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二人の距離


 毎日毎日、夜になるとアンドリューがやってくる。遠慮なくシュゼットの部屋に入り浸り、できる限り夜の食事も一緒に取る。一人で食事をするのは寂しいので、一緒に食べることはシュゼットにとって負担ではなかった。

 彼の話はとても面白く、貴族社会のことを知らないシュゼットには初めて聞くことも多い。彼との夕食を取る時間は密かに楽しみでもあった。


 問題はその後だ。

 食事が終わり夜の支度をすれば、寝室に二人きり。

 シュゼットはアンドリューの側室なのだから、自分の部屋ではなくシュゼットの部屋で夜を過ごしても問題は何もない。ただシュゼットがまともに寝られないだけだ。


 幸いにして寝台は大人5人ぐらい寝られるのではないかと思えるほど大きいもので、二人で横になっても距離は保てる。保てるのだが、シュゼットは側室になるまで男女の具体的な行為の内容を知らなった。

 非常に曖昧な情報だけで、夜に裸で抱き合うぐらいの知識しかないのだ。しかも女性は最初は男性に任せていた方が喜ばれる、と教えた洗濯屋の女性たちの言葉もしっかりと根付いている。


 だからこうして一緒に横になることも、時折頬にキスをしてくることも心臓が爆発してしまうのではないかというほど、恥ずかしいことだった。


「ねえ、シュゼット」

「……なんですか」

「兄と思って接するようにできたら、もうちょっと休めると思うんだけど」


 兄とこんな風に一緒の寝台で休むなんてありえないだろう。そのあたりは家族に縁のなかったシュゼットにだってわかる。不機嫌に頬を膨らませると、面白そうにアンドリューが上から覗きこんできた。覆いかぶさるようにして覗き込まれて、一気に頭に血が上る。アンドリューは男性なのに無駄に色気があるのだ。


 さらさらした薄い色の金髪に空のようなくっきりとした青い瞳。


 じっと見つめられるだけで恥ずかしくなってしまう。

 その上、無表情ならば彫刻のように美しいだけなのだが、甘さを含んだ柔らかい眼差しで見つめられると色気が漂う。至近距離で覗き込まれて頬を染めない女がいるのなら、是非ともお目にかかりたい。

 どきどきしながら視線をうろつかせていれば、長い形の良い指がシュゼットの髪を巻き付けた。そのままちゅっと指に絡めた髪にキスを落とされる。

 なかなか慣れないその仕草に、シュゼットの心臓は破裂しそうだ。もう死んでしまうかと思うほど胸が痛い。


「本当に初心だね。絶対に手は出さないって言っているのに信じていないの?」

「こんな距離感で、信じるとか信じないとかの問題ではないと思うのですけど」

「そう? まあ、シュゼットなら抱こうと思えば抱けると思うけど」


 不穏な言葉を聞いて、シュゼットはさささとシーツを体にきつく巻き付けた。くすくすとアンドリューは笑うだけで、シュゼットが作った距離を埋めることはしない。


「警戒しなくても大丈夫だよ。シュゼットは妹みたいなものだから、その気になれない」

「逆に病気じゃないですか。わたし、体は触っても鶏ガラですけど、顔だけなら美女だと思うんですけど」


 明らかに対象ではないと言われて、ムッとした。アンドリューと男女の関係になりたいわけではないが、こうもはっきりと対象外と言われると気分が悪い。発育の悪さが、子供のようだと言われているようにも聞こえる。良いも悪いもなく、複雑な乙女心なのだ。


「心配してくれてありがとう。だけど、私は正常だから」

「……ということは、私に問題があると言うことですか」


 シュゼットがさらに眉間にしわを寄せた。


「正直に言えば、この銀髪と紫の瞳が問題なんだ」


 アンドリューの長い指がシュゼットの長い銀髪を強めに引っ張った。やや乱暴に引っ張られて驚いてしまう。


「髪の色?」

「そう。どうしてもミゲルの姿が思い出されてしまって」


 ミゲル、と聞いてシュゼットは目を瞬いた。


「お義兄さまとアンドリュー様はお友達ですよね?」

「そうだね。心から信用している一人だね。知らないのかな? ミゲルはシュゼットが心配で毎日色々と煩いんだ」


 なるほど、と頷いた。ミゲルはシュゼットを心配して色々手を回してくれたようだ。


「納得してくれたのなら、そろそろ寝てくれないかな? シュゼットが夜寝ないから、私が侍女たちに責められているんだ」

「……何もないことはわかっているはずでは?」

「うん。だけど私がこの部屋で休むから、シュゼットが緊張して眠れずに、朝まで起きているわけだろう? 私が公務に出かけた後、昼過ぎまで寝ているから……一部誤解して伝わって、私は朝まで盛っている鬼畜だと噂されているんだよ。それがまたミゲルの説教に拍車をかけていて……」


 やれやれと言われて、シュゼットが放心した。


「はあ?」

「あ、理解できていないね。はっきり言えば、朝までやっているからシュゼットはいつもヘロヘロで夕方にならないと起きてこないと言われている」

「そ、外を歩けない……」


 シュゼットにもようやく理解できた。だがその内容のひどさに、涙が出てくる。


「寵姫だからちょうどいいんだよ。私の君への寵愛が社交界に浸透したら、二日に一度くらいは一人で寝せてあげるから」

「ここまでする必要はあるんですか?」


 恨みがましく睨みつければ、アンドリューは頷いた。


「もちろん。シュゼットへの寵愛が深ければ深いほど、護衛騎士を置くこともできるからね」

「この部屋から出ないから、いらなくないですか?」


 護衛騎士がいると見張られているようで嫌なのだ。今はまだ部屋の外で警護してくれているので何とかなっている。ところが護衛騎士となると、一日中、一緒なのだ。流石にそれは息が詰まる。侍女だってようやく慣れたところなのだ。厳しい顔をした護衛騎士などに張り付かれるのは嫌だ。


「今色々と調整しているから。あと数日で顔合わせできると思う」

「決定ですか?」

「そう。これは拒否権はないよ。君の安全のためだから」


 アンドリューは強い口調で言い切る。シュゼットはため息をついた。力を抜いて体を寝台に預ける。毎日、夜起きていて朝から寝ているため、体が疲れていた。睡眠時間は昼過ぎまで休んでいるから十分なはずであったが、体が急に重く感じられた。


「どうしてそこまで……」

「もう少ししたら教えてあげる」


 隠し事の多いアンドリューの説明を待っているのは無駄かもしれない。シュゼットはアンドリューに理由を聞くことを諦めた。ため息ばかりを零していれば、アンドリューが苦笑する。


「私のことは気にしないで、もう寝ていいから」

「アンドリュー様がいるから寝られないんです。せめてもう少し離れてください」

「そうだね」


 同意しながらも、そっと頭が撫でられた。その温かい手に、次第に瞼が重くなった。


「おやすみ」


 こめかみにキスをされたが、何かを言うのも面倒になり目を閉じた。



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