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こうして寵姫になりました


 王宮について、ケイティと一緒に歩く。ちらりと少し前を歩く義母を見て、シュゼットは嫌な予感をひしひしと感じていた。


 後宮に閉じこもったきりの側室がどうして堂々と義母と廊下を歩いているのか。

 この廊下は王族の許可があれば比較的誰でも入れる領域だ。すなわち、これから行く場所は人が集まっていると思われる。


 シュゼットは義母の後姿を見てから、そろりと周囲を見回した。護衛騎士がぐるりと二人を囲んでいる。後ろに二人、先導に二人。そして左右にも一人ずつ。


 街を歩く時と変わらないのではないかと思うほどの警護だ。同時に、シュゼットがこの場で逃げることも不可能。


 売りに出される家畜のような面持ちで後をついていけば、二人の騎士が守っている扉が見えてきた。どうやらあの部屋で何かが起こるらしい。


「お義母さま」

「何かしら?」

「急に気分が……」


 嘘ではなくお腹の痛みを感じながら、そっと告げる。ケイティはそんなシュゼットに向き合い、両手を握りしめた。


「大丈夫。ここまで落ち込んだ気分も、すっきりと吹き飛ばされます。シュゼットは高みの見物をしていればいいのです」

「でも」

「欲を言えば、笑みを絶やさないこと。笑みが浮かばなくても、俯いてはいけません」


 小さな子供に言い聞かせるように言われて、渋々頷いた。ただ笑みを浮かべて、我慢していれば大丈夫だと自分自身を励ます。


「少しお待ちください」


 先導していた護衛騎士が小さな声で話しかけてきた。二人はその場に立ち止まる。大きな扉の前には二人の護衛騎士がおり、何やら確認していた。


「少し早かったみたいね」

「中では何が行われているのですか?」


 ひしひしと感じる悪寒に事情を知っているケイティに聞いてみた。ケイティはふふと目を細め唇の端を上げる。にんまりといった表情だ。


「すぐにわかるわよ」

「今すぐここから立ち去った方がいいと、わたしの勘が伝えています」

「そんなことはないわ。ここを逃したら絶対に駄目よ」


 小さな声でやり取りしているうちに、甲高い声が聞こえた。言葉まで聞き取れないが、何だか言い争っているようだ。

 驚きに声が聞こえる場所を探す。


「どこから?」

「確認してくるわね」


 ケイティは護衛騎士の方へと近寄った。護衛騎士は苦笑を浮かべ、頷く。護衛騎士は大きな扉を薄く開いた。


 ほんの少しの隙間であったが、中の声がはっきりと聞こえ始めた。


「え? これって……」


 二人の激しいやり取りは女性の声だった。しかもシュゼットも聞き覚えのある声だ。


「ポーシャ王女とヨランダ・カーチスね」


 さらりとケイティが言い当てる。二人が言い争っている理由が思い当たらず、耳を澄ます。


「冤罪ですわ! わたしはそのようなことに手を貸しておりません!」

「お前がわたしの騎士に持ちかけた話じゃないの。断られて、あの女を始末したんでしょう?」


 ヨランダの訴えるような悲痛な言葉に、嘲るようなポーシャの耳障りの悪い声。


「嘘です! シュゼット様同様、わたしも側室。邪魔だと思って偽りを言っているのです。陛下、どうぞ信じないでくださいませ!」


 ヨランダはまるで嵌められたかのように反論した。その言葉に、ポーシャが激怒した。


「お前がわたしを罠に嵌めようとしたのよ!」

「していません! わたしもあの日、襲われて意識を失っておりましたわ。それに王女殿下を罠に嵌めるなんて……恐ろしくてできません」


 ヨランダは弱々しく装いながらも、しっかりと否定した。


「ふふ。わたしに罪を擦り付けようとしても無駄ですわ。わたしは王族ですもの。どちらを信じるかは、わかるでしょう?」

「そんな……」


 二人の会話を盗み聞きながら、シュゼットは顔を引きつらせた。二人はシュゼットの連れ去りについて、言い合っているのだ。ヨランダは関係ないと言い張り、ポーシャはヨランダに嵌められただけだと叫んでいる。


 恐ろしく混沌とした状況にシュゼットは頭が痛くなってきた。


「あの、わたしを連れ去った人たちは皆捕まったと聞いていますが……お二人は知らないのですか?」


 ケイティにこっそり耳打ちすれば、ケイティはにっこりと笑った。


「そうよ。彼女達はばれていないと思っているわ。だからこそ、お互いに擦り付けているのよ。愚かよね。素直に認めれば、罪も多少は軽くなったでしょうに」

「……軽くはならない気がします」

「そんなことはないわ。拷問後の極刑から温情による毒死に変わるかもしれないじゃない」


 しれっと言われて、シュゼットは黙った。極刑も嫌だが、毒死も嫌だ。少しも軽くなった気がしない。いや、きれいに死ねるだけ、軽くなっているのだろうか。

 耳を塞ぎたくなるような応酬を黙って聞いていた。完全に傍観者として二人の会話を聞いていると、護衛騎士が声を掛けてきた。


「扉を開けます。よろしいですか?」

「え? 開けるの? 今?」

「はい。許可が出ましたので」

「ちょっと待って……!」


 シュゼットが慌てて止めようとしたが、無情にも扉は大きく開かれた。





「ポーシャ王女。貴女の振る舞いではとても私の正妃は務まらない。使節団の代表とも話し合った結果、貴女との婚約を破棄することに決まった」


 ありえない台詞が聞こえた。


「婚約、破棄?」

「貴女は精神が不安定なようだから、正妃の公務は行えないだろう」

「そんな! 婚約破棄だなんて、認めませんわ!」


 ポーシャ王女のヒステリックな金切り声が部屋中に響いた。このやり取りが耳に入ったシュゼットはびくりと体を揺らした。


「大丈夫よ。前を向いて背筋を伸ばしなさい」


 はっとして顔を上げれば、いつもと変わらない笑顔の義母がいる。


「お義母さま」

「さあ、あなたが綺麗な状態で助けられたことを見せつけましょう。うふふ。慌てるところを想像すると愉快だわ」


 逃げたい。

 全力でこの部屋から逃げたい。


 シュゼットは気が遠くなりそうになりながらも、ケイティに言われた通り顔を上げた。ふにゃふにゃする足を叱咤しながら、そろりと歩き始める。


 通された部屋には、関係者が一堂に会していた。


 隣国の使節団の代表であるリオ、その隣には文官2名いる。

 反対側には我が国の宰相とギャレットとミゲル。


 中央の上座にいるのは国王、王妃、そして王太子のアンドリュー。

 向かいにいるのは、ポーシャとヨランダ。


 シュゼットとケイティが入れば、すぐに視線が集まった。


 色々な感情を乗せた視線に、シュゼットの体が自然と後ろに下がる。隣に立つケイティがシュゼットの背中に触れた。ケイティは前を向いているが、励ますような暖かな手にシュゼットはぐっとお腹に力を入れた。


 ウィアンズ侯爵家の一人として逃げ出すわけにはいかない。


 心臓をバクバクさせながら背筋を伸ばし、練習して手に入れた余裕のある笑みを浮かべた。緊張のため、口元がやや引きった。


 注目を浴びながらゆっくりと歩く。怖くて前だけを見ていた。

 自然と、上座に立っている国王一家が目に入る。普段なら国王もアンドリューも柔らかな表情をしているのだが、今日はどちらも厳しい表情だ。朗らかな王妃でさえ、表情が冴えない。


「シュゼット。こちらへ」


 アンドリューはゆっくりと手を差し出した。

 ひしひしと感じる重い空気に足が震えてくる。立っていても、体がきちんとまっすぐになっているのか、わからないぐらいだ。それでも優雅に見えるように意識して背筋を伸ばし、口元には笑みを浮かべて歩く。


 ケイティはギャレットの隣に立ち、シュゼットは差し出されたアンドリューの手を取った。彼の手がとても暖かくて、知らないうちに詰めていた息を吐く。


「どうしてその女が生きているの」


 表情を無にしたポーシャがぽつりと呟いた。

 先ほどのような金切り声ではないが、その小さな声ははっきりと聞こえた。彼女の呟きにシュゼットは不安に思ってアンドリューを伺う。


 アンドリューは特に表情を変えることはなかったが、心の中ではきっと怒り狂っているのだろう。僅かに細められた目が剣呑だ。


 今になって、ポーシャと対峙した時の記憶がよみがえる。シュゼットの世界とは違う世界で生きている王女の行動が恐ろしい。頬の痛みは今はないし、髪だって綺麗に結われているためわからない。それでも彼女が側にいると思うだけで、シュゼットは身構えてしまう。


 無意識にアンドリューの手を握りしめる。ヨランダは黙り込んでいた。


「さて。これで全員そろったな」


 国王は一同を見渡した。


「先ほどは説明しなかったが、アンドリューの第一側室であるシュゼット嬢は無事保護されていた。もちろん、彼女を後宮より連れ出した侵入者も、その後、森に放棄した人間もすでに全員拘束してある」


 国王の淡々とした言葉に、ヨランダが体を大きく揺らした。


「そ、そんな……」

「ヨランダ・カーチス。そなたが王宮へ侵入者を手引きしたこともすでに裏が取れている。そなたの実家の関与もだ」

「わたしは……! アンドリュー様をお慕いして、わたしだけを見てもらいたくて」


 ヨランダは瞳を潤ませて、アンドリューに訴えた。アンドリューは冷めた目で彼女を見つめた。


「そんなくだらない理由で後宮に賊が入るのを手助けしたのか?」

「アンドリュー様、お願いです! わたしの話を……」

「自分が何をしたのか、理解もできないのか」


 アンドリューはヨランダの言い分を聞くことなく、騎士に拘束させた。自分で立つことのできないヨランダを両わきから抱えるようにして、部屋を後にする。その力のない後ろ姿を見送った。


「お前がいるから、こんなことになったのよ!」


 近い位置から声がして、体が硬直した。目を瞑り、首をすくめ、衝撃に足に力を入れた。逃げられないと思っていたのだが、いつまでたっても痛みは来ない。


「ア、アンドリュー様」


 ポーシャの振り上げられた手はアンドリューが握りしめていた。よほど強い力で握っているのか、ポーシャは悲鳴を上げた。


「貴女も現状が理解できていないようだ」

「わたしは王女で婚約者なの!」


 アンドリューは呆れたようにため息をついた。


「ワルター殿」

「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。どうやら王女は精神に異常が見られるようです。被害妄想がひどく……。すぐさま帰国するつもりです」


 リオが淀みなく告げる。ポーシャは驚きに目を見開いた。


「何を言っているの?! わたしは正常よ!」

「けれど、我が国の失態には変わりなく。この使節団の代表として深く謝罪いたします」


 リオはポーシャの言葉を無視して話を続ける。当たり前のように、国王も頷いた。


「縁がなくなったのは残念であるが、王女が回復することを願う」

「寛大なご判断、ありがとうございます」


 使節団に両わきを固められながらポーシャも部屋を退出する。

 王族と侯爵家だけが残った。


「シュゼット!」


 ミゲルが足早に近づいてきた。力いっぱい、抱きしめられる。ぎゅうぎゅうに抱きしめられて苦しくなる。


「く、苦しい」

「ああ、ごめん!」


 慌ててミゲルは腕の力を緩めた。シュゼットは見上げるようにミゲルを見た。久しぶりに会う義兄は心配そうだ。そっと頬が撫でられた。


「あとで何があったか教えてほしい」

「もう知っているでしょう?」

「聞いているけど、それ相応の報復をしたいから」


 にこにこと恐ろしいことを言うミゲルにシュゼットはヒヤリとした。大げさでなくても、初めてのことが色々あり、怖かったのも本当だ。だけど、ミゲルに告げたらどうなるのか。


 ぐるぐると悩んでいると、アンドリューが笑った。


「ミゲル、ローガンが適切に処分しているから心配いらない」

「それなら心配いらないかな」


 アンドリューの説明に、ミゲルは納得したように頷いた。


「え、ローガン、何をしているの?」

「まあ、色々?」


 シュゼットには教えるつもりはないらしい。きっと恐ろしいことになっているのだろうと思いながらも、ローガンなら常識の範囲内にとどめてくれるはず、と無理に納得する。


「落ち着いたら、会いに行くよ」


 ミゲルは髪を撫でると、アンドリューの方へとシュゼットを押し出した。アンドリューは上着の内ポケットから首飾りを取り出した。


「それ、ポーシャ王女に盗られた首飾り?」

「違う。あれは模造品だった。こちらが本物」


 そう言って、アンドリューはシュゼットの首に首飾りを付けた。シュゼットは唖然として自分の胸元を見る。


「え? あれ、偽物だったの?!」

「偽物もちゃんと取り返した」


 アンドリューが何でもないことのように言う。あれほど頑張って守ろうと思っていたものが偽物だったなんて、と恨めしくアンドリューを睨む。

 そんなシュゼットを笑って、アンドリューは手を差し出した。


「さて、行こうか」

「どこに?」

「もちろん夜会だ」


 アンドリューの手を見て迷う。


「今日じゃないと駄目なの?」

「そうだ。ポーシャ王女との婚約はなかったことになるからね。君が寵姫だと知らしめないと」


 必要なことだと理解した。ため息をついて、その手を取った。


 夜会会場に入れば一斉に招待された貴族たちが頭を下げる。見たことのないような美しい会場で、シュゼットはアンドリューに寄り添った。

 アンドリューは慈しむ眼差しを向け、シュゼットを誘う。


「今日から君は寵姫だ」


 シュゼットは目の前の光景が水晶の中に見たものだと目を見張った。

 水晶の占い通り、シュゼットはこの日、寵姫となった。




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