第2側室との面会
夜の食事を終えて夜の支度を終えて、シュゼットとアンドリューはゆったりとした長椅子でくつろいでいた。アンドリューは寝る前に時間があればこうして二人で過ごす時間を取る。
大抵はその日にあったことなどを話しているのだが、今日は雑談というよりも相談に近い。
「あの女が面会ねぇ」
そう呟くと、アンドリューは不機嫌そうに黙り込んだ。先ほどまでのほわほわした空気はすっかり消え失せている。
アンドリューへの相談はジョアンナとローガンに強く言われたからしているのだが、こんな雰囲気になるのならやめておけばよかったと思ってしまう。シュゼットはグラスに注がれた酒を少しだけ口に含んだ。すっきりとした甘さの、子供でも飲めるお酒だ。
「ヨランダ様はどうしてわたしと会いたいんでしょう?」
疑問に思っていることを聞けば、アンドリューは小さく笑う。
「探りを入れたいんじゃないかな」
「探り?」
「どれだけシュゼットが私に愛されているか。付け入る隙を見つけたいんだと思うよ」
さらっと恥ずかしいことを言われて、シュゼットの頬が染まる。
「……断っていいですか?」
「断ってもいいけど、社交界で虐められていると噂されるようになるよ」
社交界でのいじめの噂、といわれてシュゼットは肩を落とした。
「そうですよね。寵姫に面会したいと願ったのに会ってもらえないなんて、事実を言っただけであれこれ想像されてしまいますよね」
「それが理解できているなら、シュゼットは賢いね」
子供を褒めるような言い方に、シュゼットはむっと唇を尖らせた。
「これぐらいはわかっています」
「じゃあ、会うことになるのも納得かな?」
「ううう、仕方がないです」
アンドリューは酒を飲みながら、何やら考え始めている。
「7日……いや、10日後、面会を許可しよう」
「わかりました」
もう仕方がないので、シュゼットは頷いた。遅かれ早かれなのだから、仕方がないと諦めるしかない。シュゼットは今までも貴族令嬢と付き合いをしたことがないので、どうなるはさっぱりだ。
「心配しなくとも、見ただけで寵愛がわかるようにしてあげるから」
「はあ?」
理解できずにシュゼットは変な声を出した。
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流石に自分で側室になりたいと押しまくっていた女性なだけあってとても綺麗な人だった。艶やかな髪もシミ一つない磨き抜かれた肌も美しい。そしてこれでもかと強調するように胸を押し出しているのだから、ちょっと笑ってしまった。
自分の胸が寂しいのは知っているので、シュゼットは今日はとても慎ましいドレスを着ていた。色は薄い青を何枚も重ねたドレスだ。選んだのはなぜかアンドリューだが、露出が少なく色も派手ではないので文句はない。黙っていれば儚げ美人の出来上がりだ。
「ごきげんよう」
教えられた通りに座ったままゆったりと挨拶すれば、ヨランダはわずかに険しい表情を浮かべたがすぐに挨拶をする。
「初めまして。第二側室になりましたヨランダと申します」
「そう。よろしくね」
ヨランダに座るように言えば、素直に腰を下ろす。じっとシュゼットは彼女を見ていた。
ジョアンナがお茶を出す。お茶の香りが辺りを漂うが、どちらも口を開かない。シュゼットはしゃべるなと言われているのもあったが、共通点の少ない彼女と話せるような話題を提供できないのもあった。
それに今日はシュゼットは寝不足だ。昨夜、散々アンドリューに今日の指導が入っていたのも相まっていつも以上に疲れていた。
どうやら現状のシュゼットではヨランダに太刀打ちするには十分ではなく、なるべく気高そうに見えるように一つ一つ細かに指導されていた。
挨拶の返し方から、頷き方まで。
アンドリューは男のくせに指摘が細かくて、本当にうんざりだ。何とかアンドリューの納得のいく出来になった時にはすでに空が白み始めていた。
「お疲れのようですが……」
ヨランダは一向に話そうとしないシュゼットにしびれを切らしたのか、やや苛立っていた。
「ええ。昨夜もちょっとアンドリュー様と……」
シュゼットがほうっと意味ありげにため息をつきながら言葉を濁せば、ヨランダの手がぐっと握りしめられる。だがそれも一瞬のことで、ヨランダはとてもいい笑顔を見せた。
「一人で殿下のお相手をするのが大変ならば、わたくしの方にも通ってくださるようにシュゼット様から進言してもらえないでしょうか?」
とろりとした笑みを浮かべたが、その目にはややシュゼットを下に見る色がある。女性として自分の方が上だと認識しているのかもしれない。
「それはどうかしら? アンドリュー様はわたしがお好みのようで毎日……その、とても楽しそうですわ」
「今はそうかもしれませんね」
含まれた毒にシュゼットは面倒だなと内心ため息だ。上手く作り笑顔で誤魔化しているが、心ではシュゼットを馬鹿にしているのが見て取れる。
面白いほどアンドリューの言った通りで、シュゼットは叩きこまれた台詞を口にした。
「わたし、アンドリュー様のご希望により、閨については最小限しか知らなくてこちらに来ましたの。毎日アンドリュー様に色々と教えてもらっているのですが……とても恥ずかしいことばかりで」
「……そうですか」
何かひっかかったのか、ヨランダが少し言いよどんだ。
「ヨランダ様は沢山の男性に閨の教育を受けていらっしゃるみたいだとアンドリュー様はおっしゃっていました。是非ともお話を聞きたいわ」
「何のことかしら?」
ぴくりと眉が動くが、ヨランダの美しい笑みは崩れていない。すごい根性だと思いつつ、シュゼットも引かない。
「なんでもその、ヨランダ様に閨の教育をなされた男性たちが色々とアンドリュー様に教えに来てくださるみたいですわ。どれだけ乱れるのかとか、ヨランダ様の痴態が如何に男性の心をくすぐるのかとか……」
言っている方が恥ずかしくなってきて、思わず頬を染めた。この台詞が一番苦労した。恥ずかしくて途中で口ごもってしまうのだ。アンドリューは何度も駄目出しをするが、恥ずかしいものは恥ずかしい。艶事なんて女性同士でも話したことがないから、冷静でいられない。
「そんな勘違いですわ!」
「わたしにそれを言われても困りますわ。アンドリュー様が他に情を通じている男がいるのなら、どの時期に降嫁をさせようかとお悩みでした。もしよかったらこっそりお名前を教えてもらえると助かります」
さらっと申し出れば、ヨランダが怒りで顔を赤くした。勢いよく立ち上がる。よほど核心をついてしまったのか、小刻みに体が震えていた。
「この平民上がりが殿下にいやらしく媚を売って……!」
「わたしが平民として育ったのは事実ですわね」
事実を言われたところでシュゼットは気にすることはなかった。シュゼットは自分が底辺にいた人間だときちんと認識している。そのため身分のことを持ち出されても何も思わない。
「覚えていなさい! 絶対にここから追い出してやる」
言いたいことだけ言って、ヨランダは出て行ってしまった。一人の残されたシュゼットは拳を握りしめ、立ち上がると右手を天に突き上げた。高らかに笑った。
「わたしの勝ちね!」
「おめでとうございます。その調子でこれからも頑張ってください」
「ねえねえ、なかなか良かったと思わない?」
もっと褒めてもらいたくてジョアンナに言えば、彼女は苦笑した。
「もう少し追いつめた方がよかったですが……」
「え、どこを?」
「殿下との夜のひと時をもっとうっとりした顔でしつこいほど披露すれば、流石に堪えると思います」
殿下との夜のひと時、と言われて、シュゼットが引きつった。アンドリューと男女として夜を過ごすわけではない。
だが、夜会などに出た時に必要だから慣れる必要があると言って抱きしめたり、頬にキスしたりはする。ちょっと親密な兄妹ぐらいの接触なのだが、慣れないシュゼットにはとても恥ずかしい時間だ。
「あんなことや、こんなことを人様に話せということ?!」
「そうです。貴婦人であっても、ある程度既婚者が集まれば夜の艶事の話です。それぞれが話を持ちよって、飽きられないようにしているのですよ」
「うそ……」
初めて知る夜の事情にシュゼットは愕然とした。ジョアンナはお茶の片づけをしながらくすくすと笑う。
「わたしとしてはシュゼット様をそのまま側室においてくださると嬉しいのですけど」
「夜会に出なくてよくて、離宮に捨て置いてくれるのなら、大歓迎だけど?」
「嫌ですわ。もちろん寵姫として君臨してくださいませ」
そう一言残して、部屋を退出した。
残されたシュゼットは信じられない思いでいつまでも立ち尽くしていた。




