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シュゼットの両親


 がらんとした屋敷を探索したところで、楽しみは少なく、すぐに終わってしまった。

 ルイは護衛と言って、少し後ろをついてくる。シュゼットはくるりと振り返ると、ルイに声を掛けた。


「ねえ、外に出てもいい?」

「外はやめてほしい。流石に襲われたら目も当てられない」

「もう捕えているんでしょう? 大丈夫じゃない?」


 ポーシャの指示を受けて動いた襲撃者たちは捕らえられ、ポーシャも部屋に押し込められていると聞いていた。ヨランダの方もきっと同じように動きを封じられているはずだ。


「甘いね、逃げ道がなくなった逆上した人間は道連れを考えるんだよ」

「そうなの?」


 殺したくなるような悪意を知らないシュゼットは目を瞬いた。ルイは肩をすくめる。


「貴族になればなるほど、人が自分よりも優れていると妬むんだ」

「そういうものなのね。でも暇なのよ」


 それはそれ、これはこれだ。


 可愛らしく見えるように上目遣いで強請ってみる。ルイは嫌そうな顔をした。


「お姫様、その顔止めた方がいい。俺はそそられないけど、野獣になる男もいるから」

「……変だと言いたいの?」


 むっとすれば、どこか呆れたようなため息をつかれた。


「すぐに暇じゃなくなるから、それまで大人しく待っていてよ」

「いつまで待てばいいのよ」

「うーん。じゃあ、特別な部屋を見せてあげるから、それで我慢して」


 ルイがついてきて、と屋敷の奥の方へと向かった。慌ててシュゼットはその後ろを追う。

 ルイが迷いなく歩くのを感心しつつ、きょろきょろと周りを見回した。先ほど歩いたはずだから、すでに見ている部屋ではないかと思ったのだ。


 日当たりの良い広々としたサロンに入ると、そのまま奥の扉へと進む。先ほどサロンを覗いた時は、物置だと思って覗かなかった部屋だ。

 ルイはズボンのポケットから鍵を出すと、扉を開けた。


「全部見たと思ったのに、まだ部屋があったのね」

「ここは普段、鍵が閉まっているから、見つけても入れなかったよ」


 ルイは大きく扉を開いた。そして恭しい態度で中に入るように促す。


「どうぞ、お姫様」

「ありがとう」


 シュゼットも気取った態度で中に入った。目に飛び込んできたのは大きな肖像画だった。

 少し目を伏せ、口元に優し気な微笑みを浮かべている貴婦人がそこにいた。淡い金髪は白に近く、印象的なのは全体が白い中、濃い色をした藍色の瞳だ。頬にも唇にも色味が少ないせいなのか、すごく寂しげに見える。


「誰、これ?」

「お姫様のお母さん」


 茫然と見上げた。

 こちらをじっと見下ろしている女性はシュゼットに瓜二つだった。


「その隣の肖像画がお姫様のお父さんだ」


 そう言われて視線を逸らせば、反対側に同じぐらいの大きさの肖像画がかかっていた。騎士らしく、がっしりとした体つきをしていて、着ている服は騎士服だ。その意匠から近衛騎士だとわかる。


 銀の短髪、紫の瞳。


 義父のギャレットによく似ていた。似ていたが、ギャレットの人当たりの柔らかさはなく、どちらかと言えば、厳しめの顔つきだ。初めて自分の生みの親を意識した。


 今まで、父親のことはゾーイからの話しか知らない。母親に至っては、ゾーイが母だと思っていた。

 リオがオーフェリア姫がシュゼットの母だと言っていたが、やはりシュゼットにとっては愛情を注いで育ててくれたゾーイが母だった。


 でもこうして肖像画を見てしまえば、確かに二人の血のつながりを感じる。


「この屋敷は誰のものなの?」

「お姫様が思っている通りだ」

「ウィアンズ侯爵家のものなのね」


 ため息を漏らした。シュゼットがウィアンズ侯爵家に引き取られてから、肖像画を見たことがなかったことを考えれば、きっとシュゼットの生母のことを知らせるつもりはなかったのだろう。

 生母が王族であるのなら、なおさら。


 それぐらいの判断はシュゼットにもできた。そして、どうして側室になってもアンドリューが兄のような態度をとってきたのかも。


「正解。そろそろ時間だ。客間に戻ろうか」


 ルイが時計を確認して、部屋から出た。シュゼットはもう一度両親の肖像画を見てから、部屋の外へと出た。



******


「まあ! なんてことなの!」


 久しぶりに会った義母のケイティはシュゼットの髪を見て大いに嘆いた。ルイが言っていた暇じゃなくなると言うのは、ウィアンズ侯爵家から人がやってきたからだ。


 この小さな屋敷にやってきたのは、ケイティだった。ミレディとセシルは屋敷で待機、ギャレットやミゲルは王城に詰めているらしい。二人は今回の決着をつけるための話し合いだそうだ。


「可哀想に。辛かったわね」

「大丈夫です。わたし、気にしていません」


 優しい手つきで頭を撫でるケイティにへらりと笑う。気取らなくてもいい、家族に見せる笑顔であったが、ケイティが顔をしかめた。


「髪は女の命なのよ。嘆き悲しんで、引きこもってもおかしくないことですよ」

「髪なんて適当……いえ、侍女たちに任せておけば間違いないです。きっとこんな長さでも綺麗にしてくれますわ」


 適当というのを言いなおし、シュゼットはケイティの後ろに控えている侍女たちに笑顔を向ける。久しぶりに会うウィアンズ侯爵家の侍女たちは、任せてくださいと力強く頷いた。


「それで、お義母さまたちはなぜここに?」


 心配できたというよりも、なんだか荷物が多い。沢山の箱が次から次へと客間に運び込まれている。


「本当は侯爵家に連れて帰りたいところだけど、アンドリュー殿下が許可してくれなかったのよ。家に帰ったら戻ってこなくなるからと言って」

「でもここもウィアンズ侯爵家の屋敷なんでしょう?」


 ケイティはシュゼットの言葉に少し考え込むと、一人納得したように頷いた。


「そうね。もう知ってしまったのよね」

「はい。肖像画も見せてもらいました」

「……どう感じた?」


 どう、と聞かれてシュゼットは首を傾げた。


「よく似ていたなと」

「他には?」


 他、と言われてシュゼットは唸った。


「もうちょっと落ち着きがあったら、貴婦人に見えたのかも?」

「はっきり聞きましょう。貴女は王族の一人で、望めば順位は低くても王位継承権を得られるかもしれない。それに王位継承者には手当も出るわ。公にすることを望みますか?」


 壮大な心配事にシュゼットは卒倒しそうになった。全く考えていなかった単語が飛び出し、血の気が引く。


「え? 王位継承権?」

「そうです。貴方の結婚相手次第では、王城での地位も獲得できます」


 シュゼットは気持ちを落ち着かせようと、大きく息を吐いた。


「地位はいりません。今の寵姫の立場だって、結構大変なんです。立ち振る舞いもそうですけど、今回は命まで狙われて」

「あらあら、寵姫になるんだと意気込んで後宮に行ったのではなかったかしら?」


 くすくすと揶揄うようにケイティが告げる。シュゼットは非常に苦しい顔をした。


「……今はもう寵姫が楽だとは思っていません」

「随分と勉強したのね?」

「寵姫になるために、と色々と指導されています。先日は寵姫に与えられると言う首飾りを頂きました。なんでも前の寵姫の首飾りを使って、新しく作り直したと」


 そこまで告げてから、シュゼットはあることに気がついた。


「前の寵姫はわたしのお祖母さまに当たる方なんでしょうか?」

「そうね。先々代の国王陛下の側室が寵姫でしたから」

「ああ、だからアンドリュー様は……」


 自分の母が実は現国王の異母妹であったことがわかれば、色々なことがわかってくる。シュゼットは思わず声を詰まらせた。


「貴女のお母さま、オーフェリア様はそれはお気の毒な方でした」

「気の毒?」

「そう。陛下の母君はとても気位の高い方でね。半分ぐらいの年の少女に本気で恋をした夫が許せなかったの。それでも側室様は前国王陛下に守られてまだ幸せだった。そのしわ寄せを受けたのがオーフェリア様でした」


 シュゼットの知らない実の母はとても恵まれない人だった。両親に国王と隣国の王女という尊い血を持ちながら、後ろ盾もなく、離宮に捨て置かれていた。

 ただ一人、愛して手を取った人も前王妃によって辺境に送りだされて亡くなった。

 妊娠中に父である前国王が病死し、離宮も追い出された。シュゼットを出産して、亡くなったそうだ。


 幸せがほんの少ししかない実母に、シュゼットは愕然とした。シュゼットは底辺ながらも、ゾーイに愛し愛され大切に育てられた。お腹は空いていたが、周囲にはいい人ばかりだった。


「ああ、だからアンドリュー様は色々とわたしにしようとするのね」


 何故、シュゼットを寵姫に選んだのか、初めて納得した。


「難しく考えることはありません。オーフェリア様の分まで貴女に幸せになってほしいと願っているだけです」


 しんみりとしていたが、侍女に時間が、と促されてケイティは表情を明るいものに切り替えた。


「では、そろそろ支度を始めましょうか」

「支度?」


 突然話題が変わって、シュゼットは混乱した。ケイティは立ち上がると、パンパンと手を叩き、侍女たちに指示を飛ばす。


「今夜の夜会に出席するようにと、国王陛下よりお声がかかっています」

「え、今夜?!」

「そうです。そのために貴女のドレスをいくつか用意してきたわ」


 侍女たちが忙しく動き出し、大小さまざまの箱を開けていく。中からは、ドレス、靴、下着などが出てくる。


「今夜、ということはポーシャ王女殿下が出席する夜会ですよね?」

「心配しなくとも大丈夫です。わたしがちゃんと側にいますからね」


 ヒヤリとした殺気を感じて、シュゼットは固まった。


「お、お、お義母さま? わたし、気分が……」

「ほほほ。貴女を傷つけた女どもを蹴散らせば、気分も優れてきますよ」

「女、ども?」


 さりげなく複数形を使うケイティに、シュゼットは慄いた。よからぬ予感しかしない。


「さあ、こちらへいらっしゃい。まずは湯あみをしましょうね」


 助けを求めるようにルイの方へと視線を向ければ、彼の目はどこか楽しそうだ。そして声を出さずに、口だけ動かす。


 頑張って。


 ここにはシュゼットの味方はいなかった。




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