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寵姫として



 寵姫になって変わったことはほんの少しだけだ。


 今までは後宮に閉じこもっていたが、程よく夜会に参加したり、観劇に出かけたりするようになった。他にもアンドリューに誘われれば、遠乗りすることもある。


 外に出る機会が増えれば、それだけ人の目に晒されることとなった。侍女たちが気合を入れて身支度をしてくれるので、シュゼットはドレスも小物もすべて任せている。


 側室になって2年経てばそれなりに慣れてきた。アンドリューの対外的な触れ合いも従兄と思えば、ミゲルとそう変わらない。アンドリューも後宮に来る日は一週間に二日ほどになった。


 アンドリューの婚約者がいなくなったことにより、婚約者が決まるまでは自重するらしい。


 そして、最近、困ったことがあった。

 夜会にアンドリューと参加し、2曲ほど踊れば、アンドリューと別行動になる。わたしの側には常にローガンとジョアンナがついているが、それでも果敢な令嬢はいるのだ。

 睨みつけるようにして前を塞いでいる令嬢にシュゼットは辟易していた。今夜はこれで3人目だ。


 アンドリューと同じ年周りの令嬢はすでに結婚しており、その下の世代もポーシャが婚約者となった時に正妃候補になりうる令嬢は嫁いでしまっていた。そして、さらにその下の世代が正妃候補となっている。

 なかなか婚約者が決まらないので、シュゼットがアンドリューを唆しているのだろうと、目の敵にする令嬢が多い。


「貴女のような方がいつまでも殿下のおそばにいるから、婚約者が決まらないのよ」


 美しい黒髪とぎらつく青い瞳をした令嬢の名前がなかなか出てこなくて、シュゼットは必死になって思い出そうとしていた。もちろん誰だろうという疑問は顔には出さない。にこやかな表情で誤魔化す技術はすでに習得している。


「まあ……わたしよりも魅力的な方がいないという事かしら?」

「なんですって!」


 ちょっと突っつけば、すぐに声を荒げた。まだ社交界デビューをしたてなのか、心の中まで表情に現れている。これでは選ばれるわけもないなと苦笑した。


「アンドリュー様の婚約者となれば、王太子妃、ひいては未来の王妃です。今の貴女の態度はその立場にふさわしいものかしら?」


 やんわりと言ってみれば、令嬢はさっと顔を赤らめた。怒りのためなのか、恥じ入ったのかはわからないが、自分のしている行動が美しくないと思っているようだ。


「貴女なんか体で取り入ったのでしょう!」

「……それは嫌味ですか?」


 シュゼットは真顔で聞いた。18歳になった今でもシュゼットの体つきは薄いままだ。アンドリューに体で取り入ることはまずありえない。


「それは」

「それ以上は言わない方がいい。君も社交から弾かれたら辛いだろう?」


 すっとシュゼットの腰に手が回った。後ろを見れば、いつの間にかアンドリューがいる。にこやかな表情だが、目が冷たい。対峙した令嬢の顔色が悪くなる。


「で、殿下」

「どうしてシュゼットがいることが、私の婚約者がいないことに影響するのかわからないけど」


 いつもと変わらない落ち着いた声音だが、言われている令嬢の方は死の宣告を聞いているような心地だろう。


「彼女以上の令嬢がいないのも事実だと思わないか?」


 辺りがしんとした。耳を澄ませていた人たちが固まる。シュゼットはどうするのよ、と目でアンドリューに問うが彼は無視した。


「さあ、行こうか。ここは空気が悪い」


 空気を悪くしたのはアンドリュー様でしょう、と言いたいところをぐっとこらえ、シュゼットも笑顔を見せた。ここ最近、こんなことばかりでシュゼットはため息をついた。


「そろそろ本当に婚約者を決めてほしいのだけど」

「シュゼットがなってもいいよ?」


 アンドリューにエスコートされながら零せば、軽い言葉が返ってきた。思わずアンドリューを探るように見つめる。


「わたし、従妹でしょう?」

「あまり褒められた繋がりじゃないけどね。駄目ではないよ。ここしばらく、ウィアンズ侯爵家から王家に嫁いでないからね」


 この国では従兄妹合わせは避けられている。血が近すぎるという理由の他に、権力の集中を避けるためだ。

 考えてもいなかったことを言われ、シュゼットは唖然とした。


「でも、シュゼットは王家よりも外に出た方が幸せになれそうだ」


 アンドリューの呟きがどこか寂し気に聞こえた。


******


 シュゼットはじっと肖像画を見上げた。ここは王宮の奥にある離宮の一つだ。小さくて寂れた離宮で、最小限の手入れしかされていない。

 オーフェリアが母であると知った後、シュゼットが入ることが許された場所だった。最近、息抜きに訪れるようになった。


 じっと自分とよく似た姿をした女性を見上げる。肖像画の彼女とシュゼットはさほど変わりのない年齢だ。

 

 シュゼットの実母が国王の異母妹であることを知った後、きちんと説明された。隠し事もなく、当時の状況を淡々と説明する国王からは後悔の念が感じられた。


 この国の王女として生まれたのに、幽閉に近い形で暮らしていたという。


「お茶を用意しました」


 ジョアンナがカートにお茶と菓子を乗せて部屋に入ってきた。部屋の隅にあるテーブルにそれらを並べる。シュゼットは肖像画の前から離れると、椅子に座った。


「ジョアンナはオーフェリア様を知っているのよね」

「はい。オーフェリア様付きではありませんでしたが、前国王陛下の贈り物を届けに来ていました」

「どんな人?」


 これだけよく似ていても、シュゼットにとっては赤の他人だった。シュゼットの母は愛情をたっぷり注いで育ててくれたゾーイだ。次に母と言えるのは、貴族令嬢として教育してくれたケイティだった。


「オーフェリア様は気持ちの強い方でしたよ。このような閉ざされた中にあっても、周りをよく見ていました」

「慕われる人だったという事ね」


 オーフェリアの家令だったというリオもオーフェリアを今でも慕っている。リオは隣国に帰った後も、色々と手紙を送ってきた。もちろん、アンドリュー宛でだ。中を確認された手紙がシュゼットには届いていた。その内容が過保護すぎて、ミゲルと変わり映えがなかった。変な話、兄が二人になったようだった。


「ねえ、ジョアンナ」

「なんでしょう」


 お茶をゆっくりと飲みながら、ジョアンナを呼んだ。


「わたし、誰とも結婚せずにここから出る方法はあるかしら?」

「……側室がその役割を降りるときには貴族家に嫁ぐか、もしくは修道院に入ることが決まっています」

「修道院でもいいかなぁ」


 シュゼットはふうとため息をついた。アンドリューの婚約者選びを進めるのと同時に、シュゼットには下賜先がいくつか選定されていた。時々、夜会などで顔を合わせ、言葉を交わすが結婚して一緒に暮らすことがどうしても想像できなかった。


「……修道院ではお菓子は食べられないよ」


 物思いにふけっていたシュゼットは自分とジョアンナ以外の気配を見落としていた。パッと顔を上げれば、入り口に困ったような顔をしたアンドリューがいる。


「アンドリュー様。どうしてここに?」

「シュゼットがここに来ていると聞いて」


 答えになっていないようなことを言われて、シュゼットはため息をついた。


「お仕事は?」

「ミゲルに任せた」


 言葉が続かず、シュゼットは黙った。修道院への話を聞かれているのは確かで、シュゼットはアンドリューと視線を合わせないようにそっと目を伏せた。


「シュゼット。何か嫌なことでもあった?」

「顔を合わせた方たちにですか?」

「そう」


 結婚しないか、修道院かなんて言っている時点でそう思われても仕方がない。シュゼットは首を左右に振った。


「いいえ。どの人もとても素晴らしい人だと思うのだけど、しっくりこないというのか」


 アンドリューが厳選した相手はとても気持ちの良い人ばかりだった。血筋は高貴であっても、最下層で育ってきたシュゼットのことを見下すようなことはしない。側室だったからとバカにすることもない。それでもこの人だと思う相手は誰もいなかった。


 とはいえ、シュゼットと会話するのは長い時間ではない。十数分、当たり障りのない会話をしただけだ。それだけで優劣をつけることは難しかった。何度も会ってはいるが、心の距離はなかなか縮まらない。


「シュゼット、私の正妃になる?」


 驚いて顔を上げた。いつもとは違い、アンドリューはひどく真剣な面持ちだ。きれいな瞳がシュゼットの心の動きを読み取ろうとしている。


「正妃に?」

「今すぐに返事をしなくてもいい。よく考えてほしい」

「アンドリュー様はわたしでいいの?」


 アンドリューは常にシュゼットに対して妹のように接していた。寵姫と思わせるようにと、妹の距離ではないことも多かったが、それでも紳士的な振る舞いをしてきた。


 嫌いではない。いつだって側にいた。

 妹に向けるのとは違う熱量の目で見つめられると、途端にどうしていいかわからなくなる。


「すぐに男女の愛情は求めないよ。シュゼットは器用じゃないと思うからね」


 アンドリューは体を屈めると、シュゼットの額にキスをした。

 いつもと変わらないキスなのに、シュゼットの頬は真っ赤になった。




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