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森に捨てられました

多少、痛い感じの表現があります。苦手な方はご注意願います。


 ゆっくりと浮上する意識に合わせて、シュゼットは瞼を押し上げた。


 シュゼットは暗い狭い場所に転がされていた。手を伸ばせば、上にも横にも壁がある。箱か何かに入っているような狭さだ。


 シュゼットは嫌な予感に冷や汗が出た。周囲の様子を捕らえようと、耳を澄ませる。特に音もせず、恐ろしいほど静かだ。


 このままここにいてもいいことはなさそうなので、シュゼットはゆっくりと上の板を押し上げた。少し持ち上がれば、外の弱い光が差し込んだ。

 周囲を見える程度に上の板を押し、視線をあちらこちらへと走らせる。音もなければ、何の気配もない。


 特に誰もいないようだと判断して、シュゼットは音を立てないよう注意して板をずらした。外に出られるだけの隙間を作り、箱から抜け出す。


 物置として使われているのか、床には薄っすらと埃が積もり、色々な箱が積みあがっている。薄暗い小さな部屋だ。シュゼットは大きめの衣装箱の中に入れられていた。


 その衣装箱を見て、ため息をついた。この衣装箱には見覚えがあった。

 後宮から衣装箱に入れられて連れ出されたのだ。シュゼットは商人の訪問を断っていたので、ヨランダの所に出入りしている商人が連れ出したのだろう。もっともその商人が本当に商人かは疑わしかった。


 ジョアンナと護衛騎士はどうしただろうか。


 記憶が途絶える前を思い出し、体を震わせた。二人はすでに昏倒していたので、殺されていないと思いたい。


 今までにない経験に、落ち着かない気持ちでシュゼットは小さな部屋を歩き回った。動くたびにドレスの裾で、埃が舞う。ドレスが汚れることを気にせず、あちらこちらを見て回る。

 とにかくここから逃げたくて、外に出られる扉を探した。


 扉はすぐに見つかった。ゆっくりと押してみたが、扉は動かなかった。

 力を込めて押したが、やはり開かない。外から鍵がかかっているようだ。シュゼットは扉から手を下ろした。


 後宮の庭から連れ出されているのだから逃がすわけがない。


 他に出られるようなところがないか、もう一度確認しようとぐるりと部屋を見回していると扉が開いた。

 扉が開いて、思わず手で光を遮った。強い光が眩しくて、目を細める。薄暗闇に慣れた目には外の光が強すぎた。


「あら、起きていたの」


 ようやく目が慣れて、シュゼットは愕然とした。


「ポーシャ王女殿下」

「まあ、埃だらけで汚い。でもお前にはそれがお似合いだわ」


 くすくすと侮蔑を含んだ笑い声に、シュゼットは体を震わせた。ヨランダがシュゼットを後宮から連れ出し、ポーシャに渡された。この後自分の身に起こることを想像し、顔色を悪くした。


「下賤なお前でも分かったようね? お前、邪魔なのよ。消えて頂戴」


 そう言ってポーシャは後ろにいた男に目で指示をした。ポーシャからやや殺気立った男へと視線を向けた。


「貴方は……」


 後宮でシュゼットを責めたデヴィッドだ。デヴィッドは手に短剣を持っている。彼から逃げられると思わないが、何もしないわけにはいかない。


 扉の前にいるのは、ポーシャとポーシャのお気に入りの男。

 部屋を出れば他にもいるかもしれないが、まずはこの部屋から逃げる必要がある。

 デヴィッドが獲物をいたぶるようにわざとらしく、短剣を揺らしながら近づいてくる。ポーシャはそれをにやにやと醜く表情を歪めて見ていた。


「ここで殺しはしないわよ」


 ポーシャはシュゼットの恐怖に引きつる顔を面白そうに眺め、囁くように言った。


「こんなところで殺すよりも、女として死にたい目に合った方が罰になるでしょう?」


 シュゼットは恐ろしい言葉にさっと青ざめた。ここで殺されるのも嫌だが、誰かの慰み者になるのも嫌だ。


「わたしを帰して!」


 青ざめたシュゼットの叫びに、ポーシャは楽しげに笑い声をあげた。短剣をちらつかせていたデヴィッドがふとシュゼットの胸にある首飾りに気がついた。


「その女の胸にある首飾り、アンドリュー殿下からの贈り物では?」


 シュゼットはさっと首元に手をやり、ポーシャの視線から隠す。


「よこしなさい」

「嫌です。これはアンドリュー様がわたしに作ってくださった物です」

「よこしなさい!」


 ポーシャは鋭い声を出して、シュゼットに近寄った。そして手に持っていた扇子でシュゼットの頬を強く殴った。


 シュゼットは殴られてよろめいた。頬が熱く、じんとしてくる。頭がしびれたようになっているが、不思議と痛みは感じない。倒れないように足を踏ん張ったシュゼットに手を伸ばし、胸元の首飾りを取り上げる。


「返して!」

「これほど素晴らしい首飾り、わたしの方が似合うに決まっているわ。わたしがつけたところを見れば、アンドリュー様もお前に渡したことを後悔するはずよ」


 そういってポーシャはその首飾りを自分の首につけた。茫然とその様子を見ていたが、いつの間にか側に寄っていたデヴィッドに容赦なく腕を捻りあげられた。シュゼットは我慢できずに痛みに悲鳴を上げる。


「失礼します」


 丁寧なあいさつをしながら、一人の男が入ってきた。黒い大きめのローブを着て、フードを被っている。口元しか見えない。

 フードの男を見て、デヴィッドは拘束していた手を少し緩めた。シュゼットは骨がきしむほど捻られた腕を解放されて、ほっと一息つく。


「そろそろ、運び出さないと……」

「そうね。時間がないわ。森に捨ててきて」

「森に?」


 森に捨てると言われて予想外だったのか、男が問い返した。ポーシャはクスリと笑う。


「奴隷商人に売ってしまうと足がつくわ。森にでも捨てておけば、人攫いが連れて行くでしょう」

「なるほど」


 男は頷くと、デヴィッドからシュゼットを受け取った。拘束が緩んだのを狙って、シュゼットは逃げ出した。だが、すぐにデヴィッドに腕を掴まれる。シュゼットは暴れた。


「離して!」

「大人しくしろ!」


 容赦なく腹を殴られた。さほど力は入っていないかったようだが、普段、暴力に慣れていないシュゼットは息を詰まらせた。呻くこともできず、苦しさに膝をついた。


「あらあら必死ね」


 ポーシャは床に尻をついたシュゼットを髪を引っ張り、顔を覗き込んだ。デヴィッドから短剣を受け取ると、歪んだ笑みを見せた。


「沢山あがいて、生き残ることね」


 短剣が閃き、無造作に切られた髪が宙を舞う。右側の一房が耳辺りまで切り落とされた。驚きに目を見開けば、ポーシャは満足そうに笑顔で出て行った。


 部屋にはシュゼットと得体のしれない男と二人になった。シュゼットは自分の身に起きたことが信じられずに茫然と座り込んでいた。


「……すごい嫉妬心丸出し。あれで13歳とかひどい冗談だ」


 男は大きくため息をついた。しゃがみこんでいるシュゼットの側に膝をつくと、両手で顔を掬う。シュゼットは今度は何をされるのか、体を震わせながらもきっと睨みつけた。


「頬はさほどひどくないね。髪はごめん。流石に庇うともっとひどくなるから」

「な、なに?」


 男の様子が先ほどと違うことに、戸惑った。男はシュゼットから手を離すと、被っていたフードを取る。出てきたのは小柄な体格の20代半ばぐらいの男性だった。知った顔ではないが、デヴィッドとは違って嫌悪を感じない。


「予想外だったよ。あの状態で逃げようとするなんて。まあ、腹を殴られたぐらいですんでよかった」


 王女と話していた時とは違うやや軽い口調に、シュゼットは唖然とする。


「え、っと。その、貴方、誰?」

「好きに呼んでいいよ。猫でも、ポチでも」


 やたらと人懐っこい男にシュゼットは対応を迷った。男はごそごととローブの中なら何かを取り出している。


「じゃあ、手を縛るから」

「え?」

「大丈夫。ゆったりした気持ちで手を出して?」

「手?」

「俺、縄を使わせたら、ピカ一なんだ。同僚にも褒められる。絶対に気にいると思うから安心して」


 危険な発言に、男から距離を取ろうと後ろに下がった。


「ダメだよ。折角、優しくしてあげようと思ったのに」


 ドレスの裾に体重を掛けられて、動けなくなった。シュゼットはドレスの裾を引っ張る。


「離して! わたしは後宮に帰らないと!」

「あそこに戻ったら、殺されるよ? お姫様を連れ出したのはもう一人の側室なんだよ? ここから出た方が安全だ」

「安全? ちっともそんな感じがしないじゃない!」


 自由になろうと、力の限りドレスの裾を引っ張る。シュゼットが必死になっているのに、男は首を傾げた。


「心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと保護してくれる人のところに行けるようにするから」

「保護? 変態なんじゃないの?」

「……お姫様、結構口が悪いね」

「こんな時に気取ったって仕方がないでしょう?」


 イライラして言い返せば、男はため息をついた。


「うーん。あの人からは気が強いなんて聞いてないんだけどな」


 ぼやきながら男はそのままシュゼットにのしかかり、シュゼットを床の上に押し倒した。全身を使って抑えつけられる。


 男は女性のような線が細く、シュゼットよりも少し大きいぐらいだ。それなのに抑えつける力は強くて、自由になろうと体を捻ってもピクリともしない。


「どいて」

「大人しくできるなら」

「嫌よ。ここから連れ出すつもりでしょう?」

「あまり反抗的にされるとひどくするよ? 別に生きていたらいいわけだから」


 ヒヤリとした言葉にシュゼットは黙った。男は右手をシュゼットから離し、懐から布を取り出す。シュゼットの鼻と口を覆うように布を押し付けた。

 息を吸えば、変な匂いがする。その匂いにシュゼットは覚えがあった。後宮で襲われたときに嗅がされた匂いだ。


 自由になった手で顔に布を押し付ける彼の手を掴むが、力が強すぎて剥がすことができない。シュゼットは強い目で睨みつけたが、男は気にしなかった。


「おい、早くしろ。運び出すぞ」


 外から声がかかった。どうやら外には見張りがいたようだ。匂いのせいなのか、徐々に目がかすみ始めた。


「今、縛っているところだ。すぐに出る」


 男は部屋の外に返事をした。シュゼットは最後の力で、男の手を引っ掻いた。だが、撫でる程度にしかならない。


「じゃあね。お姫様」


 抗うこともできず、意識が暗い底の方へと沈んでいく。

 意識が沈む前にアンドリューの顔が思い浮かんだ。あれほど守るからと言っていたのに、全然大丈夫じゃないと文句が言いたかった。


 助けて、と声にならない声を上げた。口を開けたことでさらに匂いを吸い込んだ。


「ああ、それから。できる限り、薬が切れる前に助けに行こうとは思っているけど……。念のため、短剣、置いておくから」


 頭の中がぼんやりとして、体に力が入らない。男の声はひどく遠くから聞こえた。





 次に意識が戻った時。

 シュゼットは森の中で転がっていた。

 手には短剣が握られていた。




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