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側室同士の楽しい語らい?


 気晴らしに庭を散策してはどうかとジョアンナに勧められてシュゼットは庭を歩いていた。後宮の庭はちょうどいい大きさの広さで、散策するには十分だった。

 綺麗に整えられた花は見たことがないような種類が多く、色鮮やかだ。所々に植えられた膝ほどの高さしかない木は丸く綺麗に刈られている。背の高い木は幹が細く、枝も細い。


「この庭の木、細いわ。木登りは無理そう」

「……シュゼット様。ここでは木登りはしないでください」


 シュゼットの呟きに、後ろに控えていたジョアンナが真面目に答えた。シュゼットは立ち止まって振り返る。


「わたし、上手なのよ。心配しなくても、落ちて怪我なんてしないわ」

「そういう問題ではありません。絶対に木登りはしないでください」


 噛んで含めるように再び注意されるとため息をついた。


「木登りは気晴らしになるのに」


 ぽつりと不満を漏らす。侯爵家にも沢山の人が働いていたが、こうしてずっと付きっ切りではなかった。目を盗んで何かをすることができないことがやや不満だ。

 寵姫になれば高級菓子を毎日食べられると、利点ばかりを見ていた。実際は、生活の窮屈さの方が大変なのかもしれない。

 とはいうものの、毎日お腹を空かして洗濯をしているのとは雲泥の差なので、窮屈とは思うが嫌でなかった。それに周りに配置される人たちは優しい人が多く、最近は護衛騎士の顔も覚え始めていた。


「アンドリュー様はどうしてあんなに元気なのかしら?」


 今朝も元気に艶々した顔で出かけていったアンドリューを思い出し、苦く笑う。シュゼットは初めの頃よりも眠れるようになっていたが、やはり眠りは浅かった。そのせいか、午前中はうつらうつらすることも多い。


「シュゼット様がいらっしゃる前よりも早めにお休みになっているのがよいのだと思います」

「夕食を一緒に食べるときは早いけど、普段はすごく遅い時間に部屋へ来るわよ?」

「ですが、3日に1日は早いです。前よりもとても健康的です」


 シュゼットは微妙な顔になった。朝も早くから出かけるのに、夜の食事も遅いと思っていた。それが実は今までに比べたら早い時間だと言う。


「一体、どんな生活していたのよ」

「それだけシュゼット様と一緒にいるのが楽しいのですよ」

「それならいいけど」


 なんだか恥ずかしくなって、そっぽを向く。男女の関係ではないのに、良い影響を及ぼしているのなら嬉しいと思ってしまった。シュゼットもアンドリューとの時間は嫌ではなかった。時々変なことを言ってくるが、話をするのはとても楽しい。

 その上、アンドリューは夜でも珍しいお菓子を持ってくるのだ。昨日持ってきたのは、表面に凸凹の突起のある丸い砂糖の塊だ。瓶に入っていてとても可愛い。部屋に戻ったら、一粒食べようと心に決める。


「シュゼット様、ごきげんよう」


 ゆっくりと歩いていると、横から声を掛けられた。顔をそちらに向ければ、ヨランダがいる。初対面から5日ほど経っており、特に接触がなかったから気にはしていた。ちらりとジョアンナを見れば、彼女は気配を殺して控えていた。


 これは一人で頑張れと言う事か。

 嫌だなと思いつつも、仕方がなく笑みを張り付けた。アンドリューの指導の下、浮かべられるようになった仮面のような笑みだ。笑みを浮かべながらも、目は喜び以外の色を浮かべる貴族の笑みだ。鏡を見ると気持ちの悪い笑みだが、アンドリューにもジョアンナにも褒められたのでこの笑みを使う。


「ごきげんよう」

「少しお話をしませんか?」


 ヨランダはとても嬉しそうな声音で言うが、目が全くと言っていいほど笑っていない。ぎらぎらとして獲物に狙い定めた肉食獣のようだ。見ているだけで食い殺せそう。


「少しだけなら」


 シュゼットはそのままいつもの散策する道を歩き始めた。ヨランダもそれに並ぶ。


「シュゼット様は茶会を開かれないのかしら?」

「茶会?」

「ええ。折角こうして側室として縁ができたのです。親しくなるためにも茶会を開いてもらいたいのですわ」


 ヨランダはねっとりとした口調で言い始めた。茶会を開けと言われても、そう簡単に開けない。

 一つにはシュゼットには茶会を開く技量がないこと、もう一つはシュゼットとヨランダの交流をアンドリューがよく思っていないこと。


「側室と言っても、二人だけ。特に茶会の必要性を感じません」


 面倒になって言葉を偽らずに言った。本来、側室を管理するのは正妃の役割だ。寵姫となっているが、親しくする必要はない。ジョアンナから肯定する視線を向けられて、やった! と内心、喜びに拳を突き上げる。だが、ヨランダもこんな程度では引き下がらない。


「そうでしょうか? シュゼット様は閨については詳しくないご様子。飽きられないためにもわたしが教えて差し上げますわ」

「結構よ。あまり知りすぎていると、興ざめだとアンドリュー様には言われているの」


 これは半分本当、半分が嘘だ。前の時の対策講義で教わった切り返しだった。シュゼットの体が貧相なので、飽きられるとか、閨に不満があるはずだと言ってくると指摘されていた。


 自分の体が貧相であることは理解していたが、あんなにもはっきり言われるとムッとくる。アンドリューのにやにやした顔を思い出し、わずかに眉間が寄った。


「ですが……少し寂しい感じがいたしますわ。技術で足らないところを補うのも側室の役割だと思います」


 何が、とはっきり言わなかったが、視線が馬鹿にしたようにシュゼットの胸元に注がれた。今日は襟の高いドレスを着ているため、胸元はすっきりしている。つまり、胸のふくらみが丸見えだった。


 ヨランダは自分の体が自慢なのか、下から持ち上げるようにして突き出していた。少し屈めば、零れてしまいそうだ。

 女性であるシュゼットが見ても魅力的だと思う。ついついそのふかふかの部分に指で凹ませたくなる。


「そのあたりは間に合っています。アンドリュー様が、その……手を貸してくださっているので」


 勢いよく話し始めたが、恥ずかしくなって尻すぼみになった。


 胸がささやかなシュゼットもそれなりに悩んでいた。ケイティもミレディもそれはそれは見とれてしまうほど女性らしい体をしていたので、気にするなという方が無理だ。ミゲルなどシュゼットの悩みに幼少期にあまり食べていなかったからとよくわからない慰めを言ってくる始末だ。


 そんなシュゼットの悩みを解消する方法を提示したのがアンドリューだ。何でも有名な運動があるそうで、それを毎晩アンドリューの指導の下、続けている。効果のほどは……微妙だ。


 ヨランダがアンドリューの名前を聞いて、ひくりと口元をひきつらせた。


「そ、そうですか。ですが、女性同士の情報というのは必要だと思いますわ」

「そこまで言うのなら、アンドリュー様に聞いてみますけど。あまり期待なさらないで」


 丁度、建物の入り口が見えてきたので、シュゼットは別れの挨拶をしてさっさと自室に戻った。


***


 この日を境に、庭を散策しているとヨランダの突撃を受けるようになった。


 ちくりと棘のような言い方をしてくるので、3回目の突撃の後、アンドリューに相談した。アンドリューはシュゼットの隣で酒を飲みながら黙って聞いていたが、面白がるようなにやにやとした笑みを浮かべている。


「ちゃんと聞いてください! 本当に困っているの!」


 不機嫌に声を荒らげれば、アンドリューは声を上げて笑った。


「聞いているよ。悩むことはない。今のままでいい」

「嫌よ。本当に面倒なんだから」

「ちゃんと言い返しているだろう?」

「ヨランダ様はアンドリュー様と会いたいだけだから、嫌になるほど、しつこいの」


 他人事のようなアンドリューにシュゼットは機嫌を悪くした。アンドリューは肩をすくめる。


「私の方も遠慮したい。寵姫の役割と割り切って、私を守ってくれ」

「……守ってくれるのはアンドリュー様じゃないの?」


 最初にヨランダには指一本触れさせないと言っていたのはどうなったのか。


 チクリと言えば、アンドリューは困ったように首を傾げた。自分の美貌をわかっている仕草にイラっとする。


「私が間に入ったら、激化するよ?」

「そんなこと、わからないじゃないですか」

「そこまで言うなら、一度会ってあげてもいいよ」


 アンドリューの言葉にシュゼットはぱっと顔を輝かせた。


「本当に?」

「ああ。約束する。そうだな、明後日、一緒に庭を散策しよう」


 爽やかな笑みを浮かべたアンドリューにシュゼットは抱きついた。アンドリューは緩く抱きしめ返す。シュゼットの耳元で囁いた。


「どうなっても知らないよ?」

「?」


 シュゼットは理解できずにただただヨランダを撃退できることだけを考えていた。


 


 




 これは聞いていない!


 シュゼットは抱きしめられながら顔を引きつらせた。さりげなく押しのけようとしたが、アンドリューはいつも以上にきつく抱きしめているらしく、揺るがない。くすくすと耳元で笑われた。


「ほらほら、もうちょっとうっとりした顔をして」

「どうして?!」

「もちろん見せつけるために。私がシュゼットにぞっこんだとわかったら突撃してこなくなるよ」


 シュゼットが望んでいたのは、こういう事ではなかった。アンドリューがヨランダにきっぱりと突撃しないようにと言えばいいと思っていたのだ。もしくは、ヨランダに興味はないと言うか。


 人の近づく気配がして、顔を上げようとする。上げたところでアンドリューが顎を掴んだ。強引に自分の目と合わせてくる。


 キスするの?!


 いつもはキスと言っても、ミゲルにするような頬に親愛のキスをする程度だった。だが、このまま近づいてきたら唇にキスをしてしまう。


 あと少しで触れそうなところで、アンドリューの顔が遠のいた。アンドリューは人の気配のする方へと顔を向ける。シュゼットも一緒になってそちらを見た。


「無粋だな。邪魔をするな」


 冷たい声音でアンドリューは言い放った。初めて聞く声の冷たさにシュゼットは体を固くした。


「で、殿下。お願いでございます。一夜でもよいのです。わたしにもお情けを……」

「最初に言っただろう? 私はシュゼットを気に入っていると。邪魔だ。去れ」


 ヨランダの言葉を最後まで聞くことなく、ばっさりと拒絶する。シュゼットは青ざめたヨランダを見てから、アンドリューを見上げた。普段見ない冷徹な様子に、思わず息をのむ。


「そんな怖い顔しないで」


 この冷ややかな空気が耐えられなくなり、シュゼットはそっとアンドリューの顔に手を伸ばした。アンドリューはシュゼットの手を握りしめにこりと笑う。先ほどの冷たい空気が霧散した。


「怖がらせてすまない。部屋に戻ろう」

「え、ええ」


 シュゼットはヨランダの憎々しげな視線を浴びて顔色が悪くなる。

 何だか逆効果になったようで、気分が落ち込んだ。



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