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嬉しい人事


 珍しくぐっすりと眠ったためか、朝、自然と目が覚めた。

 いつもよりも早い時間であるが、朝としては遅い時間帯だ。すでに日も高く、カーテンの隙間から日の光が差し込んでいる。

 アンドリューはすでに出かけていて、広い寝台の上に一人ぽつんと横になっていた。


 シュゼットはのろのろと起き上がると大きく伸びをした。明け方まで起きていて、その後寝る生活をしばらくしていたせいか、いつも疲れが取れずにいた。それがきちんと夜寝たことで、すっかりだるさがなくなっている。やはり夜はしっかりと寝ないとダメだ。


 気分がよくシュゼットは寝台を降りた。室内用に靴を履かずにペタペタと歩く。冷たい床の感触がとても気持ちがいい。こんなところを見られたら、ひどく怒られそうだが、今日はなんだかやりたい気分だ。


 一人浮かれながら、窓に寄る。カーテンを掴み、左右に開いた。思っていた通りに眩しい光が薄暗い部屋の中に入り込む。

 シュゼットは窓も開け放った。気持ちの良い冷たい空気が朝の気怠さを吹き飛ばす。


「いい天気。体も軽いし、今日は散歩でもしようかな」


 ご機嫌に呟けば、ノックする音が聞こえた。


「おはようございます。お目覚めでしょうか」


 シュゼットの動く気配が分かったのか、部屋の外から侍女の声がかかる。


「起きているわ。入ってちょうだい」


 シュゼットはすぐに入出を許可した。シュゼットは初めこそは距離があったものの、部屋付きの侍女たちとかなり仲良くなっていた。

 朝起きるのが辛くてぐったりとしているシュゼットを見て、かいがいしく面倒を見てくれる。眠れずに隈を作り、辛そうなシュゼットが人間らしくいられるのは彼女たちのおかげだった。

 彼女達はぼんやりするシュゼットの身支度を整え、胃に優しい食事を用意してくれるのだ。赤子のように面倒を見てもらって、親しくならないわけがない。


「おはようございます」


 入ってきた侍女を見てシュゼットは驚きにあんぐりと口を開けた。


「え、ええ、ええ?」


 言葉にならずにぱくぱくしていると、彼女はにっこりと笑う。


「お久しぶりでございます。わたしを覚えているでしょうか?」

「ジョアンナ! ちゃんと覚えているわ」


 入ってきたのは3年前に洗濯屋から侯爵家に連れていかれる時に面倒を見てくれたメイドだ。驚きもあったが、嬉しさに笑みが浮かぶ。汚いシュゼットの身を整えてくれた人である。今思えば、よくぞあんな浮浪者みたいな子供に優しくしてくれたものだ。王宮に勤められる侍女は基本は貴族だ。嫌がっても不思議はなかった。


「どうしてここに?」

「アンドリュー殿下がこちらに配属してくださいました。実はわたしは王族付きの侍女なのです」

「そうだったの」


 重要な情報があったような気がしたが、シュゼットは気にしないことにした。そうしないと芋づる式に色々と知らなくてはいけなくなる。シュゼットはこれ以上アンドリューの事情に巻き込まれたくはない。ジョアンナもシュゼットの気持ちを汲んで、それ以上を言うことはなかった。


「これからはシュゼット様付きの侍女となりますのでよろしくお願いいたします」

「うん!」


 嬉しくて満面の笑みを浮かべる。


「ではお仕度を。新しい護衛も後で挨拶に来ますので」


 ジョアンナはさっそくてきぱきと支度を始める。シュゼットも逆らわずに、ジョアンナにされるままになった。


「ドレスはどんなものになさいますか?」

「動きやすければ何でもいいわ。適当に選んで」

「そうですか?」


 何か言いたそうにジョアンナが眉を寄せた。シュゼットは彼女のそんな表情を見て肩をすくめた。


「わたしだと悩んでしまって選びきれないのよ」

「では失礼します」


 ジョアンナは一言断ってから、衣裳部屋に入っていった。彼女は扉を開けて唖然とした。


「これはまた……」

「すごい量でしょう? 半分は侯爵家から、残りは殿下からの贈り物なの。量が多すぎて選べないのよ」

「一時も離さないほどの寵愛というのは本当のようですね」


 シュゼットは不本意そうに顔を歪ませた。


「それ、本当に恥ずかしいんだけど」

「何故です? ご本人の身分に関係なく、貴族社会においては傅かれる立場になれます」

「だけど! あんなこととかこんなこととか勝手に想像されてしまうわけでしょう?」


 それが恥ずかしいのに、わかってもらえない。

 ジョアンナもよく理解できないのか、首を傾げるばかりだ。


「良くも悪くも、王妃様付きや側室様付きの侍女は情事の後を片付けるので、恥ずかしいという気持ちはすでにありませんね。どちらかというと、その状態を見て体調の管理や食事に気を付けております」

「……そう」


 シュゼットは理解してもらおうと思う気持ちを諦めた。ここはこういうところだ。よく考えてみれば、アンドリューだって裸になっても全然恥ずかしがらない。

 整った容姿をしている上に鍛えて引き締まった体をしているから眼福ではあるけれど、隠そうというそぶりを見たことがない。

 幼いころから他人に世話をされていると、ああなるのかもしれない。


「では、食事にしましょう」


 支度が終わると、隣の部屋に行った。隣の部屋はくつろげる空間になっており、大抵はここにいる。朝と昼の食事はこの部屋でとっていた。夜はアンドリューと一緒ならば、また別の部屋へと移動する。


 小さなパンを2つ、果物を食べて、お茶を飲む。あっという間に終わる食事だ。用意された食事を見てジョアンナは少し厳しい表情になる。


「量が少ないような気がします」

「そう? 夜は遅くまで起きているから、朝はあまり食べられないの」

「それは殿下のせいでしょうか?」

「ええ、まあ」


 シュゼットは曖昧に微笑んだ。アンドリューのせいではあるが、寝られないのはシュゼットのせいでもある。二人の関係が大っぴらにできない以上、正しく訂正することはできない。


「殿下にはわたしの方から少しお話させてもらいます」

「ほどほどにね」


 ジョアンナは食器を片付けると、すぐに戻ってきた。


「新しい護衛騎士が挨拶に来ています。お会いしますか?」

「殿下が言っていた新しい護衛なのよね?」

「そうです。シュゼット様は寵姫になられたのですから、専属の護衛がつきます。専属の護衛がいれば、申請すればもう少し広い範囲、出歩くことが可能です」

「そうなのね」


 引きこもりでいいから、専属護衛がいらないと言っておいたのにやはり通じなかったようだ。仕方がなく、新しい護衛に部屋に入ってもらう。

 入ってきた新しい護衛を見て、思わず立ち上がった。シュゼットの驚いた顔を見て彼は目を細めた。


「どうして?」

「シュゼット様。お久しぶりです。専属護衛として任命されました。今後ともよろしくお願いいたします」


 穏やかな笑みを浮かべたローガンは騎士の礼なのか、膝をつき挨拶をする。想像してもいなかった人物が護衛となってやってきて、あんぐりと口を開けた。しかも、敬称をつけて呼ばれて狼狽えた。


「え? え? ええ?」

「口、閉じて」


 ローガンはクスリと笑うと、立ち上がった。がらりと騎士っぽさを消す。


「ローガン様、前と同じように話してほしいわ」

「では、他に人がいない時にはそうさせてもらう」

「よかった。ローガン様に敬語を使われたら落ち着かない」


 ほっとして笑顔になる。ローガンは真面目な顔をして注意をしてきた。


「様はいらないな。ローガンかエヴァンス。どちらか好きな方を敬称なしで呼んでほしい」

「でも、え?」


 シュゼットは混乱していて、ローガンが何を言いたいのかわからなかった。ローガンは混乱するシュゼットの頭を優しく撫でた。久しぶりに撫でられて、気持ちよくなってしまう。


「俺は護衛騎士だからな。シュゼットが守るべき対象になる。それにお前は殿下の寵姫だろう? 偉そうにしておけ」

「ローガン様に対して? それは無理だわ」

「お前は器用にその場その場で切り替えできないだろう? 最初は名前だけでもいい」


 シュゼットは困った顔になった。ローガンはミゲルと年が近いと聞いているから、少なくとも7つは年が離れている。敬称なしで呼ぶのはとても難しい。

 それに初めてであった時の強烈な印象もある。どうしてもローガンよりも上の立場になることに抵抗があった。


「ローガン……様」

「ローガン」


 シュゼットは恥ずかしさでどうにかなりそうだ。できそうになくて、うろうろと視線を泳がせていると、部屋の外で控えていた侍女が伝言を持ってきた。


「第2側室のヨランダ様から面会のお申し入れが来ております」

「面会?」


 シュゼットは驚きに目を丸くした。伺うようにジョアンナを見れば、ジョアンナは首を左右に振る。


「今日、申し込んで今日の面会などありえません。殿下に相談してから会う日を決められた方がよろしいかと」

「わかったわ」


 伝言を持ってきた侍女に伝えれば、部屋を下がっていった。


「わたしに会ってどうするんだろう?」

「殿下の寵姫がどのような方なのか、確認に来るのでしょう」


 ジョアンナが当たり前のように言う。王族の寵愛を求めて令嬢たちが水面下で戦うと言うのは物語を読んでいるので知っているが、まさか自分がその立場になるとは。


「何か攻撃とかした方がいいの?」

「女の戦いは舌戦だ。シュゼットには無理じゃないか」


 ローガンが言うように確かに無理だ。生粋の貴族令嬢に口で勝てる気がしない。そもそも洗濯屋にいた時から口で勝てたためしがない。


 面倒くさいと思いながら、ため息をついた。




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