詳しく聞くつもりはなかった。シュゼットは朗らかに笑った。


「わたし、運はいいんです。占い師のお婆もわたしは寵姫になるだろうって」

「寵姫どころか、王太子妃になったけどね」


 くすりとアンドリューが笑う。リオは驚いたように目を見開いたが、すぐににやりと笑った。


「その占い師、実は私が手配した詐欺師でして」

「……詐欺師?」

「元々は占い師として胡散臭いことをやっていたのです。シュゼット様の特徴を伝えて見つけたら、連絡をもらうようにしていました」


 リオはさらりと事実を暴露する。シュゼットは呆然として立ち尽くした。


「どういうこと?」

「連絡をもらってこの国に来てみたら、ウィアンズ侯爵家に連れられた後でした」

「え、じゃあ、あの占いって」


 リオは肩をすくめただけだった。


「占いはあまり信じない方がいいね」


 アンドリューに笑われて、シュゼットは落ち込んだ。


「占いは嘘だったかもしれないけど、こうしてアンドリュー様と結婚したんだもの。ちょっとは信じてもいいのかも」


 シュゼットが根拠のない自信をもって側室になったのだから、占いも役に立ったのだ。そう思えば、不思議と怒る気持ちとならない。


「幸せですか?」


 リオは静かに尋ねた。


「幸せだわ」

「それはよかった」


 目を細め、シュゼットではない誰かを見る眼差しにシュゼットは微笑んだ。



Fin.



これで本編は完結です。

お付き合いありがとうございました。

少しでも楽しんでもらえたら、幸いです。

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