久しぶりの学校
第一話です。
転校初日、しょっぱなです。
「よーし! みんな、静かにしろー! 転校生を紹介するー!」
職員室で軽く挨拶した後、
「君の担任だよ」
と紹介されたのが、今僕の横で声を張り上げている優男だ。
名前をミハエル。
専攻科目は……、攻撃魔法か?
甘ったるいフェイスにイケメンボイス。
着ているスーツも特別に仕立てたっぽい、丁寧な造り。
なるほど、こいつは恐らくどっかの貴族のボンボンだな。
そして、連れられてきた教室に入って分かったことがある。
どいつもこいつも、教師の話を聞いちゃいねぇ。
そんな生徒に向かってニッコリスマイルで、衝撃発言。
「はっはっは。全く、みんな相変わらず元気だなぁ」
僕はその発言に驚きのあまり、こいつの顔を振り返った!
おいおい、この教師。
本当にやる気があるのか?
見て見なよ、この教室の生徒たち。
君の話なんぞ、誰一人聞いちゃいないじゃないか。
僕が学院時代の頃の教師と言えば、少しでも騒いだら即座に教育的指導だったのに。
時代が変わったねぇ。
「静かにー、静かになったかー? あぁ……、なったな」
思わず僕はズッコケそうになった。
彼は「静かになった」なんて言うが、全然、全く静かじゃない。
どこをどう捉えれば静かになったというのか?
敢えてツッコませてもらおう。
全然静かになってねぇ!
「さーて、それじゃ紹介するぞー! 転校生だー! 名前を言いなさいー!」
「え?」
この惨状を目の当たりにしながらも、先生は淡々と物事を進めていく。
そして、僕を睨み付けて……
「聞こえなかったのか? 名前を言えと言ったんだ」
おい、先生よ。
何故いちいち僕にはそう凄むんだ?
何故、それをこちらの生徒諸君に見せない?
「おい、聞こえなかったのかぁ? あぁ?」
だから、そうやっていちいち眉間に皺を寄せないでほしい。
そしていちいち凄まないでほしい。
めんどくさいじゃないか。
僕は小さくため息を吐いた。
「……エルです」
「何だって? 声が小さぁぁい!」
この野郎……
だったら、この騒いでる奴らを今すぐ黙らせて欲しい。
この雑踏に負けないくらいの声を出せと言うことなのだろうが、それはちょっと難しいんじゃないか?
まぁ、魔法で黙らせることもできなくはないが、今は目立たないようにしておこう。
取り敢えず、僕は先生の指示通り、息を吸い込んで声を張り上げてみた。
「エ・ル・で・す!!」
「そうだー、エル君だー。みんなー、よろしくなー!」
先生はそう言うが、誰も振り向かない。
本当、こいつらいい度胸してるよ。
極大消滅魔法で今すぐチリにしてやろうか?
あぁ、いや。そんなことしたらライトマンとの約束が……
ライトマン、君も苦労してるんだな。
そうかそうか。
ーーだからカツラだったのか。
安心しろ、ライトマン。約束は守るよ。
君が焦って外れてしまったカツラで、ドバドバ流れる額の汗を拭いていたなんて、間違っても言わないと思うから。
多分、きっと、恐らくは。
ところで、僕の席はどこかなぁ?
出来れば後ろがいいんだけどなぁ。
あの奥の、如何にも僕たちヤンチャですって連中の近くだけは避けたいなぁ。
精神的にも健康的にも良くない気がする。
「ぃよーし。お前の席はあそこだー。あそこにとっとと行って座れー!」
そして先生が指し示した席は……
奥かよ……
それも、今僕が行きたくないと心の底から願ってやまない、ヤンチャな人達の近くじゃないかよ……
僕のギザギザハートが一瞬で砕け散った音が聞こえる。
ドンマイ、僕。
ドンマイ、僕のガラスのハート。
「あそこの席ですか?」
僕は言われた場所を指差した。
「そうだ」
先生は否定はしない。
だが、何かの間違いだってあるかもしれない。
僕はもう一度確認をした。
「マジで?」
「だからそうだって言ってるだろ! さっさと行けぇ。ほらぁ!」
おーおー、ミハエル君。
初対面にはやたら態度がでかいんだな。
よしよし、ここは君の顔を立ててそこに行ってやるよ。
僕は指定された先に向かって歩く。
机と机の間をすり抜け、席を目指す間、皆の視線が突き刺さる。
それは主に興味や好奇ってところかな。
みんな、案外暇なんだな。
そしてついに僕の席が見えてきた。
うん、なかなか綺麗な席だ。
ワザワザ準備したのか? ピカピカに光っているように見える。
ライトマン、君の配慮は流石だ。
そして、その机の周りにいらっしゃる皆様方。
何故僕をそんなに睨む?
そしてニヤニヤしている?
そんな熱烈な歓迎は結構なんですが……
そして、なぜ僕の進路に足が一本、ニョキっと突き出ているのだろう?
その足の持ち主を辿ると……
うん。明らかに僕に向かって見事なガンを飛ばしてきている。
ここはどうする?
敢えて引っかかるか。
それとも素知らぬ顔で足をスルーするか。
それとも、その顔面に一発ぶち込んでやろうか。
いや、転校初日に揉め事を起こすのは良くない。
じゃぁ、ここは素直に。
「うわっと!」
引っかかっておこう。
彼の足につまずき、僕は豪快に床に倒れ込む。
大丈夫だ。
風魔法で床と僕の間にクッションを作れば痛くも痒くも無い。
痛いフリしとけば問題ない。
何の問題もない、何の……
……
おかしい。
まだ僕は魔法使ってないのに、何で体が浮いているの?
くそ! 誰がこんな余計なことを!
「あんたたち、やめなさいよ!」
凄く芯のある、可憐で通る声が教室に響いた。
その声に滲み出るのは使命感か?
あぁ、本当。
余計なことしやがって!
僕はその声のする方へ視線を向けた。
ついでに軽く睨んでやった。
僕の視線の先に立っているのは……
ほう?
亜麻色のストレートヘアか。綺麗だな。
顔も可愛いじゃないか。鼻筋も通っているし、メリハリのしっかりした顔立ちだ。
足元はスカートってのは、昔から変わらないな。
ただ、たかが足首まであるから美脚かどうかは分からない。
しかし、そのブレザーの膨らみは見事だ。
そこはこれからも成長を続けるのだろうか?
そうなると、周りの男共が黙っちゃいないかもな。
ま、男のシンボル同様。女性のシンボルは存在感がある。
それはそれで素晴らしいことだが。
……余計なことはしないでほしいものだよ、全く……
「ザック! そうやってまたイジメて、何が楽しいの!?」
「っるせぇ! 黙ってろ、クソ女!」
こらこら、女性には優しく言葉掛けをしないと、君嫌われるよ。
って、もう嫌われてる感じだなこれ。
あちらの彼女にしてみても、明らかに「弱いものイジメ許さない」的な正義感が漂っている。
それ、いらないんだけどなぁ、僕に限っては。
「とにかく、学級委員長であるこの私の目の黒いうちは許さないから!」
「ちっ! グダグダうるせぇな!」
舌打ちをしてザックと呼ばれた彼は、彼女に睨まれるとあっさり出した足を引っ込めた。
学級委員長ってセリフで引く辺り、君も権力には弱いようだね。
何て根性のない奴!
「さぁ、あなた。これで大丈夫よ!」
と、僕はフワフワと浮かぶ体を床に下ろされた。
ゆっくり足を下ろして姿勢を正す。
彼女を見ると、可愛くウインク!
何だ、あれ。
「何かあったら私に頼りなさいよ」的な何かか?
まぁ、一先ず会釈はしておこう。
さて、もう座っていいかな。
そーっと静かに席に着くと、四方から一斉にギロリとした視線を向けられた。
特にザック君。君の視線が一番痛いよ。怖いよ。何だか突き刺さるよ。
そんなに睨まないでくれ。
「よーし、みんな席に着いたなー? じゃぁ、授業を始めるぞー!」
そして、担任が号令を掛けて授業スタート。
僕の新たな学院生活。
それは、大きなため息と共に、そのスタートを切ったのだ。