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忍び寄る悪意


 シュゼットの楽しみはお茶の時間だ。


 侯爵家でもお茶は楽しかったが、出てくるお茶と茶菓子が絶品なのだ。ただこれを食べるために、シュゼットはマナーの練習をさせられているのだが、食べたことのない菓子を食べるために頑張っている。


 シュゼットのマナーの先生はジョアンナだ。ジョアンナは王族付きの侍女という肩書でもわかる通り、貴族の伯爵家の令嬢だ。王族にずっと付き添っていたため、マナーもきちんと修めている。

 ヨランダとの対面後、こうして少しづつ足りないところを直してもらっていた。今はヨランダだけであるが、夜会に出るとなればシュゼットを試そうとする人たちはいくらでもいる。アンドリューに教えてもらうよりは楽しかった。


「シュゼット様は寵姫ですから、頭を下げてはいけません」

「……はい」


 ついついひれ伏してしまう気持ちを抑え込み、偉そうに見えるようにゆっくりと頷いて見せる。シュゼットは油断すると癖で頭を垂れてしまう。こればかりは身に沁みついたものだからとはいえ、アンドリューの隣に立つためには直さねばならない癖であった。


「アンドリュー様と一緒に公の席に出ることなんてあるの?」

「ありますよ。側室のお披露目はありませんが、夜会に何度もエスコートすることで寵姫だと示します」

「夜会にエスコート? 何も聞いていないけど?」

「予定はあります」


 ジョアンナははっきりしない返答をして、ため息をついた。彼女のそんな様子は初めて見るため、シュゼットは目を瞬いた。


「反対なの?」

「わたしは反対です。殿下が考えていらっしゃるのは、シュゼット様のお姉さま……ミレディ様を突き落とした令嬢の家ですから。できればウィアンズ侯爵家に好意的な貴族家の夜会にまずエスコートすべきだと思っています」


 確かに心地の良い夜会にはなりそうにない。


「寵姫としてお披露目を兼ねたエスコートということは……ヨランダ様は参加しないのよね?」

「お一人での参加なら可能ですが、殿下のエスコートもなく外に出ると言うのなら、すぐにお役目解除となります」

「厳しいのね」

「ヨランダ様は色々な方面に顔が効きますから。後宮に変なものを持ち込まれても困ります」


 警備上、当然と言われれば頷いた。シュゼットにはこの辺りの知識は全くないので、そういうものだと受け入れるだけだ。

 後宮は立場も色々あるためか、制限が多い。多いがシュゼットには全く苦にはなっていなかった。

 食事はちゃんと出るし、温かくて気持ちの良い部屋がある。仕事の代わりになるのが勉強であるが、時間つぶしにはなる。侯爵家の環境をそのままここに持ってきたようだ。そのうち、写本をしようと思っている。たまに木登りをさせてもらえればもっといいのだが、それは贅沢な悩みだ。


「少し夜会についてお話ししましょうか」

「お願い」

「では、お茶を用意します」


 マナーの練習はここまでで、お茶の時間にしてくれるようだ。シュゼットはにこにこと笑みを浮かべた。


「今日のお菓子、何かしら?」

「特別なものではございませんよ。王宮で行われる茶会でよく作られるものです」

「お菓子も色々な種類があるのね」


 後宮で暮らすようになって驚いたのは食事の美味しさだ。侯爵家も美味しい食事だったがそれを上回る美味しさだ。三食とても美味しい料理が並ぶ。


 それ以上に感動したのがお茶の時間。

 お茶も飛び切り美味しいのだが、大好きなのは普段お目にかかることのないお菓子。


 果物を使ったタルトや砂糖やくるみを使ったクッキー、他にもたくさん見たこともないようなお菓子が出てくる。


 毎日一種類づつ出されていて、気に入ったものはメモをしていた。


「どんな材料を使っているのか知ることも大切です」

「そうなの? わたしは作れないわよ?」

「作るためではなくて、似たような菓子が出てきたときに会話に取り入れるためです」


 どうやら社交術の一つらしい。顔が引きつった。お菓子にしてもお茶にしてもドレスにしても宝石にしても。すべてが社交を行うための情報で、自在に操りながら知りたい情報を得ていくのが貴族令嬢の役割らしい。


 セシリアとミレディの会話を聞いているので、なんとなく理解できるが、自分ができる気は全くしなかった。お菓子にしてもお茶にしても美味しいと産地ぐらいは覚えられるが、ドレスや宝石は好きか嫌いかぐらいしかない。

 ジョアンナもシュゼットにドレスと宝石の種類をすべて覚えさせるのは諦めたようで、とても好きだから身に着けると言う建前の元、3種類に絞っていた。


「少しお待ちください」

「早く戻って来てね」


 シュゼットは用意のために席を外したジョアンナが戻ってくるのを大人しく待っていた。ところが、いつもはさっと用意するジョアンナが戻ってこない。じっと待っていて我慢ができなくなった。椅子から立ち上がると、そっと扉を開いた。


「どうした?」


 扉の外で護衛と打ち合わせをしていたローガンがシュゼットに気がついた。どうやら今日はローガンがこの後護衛に入るらしい。


「ジョアンナが戻ってこないの。様子を見に行ってもいい?」

「わかった。一緒に行こう」


 護衛が必要なほどの距離ではないのだが、お菓子の方が待ち遠しくて反論せずに廊下に出た。給仕用の部屋に向かうと、何やらもめているようだ。ローガンが少し険しい表情になる。シュゼットはそっと声を掛けた。


「ジョアンナ」

「シュゼット様」


 口論とまでいかないが、話していた人たちがぴたりと口を閉ざす。誰もが顔見知りの侍女たちだ。彼女達はお菓子について話していたようだった。


「遅いから見に来たんだけど、どうしたの?」

「申し訳ございません。今、ご用意します」


 そう言ってお茶の道具だけをカートに乗せる。菓子は侍女に指示して奥に運ばれた。目的の物を下げられて、慌てて飛び出す。


「ちょっと待って! そのお菓子、わたしのよね?」

「予定していた菓子とは違うのです。ですから、一度確認のために厨房へ戻します」

「それで大丈夫よ」


 シュゼットは迷って立ち止まってしまった侍女に近づくと、ひょいっとお菓子を口に入れた。一口大のほろ苦いクッキーだ。


「うん、ちょっと苦い?」

「食べるな! 吐き出すんだ」


 ぎょっとしたローガンが慌ててシュゼットの腕を掴んだ。シュゼットは驚きに思わず飲み込んでしまう。ローガンが迷わず口の中に指を突っ込もうと顎を掴んだ。咄嗟にシュゼットは自分の口を両手で隠した。


「口を開けろ」

「ちょっと苦かっただけ。大丈夫」


 ローガンが厳しい顔で告げるが、シュゼットは首を左右に振った。こんなところで吐くわけにはいかないと、思いっきり抵抗する。食べたからと気分が悪いわけでもないので、ローガンに従う気はなかった。


「お部屋に戻って吐き出しましょう」

「……医者を呼んでくる」


 しばらくシュゼットを見下ろしていたローガンは大きく息を吐いてから、シュゼットから手を離す。ジョアンナに部屋に戻って、吐き出すようにと指示をしてから手配をするために離れた。


 ジョアンナとローガンの厳しい態度に、シュゼットは初めてやってはいけないことだったのだと理解した。ジョアンナはシュゼットを支えながら、静かな声で注意した。


「シュゼット様、出所の分からない菓子を簡単に口にしてはいけません」

「でも後宮に置いてあったもので、認められた人以外は入れないでしょう?」

「それでもです」


 厳しいなぁと内心思いつつ、シュゼットは次はしないと約束した。侯爵家でも行儀が悪いと咎められても、お菓子をつまみ食いすることはよくあった。過保護なジョアンナに苦笑しつつ部屋に戻った。


******


「うううううう、お腹が痛い」


 寝台の上に蹲って、シュゼットは腹の痛みをこらえていた。ローガンやジョアンナが心配していた通り、お菓子には余計なものが入っていたようだ。ジョアンナに容赦なく指を突っ込まれ、食べたものを吐き出したにもかかわらず強烈な腹痛に襲われていた。

 ローガンに呼ばれた老齢の医師が苦しむシュゼットを診察して、その後いくつか質問に答えた。老齢の彼は王族専用の医師で、毒の種類にも詳しいらしい。


「シュゼットは無事か?!」


 老齢の医師が考え込んでいると、扉が乱暴に開いた。どうやらシュゼットが体調を崩したと連絡が入ったようだ。シュゼットは余裕のない表情でアンドリューを見る。心配いらないと笑いたいところだが、表情筋は正常に働かず歪んでしまった。


「顔色が悪い。一体何を飲まされたんだ? 解毒剤は?」


 次から次へと質問するアンドリューをやんわりと医師が止めた。


「解毒剤は飲んでいただきました。それにしても幸運でしたね」

「幸運だと?」

「本来なら、もっと重い症状を引き起こす毒です。それがお腹が痛いだけですんでいる」

「量が少なかったのでは?」


 アンドリューは不機嫌そうに言い捨てた。医師は首を左右に振る。


「菓子を見ましたが、かなりの量が含まれていました」

「何故わかる?」

「色が濃すぎますし、匂いもひどい」


 そう言って医師は調べるためにとっておいた菓子をアンドリューに見せた。緑色のクッキーがそこにある。少し顔を近づければ、甘い匂いとは程遠い匂いがする。


「……よく食べたな。これを食べたら毒に関係なく腹を壊しそうだ」

「ええ、まったく」


 二人がシュゼットに視線を向けた。シュゼットは腹の痛みに苦しみながら、頬を膨らませた。


「その匂い、嗅ぎなれていたから食べても大丈夫だろうと思ったの!」

「……嗅ぎなれている?」


 どういうことかと、眼差しで問われてシュゼットはぐるぐる唸るように答えた。


「お腹が空いた時に近くの森で千切ってスープに入れていたの。前に見た野菜に似ていたし、食べられたから大丈夫かなと」

「……それ以上はいい」


 アンドリューはため息をついた。野生に生えていた毒性の強い植物を食べていたことが今回軽い症状ですんだ。


「今できることは薬を飲むこと、食べたものを出すことと、安静にすること。以上です」


 食べ物を出すこと、とは何のことかと思っていたが、シュゼットはすぐにトイレの住人になった。

 解毒剤の副作用なのか、胸がむかむかして吐き気がひどい。


 トイレに籠りながら、この後宮内で二度と勝手に物は食べないと心に誓った。シュゼットは吐き気と腹痛のため、楽しみにしていた夕食も抜く羽目になった。



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