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隣国の使者からの謝罪


 シュゼットはポーシャが帰るまで、大人しく後宮に引っ込んでいるつもりだった。余計なもめ事は起こしたくないし、いちいち嫌味や癇癪に付き合っているのも疲れる。


 そして何よりもシュゼットの貴族的対応技術が低いため、ポーシャの怒りをやり過ごしながらにこやかに交流するなど無理だ。誰に言われるまでもなく、シュゼットはポーシャが帰国するまで部屋に引きこもる気満々でいた。


「ポーシャ王女に娼婦と言われたのだけど、普通はどうなの? もしかしたら貴族の人はそう思っている?」


 昨日のお茶会を振り返りながら、側に控えるジョアンナに聞いた。ジョアンナは娼婦と言う言葉を聞いて若干怒りを滲ませたが、すぐにいつもの顔になる。


「シュゼット様は生まれは庶子になってしまいますが、ちゃんとウィアンズ侯爵に認められ、養女となっております。何よりも血筋ははっきりしていますので、王女殿下の言葉はいきすぎだと」

「そうなのね。知らない常識でもあるのかと思ったわ」


 シュゼットはため息をついた。別に自分の生まれや育ちを卑下するつもりはない。精一杯生きてきたし、後ろ暗いことは何もしていない。


 その点、貧しくとも犯罪に手を出さなくて済む環境を用意してくれたゾーイに感謝していた。もし、身売りした後に迎えに来てもらっても、素直にウィアンズ侯爵家には行かなかっただろう。


「あとどれぐらい滞在するのかな……」

「残り10日だ」


 シュゼットの小さな呟きに応えた声に顔を上げた。ローガンが部屋に戻ってきていた。ローガンは元々アンドリューの専属護衛であるから、こうして国賓が来た時にはシュゼットだけを護衛することはできない。だから、彼がシュゼットの部屋に来たことに驚いた。


「ローガン。どうしたの?」

「シュゼットに客だ」

「客?」


 面倒だなと瞬時に思った。昨日のこともあったのに、アンドリューが後宮での面会を許可している。


「面倒な匂いがする」

「そうだな。面倒といえば面倒だ」


 ローガンは真面目な顔をして答えた。聞く前から会う気がなくなる。


「誰が来たの?」

「王女殿下と一緒に来た使者たちだ」


 一人ではないことに気がついて、げんなりする。甘えるようにローガンを上目遣いで見つめた。できる限り可愛く見えるように首を少しだけ傾げる。


「会わなくてもいい?」

「会わない方がもっと面倒になるぞ」

「どうして?」


 会っても会わなくても面倒なら、会わない方がいい。

 どうせ事態を収拾するのはアンドリューだ。もしくは、ミゲル。そう考えれば、シュゼットは断ってもいいような気がしてきた。


「王女様の側室様に対する態度のお詫び、だそうだ」

「……それ、受けなかったら謝罪を受け入れないとかいう厄介な感じ?」

「そうなるな」


 確かに会わない方がより面倒だ。でも会いたくない気持ちの方が強く、ぐすぐすと悩む。あの王女と一緒に来た使者だ。口先だけ謝罪して見下してくるのかもしれない、と勝手に想像して憂鬱に思う。

 そんなシュゼットの気持ちを感じたのか、ジョアンナが励ますように言葉を添えた。


「私も側に控えておりますし、今日はローガン様も護衛として立ち会います」

「ジョアンナはあった方がいいと思うの?」

「ええ。謝罪を受けておいた方が無難かと」


 はあ、と大きく息を吐くと、シュゼットは支度をするために立ち上がった。


******


 後宮に住む側室と面会するには、面会用のサロンが設けられている。親族であったり、友人であったり、アンドリューの許可があればここで会うことができた。


 シュゼットも何度かウィアンズ侯爵夫妻とここで顔を合わせていた。ギャレットもケイティもシュゼットが不自由しないようにと沢山のドレスや宝飾品、それから細々とした実用品などを持ってくる。


 今日会う人がウィアンズ侯爵夫妻ならいいのにと不満に思いながらも、サロンへと足を踏み入れた。

 大きな窓から惜しみなく日が差しているサロンには趣味の良い調度品が置かれている。


 すでに隣国の使者は待っていた。


「遅くなりました」


 突然の面会だったため、そっけなくその一言だけを口にした。さっさと謝罪を受け取り、できる限り早く切り上げるつもりだ。


 二人の使者は立ち上がると、ゆったりとした仕草で頭を下げた。一人は背の高いひょろっとした落ち着きのある茶髪の男性、もう一人はやや不本意そうな色を浮かべたくすんだ金髪の男性だ。


 茶髪の男性が一歩前に出て、挨拶をする。非常に人当たりの良い、青年だ。人当たりがよすぎて、腹の中で何を考えているのかさっぱりだ。駆け引きなど中途半端なことはしないことに決めた。


「初めまして。リオ・ワイリーといいます」

「シュゼット・ウィアンズです」


 座ってもらうように言った方がいいかもしれないが、さっさと帰ってもらいたい気持ちもある。シュゼットも立ったまま、名前を告げた。


「それで、ご用件は」

「昨日、我が国の王女殿下が大変失礼いたしました」

「謝罪を受け入れます」


 シュゼットは言葉少なく頷くと、顔を上げてローガンを見た。ローガンは表情を消したまま、小さく頷いた。どうやらこんなものでいいらしい。よかったと、内心ほっとしながらシュゼットは使者たちの退出を促そうとした。


「王女殿下に対する配慮はないのですか?」


 シュゼットは顔を上げた。声を出したのは、謝罪をした使者ではなく、金髪の方の男だった。


「やめなさい」


 リオは小さな声で男を咎める。だが男はふんと鼻を鳴らして、怒りの籠った目でシュゼットを睨みつけた。シュゼットは突然向けられた強い感情に戸惑いを覚えた。


「大体、婚約者がいると言うのに側室として入ると言うのは常識外れもいいところです。王女殿下にわびを入れるべきは貴女の方ではないのか」

「デヴィッド、よせ」


 リオは低い声でデヴィッドを止めた。


「……どうやら勘違いをしているようですが、王女殿下との婚約の前に我が侯爵家との側室入りは決定されておりました。政治的なことは知りませんが、解消せずに王女殿下との婚約が成立したのであれば、侯爵家からの側室入りは認められているはずです」

「それは」

「わたしには権限は何もありませんから、側室が気に入らないのであれば国王陛下に奏上してもらえないでしょうか? わたしにこれだけ失礼なことを言えるのですもの、王族の方でしょう?」


 シュゼットの淡々とした言葉にしんと部屋が静まる。リオが大きく息を吐いた。


「重ね重ね申し訳ありません」

「いいえ。王族の方だと知らずにいたわたしの方が無作法でした」

「いえ、この男は伯爵家の3男で、王族ではありません」


 王族ではないと言われて、シュゼットはデヴィットを見た。彼は悔しそうに唇を噛みしめている。年齢はシュゼットよりも上に見えるのに子供のような仕草だ。


「そうでしたか。では隣国はとても開けた場所なのでしょうね。こうして身分関係なく発言が許されるなんて。この国ではありえませんわ」


 シュゼットが感心したように呟けば、リオが笑った。


「わが国でも身分は関係していますよ。この男は単純に王女殿下のお気に入りだから態度がデカいだけです。本来なら、彼は使者としてくる予定はありませんでした。今日だって一緒に側室様にお詫びをすると言うので連れてきたのですが……」

「はい?」


 がらりと雰囲気を変えたリオにシュゼットは目を丸くした。リオはにこりと感情の見える笑みを浮かべた。


「ここまで外交を無視した行動をしたのです。処分はこちらに任せてもらってもいいでしょうか?」

「ええ、っと」


 シュゼットはうろうろと視線を彷徨わせた。どうしていいのか全く分からない。


「シュゼット様。このお話は王太子殿下にお任せされた方がよろしいかと」


 ローガンがため息交じりに提案してきた。その案に、シュゼットは飛びつく。


「そうね、それが一番いいわ。わたしには判断できかねます」

「わかりました。王太子殿下の判断にお任せします」


 想定外の事態になってしまったが、ようやく使者たちは退出していった。サロンに残っていたシュゼットは長椅子にへたり込んだ。


「なんだったの、一体」

「お疲れさまでした」


 ジョアンナが優しく笑いかける。ローガンもため息をついた。


「本当に厄介だな、あの王女様は。婚約者に会いに来たのに、お気に入りの男を一緒に連れてくるなんてありえない」

「もうアンドリュー様に任せるわ」


 シュゼットは力なく笑みを浮かべると、自分の部屋へと戻っていった。




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